第302話 閑話 加賀見さんの合コン日誌 一頁目

「いい、綾香あやか? 約束を確認するわよ」

「ええ」


 加賀見綾香は真剣な顔で頷いた。 


 そんな彼女の様を確認した小笠詩織おがさしおりは重々しい口調で言った。


「一、怪談を話さない」

「怪談を話さない」

「二、呪いの道具を出さない」

「呪いの道具を出さない」

「三、魔術禁止」

「危ない魔術禁止」

「そうそう、分かったって――。ちょっと待って。今なんか余計な言葉付け足してなかった?」

「恋の魔術なら、危なくないからいいかなって」

「いいわけないでしょ!」


 詩織がバン! と机を叩き、周囲にいた客が迷惑そうに二人を見る。


 詩織はそんな周囲の視線に肩身を狭くしながら、小声で言った。


「ねえ、分かってるわよね。今日の合コンは魔術とか妖怪とか、そういったものとは縁遠い一般の人たちが来るの。怪しげなものは全部禁止よ。普通の人は耐性ないんだから」

「でも、恋の魔術なんておまじないみたいなものよ? 誰だってやってるじゃない。ほら、消しゴムに名前書くとか、相合傘とか」


 綾香が食い下がると、詩織は深いため息を吐いた。


「あのねえ、高校生時代、その恋のおまじないで大変なことになったの覚えてないの?」

「そうだったっけ?」

「あなたが代筆した消しゴムが高額取引されたり、女の争いに巻き込まれたり、私大変だったんだから!」


 二度目の台パンに、周囲からより強い視線が向けられた。


 詩織はすいませんすいませんと頭を下げる。


「ちょっと、興奮しないでよ。目立ってるわよ」

「誰のせいでこんなことになってるのよ、もう」

 

 詩織は泣きそうな顔で言った。


「ごめんごめん。魔術禁止ね、了解」


 そう謝る綾香は、女である詩織の目から見ても美人だった。学生時代から変わらないポニーテールの髪も、必要最低限の化粧も、素材の良さを際立てている。


 大学に行かず、高校卒業と同時に就職したからか、自分よりもずっと大人びて見えた。


 一方の詩織は、つい最近社会人になったばかりで、今日も仕事帰り。ようやく着慣れてきたスーツに、ワンポイントのネックレスが襟から少しだけ覗いている。


 詩織と綾香は高校生時代からの友人だ。


 しかも詩織はひょんなことから、綾香が魔術師であることを知っている。


 おかげで高校の時は、おかしなことばかりする綾香の尻ぬぐいに奔走したり、学校の七不思議を解明しに行ったりと、少しばかり人より暗い青春を過ごす羽目になった。


 それが最悪の思い出だったかといえば、結局こうして合コンを組んであげているのだから、二人の関係は推して知るべしだろう。


 詩織はレモネードで頭を冷やしながら、話題を変えた。


「そもそも綾香が合コンなんて、びっくりしたよ」

「そう?」

「高校生の時はそういうの興味なかったじゃん。いろんな人に告白されても、全部断ってたし」


 綾香はモテる。黙っていれば美少女なのだから、相手には事欠かないはずだ。


 綾香は嘆息すると、遠い目をした。


「そうね。正直、昔は恋愛とかそんなに興味なかったんだけど。この年になると、癒しが欲しいのよ。毎日毎日辛気臭い怨霊だの妖怪だのと関わってると、こっちまで気が滅入ってくるわ」

「た、大変そうだね」

「何よりよ、幼馴染の女の子がいるって話したじゃない」

「ああ、月子ちゃんだっけ。可愛かったよねー」


 高校生の時、詩織は何度か月子と会ったことがある。ああいう子が人形みたいな子なんだと、思ったものだ。


「そう、その月子がね、今彼氏がいるのよ」

「え、嘘! あの月子ちゃんに⁉」


 詩織は危うくレモネードを取り落としそうになった。


 どこか浮世離れしていて、そもそも恋愛とか興味あるんだ、という驚きと、あの少女のお眼鏡に叶う男がいたのかという驚きである。


「へー、月子ちゃんに彼氏ね。なんか親近感湧いちゃうなあ」


 あんなけた外れの美少女でも、人並みに恋愛はするのかと思うと、なんだか嬉しくなる。


 しかし綾香はそうではないようだった。


「ええ、いいのよ。あの子が人を好きになったことは私も驚きだったけど。それ自体はとても喜ばしいことだわ」

「その割には顔が怖いんだけど‥‥」

「そりゃね、毎日毎日幸せそうな顔でのろけ話を聞かされれば、こんな顔にもなるわよ」

「ああ、そういうこと」


 あの月子が幸せそうにのろける姿というのは見てみたい気もするが、毎日となれば話も変わってくるのだろう。


「だから自分も幸せになりたいと」

「それもあるけど。よくよく考えたら、月子に彼氏がいるのに、私に彼氏がいないってのは、姉の尊厳的にどうって感じじゃない?」

「それに関しては、昔からさほどなかったと思う」

「昔から思ってたけど、詩織は月子に甘くない? とにかく、私はここで高スペックなイケメン彼氏を捕まえて、私生活を充実させるの!」


 綾香はぐっと拳を握った。


 動機は中々に不純だが、恋愛なんてそんなものだと、詩織も大学生活でよく学んだ。


 そして高スペイケメン彼氏が欲しいのは、彼氏いない歴三年の詩織も同様である。


「それじゃ、頑張ろう!」

「ええ、今日で独り身とはおさらばよ!」


 詩織と綾香は、そう言ってレモネードで乾杯した。

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