第83話 合宿の本番
二人の登場に、周囲のサークルメンバーは声をかけることもできずただ立ちすくむだけになっていた。
その間をカナミはゆったりとした足取りで歩いていく。進むたびに、人の壁が割れていく様は圧巻だ。元々カナミは皇族だけあって、その気がなくても周囲の人を
驚くべきことにカナミは水着を着ていたのだ。
純白のビキニに、長いパレオ。日本人離れしたプロポーションがシンプルな水着によって際立ち、まるで彫刻を見ているかのような感動すら覚える。
月並みで
潮風にあおられる
カナミが俺の前に立った。
「申し訳ありませんでした。お待たせしましたわ」
「いや、全然待ってないぞ」
勇者としての俺を知っているカナミに無様な姿は見せられない。
気を抜けば見惚れそうになる頭を鋼の意思で蹴り飛ばし、なんとか返事をした。
「水着着たんだな、すごいよく似合ってる」
男らしい余裕を見せながら水着を褒める。なんてパーフェクトな対応。若干声が震えていた気がしなくもないが、気のせい気のせい。
カナミは服装を褒められるなんて慣れっこなんだろう。柔らかく微笑むと頭を下げた。
「ありがとうございますわ。中々人前でここまで肌を晒すことはなかったので不思議な感覚ですけれど、郷に入っては郷に従えともいいますし、戦場では服装なんて気にしていられませんでしたから」
「水着側もそこまでの覚悟は求めてないと思うが‥‥」
なんか昨日もこんな会話した気がするぞ。
それにしても思い切りがいいというか、物怖じしないというか。買ったのももう少し露出の少ない水着だと思っていたら、割と大胆なものだ。
さっきから全力で視線が下がらないように、俺の意志と無意識が戦争なう。
それにしてもあえて触れなかったけど、カナミの後ろで未だにもじもじしている少女が一人。
「リーシャはそれ、どうしたんだ?」
「ああ‥‥どうしても恥ずかしいらしく、一応水着も着たには着たのでございますけど」
背に隠れたリーシャを、まるで猫を引っ掴むようにカナミが前に押し出した。
リーシャは白い頬を真っ赤に染めて、俺に噛みつかんばかりの勢いで叫んだ。
「あ、あんなものは服ではありません! 破廉恥です破廉恥すぎます!」
「そりゃまあ、否定はしづらいな」
「ほと、ほとんど肌着みたいなものじゃないですか!」
「一応言っとくと、暑い街は女性も皆これくらいの露出度だぞ」
アステリスでも気温の高い港町なんかは、道行く女性が誰もかれも激しい露出で、どこを見ればいいか迷ったものだ。しかも性に対して開放的というか情熱的な女性が多く、よく声を掛けられた。俺じゃなくて仲間が。
鎧着てなきゃのっぺり顔の子供だからね、仕方ない泣いてない。
しかしそんな理屈が箱入り聖女に通るわけもない。
「と、とにかく私にあれは無理です!」
そう言うリーシャの服装は、Tシャツに短パンというもの。これはこれで普段のリーシャからすれば相当頑張った方だろう。腕はともかく脚を出すことはほとんどなかったから。
「別に無理しなくていいぞ。水着じゃなくても海は楽しめるし」
「そ、そうでしょうか?」
「上に何か着てる人だって珍しくない。俺だって着てるし」
俺はそう言いつつ、着ていたパーカーを引っ張る。
このまま海にも入れる特別仕様の奴だ。やっぱり裸よりは暑いけど、諸事情あってこれは脱げない。そういう意味じゃリーシャと一緒だ。
「そういえば、そうですね‥‥」
「ただシャツ着てると泳ぎ辛いから気を付けろよ」
着衣水泳は危ないからな。まあリーシャは泳ぐこと自体初めてだから、深いところまで行くこともないだろうけどさ。
俺たちの会話を聞いていた陽向が不思議そうな顔で聞いてきた。
「なんで先輩パーカー着てるんですか?」
「日焼けが気になるんだよ、言わせんな恥ずかしい」
「ちょっとよく意味が分かりませんね」
なんでだよ分かるだろ。
肩を竦める陽向を小突いていると、ようやくサークルのメンバーも動きを取り戻し始めた。
当然の如く松田が気味の悪い動きで近寄ってきたので、それは
◇ ◇ ◇
それから諸々の細かい準備を終え、ついに会長がビールを高らかと掲げて宣言した。
「ではこれより、文芸部夏合宿ビーチ編を開始する!」
直後、全員で「うぉぉおおお!」と声を上げた。
会長が不機嫌にならないように、かといって周囲のお客さんに迷惑が掛からない程度の大きさで。
というかこの人なんで既にビール飲もうとしてるの? 海入る気ないの?
