第148話 新たな戦い
◇ ◇ ◇
メヴィアの言葉通り、戦いは勇輔たちの知らないところで進み続けていた。
それぞれの思惑が武器となり、言葉となり、魔術となって複雑な編み目を描く。それはまるで巨大な魔法陣のようであった。
その魔術が一体何をもたらすのか、誰も分からないまま戦いは続く。
だが進んでいるのは戦いだけではなかった。
ジージー! とラストスパートとばかりにがなる蝉の声を聞きながら、俺たちは学食のテラスで額を突き合わしていた。
本当なら冷房の効いた室内にいたいところだが、全学生が同じように考えているせいで店内は激混み。
夏休み直後ということもあってか、飛び交う話題は海とデートと部活とと、夏の日差しよりも輝かしい思い出話ばかりだ。
そんな中陰気な男三人組がうろうろしても迷惑だろうと、こうしてテラスに出たわけだ。
「これが例の物か」
「うん、手に入れるの中々苦労したんだよ」
松田が声を潜めて、とある紙をテーブルの上に広げた。本当ならきちんと冊子になるはずだが、まだその段階にないのか、印刷した紙をホチキスで留めただけの状態だ。
こいつは本来こんな場所にあってはいけないものだ。
はっきり言って違法。奴らに見つかれば指名手配を受けて即時拘束、学校の地下にあるという強制労働施設に入れられること間違いなし。
むしろテラスでよかった。こんな残暑の中では奴らも巡回はできまい。
「それでねらい目は?」
総司が真剣な顔で松田に聞いた。
赤い髪が陽光を反射して眩しい。追手がかかったらまずはこいつを囮にしようと思う。
「まずは漫研は外せないね。時刻は一般参加が終わって落ち着いた午後九時」
「けどその時間帯は監視の目が厳しいだろ。そもそも俺たちだって学校追い出されるし」
「だから宿泊届はマストだね。あと熱いのは『メルティ―マーケット』、『落語研究会』とかかな」
そうか、やっぱり回りたいところ多いな。そうなると時間をいかに有効活用できるかが重要になってくる。
完璧なスケジューリングが必要だ。
「敵はあいつらばかりじゃないよ。狙っている人数が多いから、争奪戦にも勝たなきゃいけない。それも静かにね」
「いいな。障害は多いほど燃える」
俺はこれ以上敵は欲しくないが。まあ仕方ない。
三日間、忙しくなるぜ。
「何やってるんですか、先輩たち」
「うぉぉおお!」
「な、何でもないよ陽向ちゃん!」
「お、お前こそどうしたんだこんなところで」
俺たちは慌てて紙を隠して後ろを振り返った。そこには我らが文芸部の後輩、
「学食なんだから私がいたって何も変じゃないでしょ。というか明らかに怪しいじゃないですか、何やってたんですか」
「何もやってないって」
俺が答えると、陽向はあからさまに顔をそっぽに向けた。
それから松田たちの方を見て言う。
「その隠したの見せてください」
「え、やだなあ。何も隠してないってば」
「そういう白々しいのいいですから、早く」
陽向は割って入ると、強引に松田と総司をどかせる。俺には一切ノータッチ。まるで思春期の娘が父親を避けるかのようだ。
合宿以来あからさまに距離を取られている。切ない。
ついに陽向は松田たちから紙を奪取する。
「何ですか、これ。‥‥崇天祭パンフレット?」
「あ~、ちょっと友達からね」
「友達からって‥‥このパンフまだ発表もされてない極秘資料じゃないですか。明らかに黒ですよ」
総司は無言でアイスコーヒーをすすり、松田は下手くそな口笛を吹く。
そう、俺たちが今まで見ていたのは崇城大学の文化祭、『崇天祭』のパンフレットだった。
「陽向ちゃん、これは内密に、ね」
「仕方ないですね。ハーゲンで手を打ちましょう」
「え、スーパーじゃダメ?」
「私、自分を安売りしないことにしているので」
うなだれる松田をよそに、陽向は軽く唇を尖らせて俺を
なんだったんだ一体。
ほの暗い男三人組をからかいに来たのだろうか。だとしたらいい性格をしている。いや前からだけど。
そんなことを思っていたら、携帯が震えた。誰じゃ一体、俺にメッセージを送る人なんて限られてるのに。
画面に映るのは『サンサン』の文字。陽向が設定しているSNSのアカウント名だ。
どういうことだ? 何かあるのならさっき直接言えばよかったのに。それすらも嫌だということか。
よく分からずにメッセージを開くと、そこには陽向らしくもない端的な言葉がつづられていた。
『先輩、文化祭で空いてる時間ありますか?』
なんですと?
「どうかしたのか、勇輔」
「いや、別になんでもないんだけど」
「そんなことよりハーゲンは割り勘だよね。僕文化祭前で本当にカツカツなんだけど」
どういうつもりだ。もうなれなれしく話しかけないでくださいとか、そういう話?
文化祭前にして鉛を呑んだように心が重い。
とは言っても文化祭は三日間もあるし、あと二日は楽しめるはず。リーシャとカナミも案内してやりたい。
携帯をしまおうとしたら、新しいメッセージが届いた。
送り主は――『伊澄月子』。
『私は‥‥私は、もうあなたに傷ついてほしくないの。それが我が儘でも、結果的に勇輔と離れることになっても、それでも』
脳裏にフラッシュバックする、別れ際の言葉。それは夏の雷よりも眩く
見たくないと思いながらも、手は勝手にメッセージを開いていた。
『文化祭の日、少し時間をください』
――はい?
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