そんなこんなで俺たちの合宿二日目が本格的に始動した。
とはいっても、別に皆で一緒に行動するわけじゃない。人数が人数なので、三々五々、好きな面子で集まって好きなように動く感じだ。
いくつかの企画はあるけど、それまでは自由行動である。
大体は海に行くか、残ってBBQをするか、砂浜で遊ぶかのどれかだ。
「それで、どうしたいリーシャ、カナミ?」
「私たちですか?」
「そりゃそうだ」
不思議そうな顔してるけど、今日に関しては完全に君たちメインで動くつもりだぞ、俺は。
「そうだな、海も初めてらしいし、それでいいだろ」
「僕も賛成―」
「私も付き合いますよ」
近くにいた総司たちもそう言って頷く。特に相談していたわけじゃないけど、自然とこのメンバーで動くのは決定のようだ。
黒井さんはどうしているんだろうと思ってタープの方を見ていると、ワンピースタイプの水着の上からカーディガンを羽織り、優雅に本を読んでいた。その表紙が『実録! 海辺怪奇伝』でなければ、誰もが認める深窓の令嬢だ。
ブレない感じが素敵。
黒井さんから視線を戻すと、リーシャが意を決したように俺を見上げていた。
「あの、やっぱり海に入ってみたいです」
おお、そうかそうか。やっぱりそうだよな、折角海に来たんだし。
「いいんじゃないか。浅いところで泳ぎの練習しよう」
「そうですわね、何かあった時のために泳げるに越したことはありませんし、いいと思いますわ。今日の目標はあの岩場まで往復ですわね」
「えっ⁉︎」
「いや、今日は遊びに来てるんだから、そんなガチではやらんって」
今日の海水浴はレジャーだから。そんなレンジャーみたいな思考回路でリーシャを苛めるなよ。ビックリして涙目だぞ。
隣で話を聞いていた総司が今度はカナミに聞いた。
「カナミは泳げるのか? 初めてなら俺が付き合うけど」
「お気遣いありがとうございます。私は一応泳げますので、大丈夫ですわ」
「そうか、それなら俺たちは俺たちでそこら辺で遊ぼうぜ」
総司の提案に皆が頷いた。
そういうわけで、俺たちは波打ち際まで移動した。
波の音を聞きながら、ビーサンを脱いで湿った砂浜に足を下ろす。すぐに波が砂を転がしながら足を包んで後ろへ流れていった。
肌が焦げそうな程の熱気の中、冷んやりとした感触がたまらない。
同じく波の中に立った松田が「うひゃぁ」と声を上げた。
「うわ、結構冷たいですね」
「晴れてよかったな、曇りだったら少し寒かったかもしれん」
「そうですね、日焼けするので複雑ですけど」
総司と会話しながら、陽向はパシャパシャ波を蹴り上げて俺に掛けてくる。やめろ、普通に冷たいわ。
リーシャとカナミはどうしてるのかと後ろを振り返ったら、波の届かないところで固まっているリーシャを、カナミが苦笑いしながら見守っていた。
ああ、なるほど。
ここで言葉を尽くして説得しても仕方ない。海のいいところなんて、俺程度の語彙力じゃ、いくら言葉を重ねても反対に薄っぺらくなるだけだ。
リーシャのところまで行き、その手を掴む。
「ほら行くぞ。何事も経験だリーシャ」
「で、でも、こんな大きな湖、もしかしたら凄い魔物が住んでいるかも‥‥」
どういう不安だよ。いや、アステリスの人間からすると、割と普通の感覚か。B級パニック映画の定番巨大サメだって、あっちじゃまさしく雑魚扱いである。
「出ないし、もしいたとしてもこんな浅瀬には来ないよ」
「でも‥‥」
「それに、もしいたとしても俺が負けるわけないだろ」
うわ、恥ずかしい。自分で言ってて顔が赤くなるのが分かる。
でも今は仕方ない。これが多分、一番リーシャが納得する言葉だ。
実際にリーシャは「あ」と一言呟くと、頷き、歩き始めた。
そして波に触ると、顔を輝かせて俺を見上げた。
「ユースケさん、冷たいです!」
「そうだろそうだろ」
「そういえば、どうして海は揺れているんでしょうか。やっぱり巨大な魔物が中に‥‥?」
「魔物じゃない。湖と違って海はずっと動き続けてるんだよ。だから波が起きる」
「え、海って生きてるんですか?」
その発想はなかった。
「違う。どっちかっていうと雨が降ったり、川が流れたりするのと同じ自然現象だな」
「? 海は川なんですか? もしかして凄い雨が降ってできたとか」
「違うな?」
ダメだ、話が噛み合わない。
ちゃんと理解しようとするのは偉いことだけど、俺にリーシャを納得させられるだけの説明はできない。俺自身、波が起こるメカニズムとか知らんし。
仕方ないから、海の水を掬ってリーシャの顔目掛けて飛ばす。秘技、水手裏剣!
「ワップ! 何するんですか⁉︎」
「秘技水手裏剣だ」
「意味が分かりません! というか口の中が凄いしょっぱいのですが、何ですかこれ!」
「海は塩辛い。それも一つの経験だリーシャ」
反撃とばかりに水をかけてくるリーシャの攻撃を華麗に躱し、更に水手裏剣を当てていたら、総司たちからゴミを見るような目で見られていたので、程々で止めておく。
それから俺たちは思う存分海で遊んだ。
リーシャに泳ぎ方を教えたり、カナミと総司がクロールでタイムを競ったり。疲れたらタープのところに戻ってバーベキューだ。泳がず酒盛りをしている人たちもいるので、行けば何かしら焼かれているのは非常に楽である。
そんな折だった。陽向の姿がふらっと消えたのは。
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