第74話 あぁ美しきかな恋バナ
「それじゃ、いただきます」
「「「いただきます」」」
皇族とコンビニの邂逅を経て、ようやく俺たちは主役のお弁当に取り掛かった。
何から食べよっかなー、いきなり本命の唐揚げやハンバーグに行ってもいいが、俺ももう子供じゃない。ここではしゃいで突貫するなんて恥ずかしいことはできないのだ。
そう、今ここでの正解はピクルス。まずは落ち着いて舌を戦闘状態へと高めていく場面。
というわけで鮮やかなパプリカのピクルスを小さなピックで刺して持ち上げた。
口の中に入れると爽やかな酢と甘い香りが広がる。歯ごたえもよくシャキシャキとした触感が食べていて気持ちいい。
うーん、俺実はこういう副菜系好きなんだよなあ。こういったところも作り込める女性って本当素敵だと思います。
このブロッコリーもピクルスなのか? いや、こっちはごま油で和えたナムル風か。これも美味しいな。
「カナミ、本当に美味しい。お弁当も上手だな」
「いえ、勿体ないお言葉でございますわ」
「そうか? 俺には絶対作れないぞ」
間違いなく茹でて放り込むだけで終わる。
「本当に美味しいですカナミさん! 温かいご飯も美味しいですけど、このお弁当というのも普段と違う美味しさがありますね!」
おにぎりを手にしたリーシャが心底楽しそうに言った。
どうでもいいけど君、唐揚げやらハンバーグやら、主役から攻め過ぎじゃない? 清貧を美徳とする聖女的にそれは大丈夫なの。
隣でも総司がおかずをつまんでいた。
「本当だ、美味いなこれ。というか日本人向けの味付けがこれだけできるのがすげーわ。アメリカっていうとあれだろ、サンドイッチと果物みたいな」
「え、ええそうですわね」
わりと間違ってない。アステリスでも短距離の移動ならそんな感じの弁当だったし。
では俺も本丸に突撃させてもらいましょう。
唐揚げもミニハンバーグも冷めてしまっているけど、それでもしっかりとした味付けと丁寧な下処理のおかげか、柔らかくてとっても美味しい。
こっちのおにぎりは混ぜご飯と塩むすびか。素朴な味が染み渡る。
「うーん、やっぱり美味いな」
「先輩、先輩」
「どうかしたのか陽向?」
もう食べ終わったの?
陽向はひょいと手を出してこちらに何かを差し出してきた。
「これ、さっきもらったお弁当のお返しです」
「え、いいのか? というか陽向もお弁当作ってきてたんだな」
「まあ折角の電車旅ですし、コンビニでっていうのも味気ないかなーって思って」
はーん、流石ハイスペック女子。料理スキルもばっちり履修済みってわけだ。
「もらっていいのか?」
「私ももらいましたし。大したものじゃないですけど」
「おお、センキュー」
陽向から受け取ったのはお弁当の蓋とその上に置かれたおかずの数々。人参の牛肉巻きに、クリームチーズと蒲鉾のサンドイッチ、エビとオクラの洋風和え。
折角なので肉巻きを一つ食べてみる。
甘辛い肉の向こうで、まだ歯応えの残っている人参が主張してくる。これもめっちゃ美味いな。微妙にツンと来るのは辛子か、手が凝ってる。
「あれ、ユースケさんそれは?」
「陽向からおすそ分けだってさ。リーシャとカナミも食べるか?」
「いいんですか⁉ ぜひ!」
「ありがとうございますわ」
二人も陽向のおかずを手に取った。
ついでに俺も今度は蒲鉾を食べてみた。この蒲鉾クリームチーズが挟んであるだけじゃない、蒲鉾そのものが燻製されてる。これも美味しい。
美味しいんだけど‥‥何というか。
「どれも酒のつまみみたいだな」
「何ですか先輩? 可愛い後輩の作ったお弁当に何か文句でもあるんですか?」
ドサドサっと言葉と共に俺の頭に何かが降ってきた。これは俺が悪い。ごめんって。
「いやどれも美味しかったです。流石陽向さん」
「それでいいんですよ、それで」
美味しいのは本当だけど、マジで酒のつまみっぽくない? 可憐なお洒落さの中に隠された酒飲みの本性が見え隠れしている気がしてならない。
個人的には飲み会で「私苦いの苦手だからカシオレで~」とか「カルーアミルク好きなんだ~」っていう子も嫌いじゃないけど、「酒はビールかハイボールですよね」って真顔で言い切る女の子も好きだ。
自分を飾ってない感が逆に来るものがある。
ちなみに陽向はサークルの飲み会では前者だ。猫を被ることに関しては全身全霊、そろそろ着古した化けの皮が妖猫になってもおかしくない。あらゆる物質には神が宿るっていうし、もっと別の物が宿ることだってあるだろう。
そんな陽向が俺の頭に落としてきたのは、伊豆の旅行雑誌だった。
何度も読み返したのかページの端がよれ、折れた付箋がはみ出していた。
何の気なしに付箋の場所を開いてみると、『伊豆のデートはここで決まり‼ 二人にとって忘れられない夏にしよう!』という見出しが目に飛び込んできた。
どうやら伊豆のデートスポットを特集したページらしい。
えー、海と夜景が一望できる絶景スポットに、ゆったりデートができるカフェ。ついでに気になるあの子を間違いなく落とせる告白場所と時間まで書かれている。
いつも思うけど、告白する場所とか時間で告白の成功率って変わるのかよ。むしろ準備すればした分だけ緊張して口が回らなくなるわ。
「ちょっ、先輩何見てるんですか!」
「自分から落としてきたんだろ‥‥」
「やめてください早く渡してください、セクハラで訴えますよ」
なんでやねん。
しかし陽向も女子だね。こういうのをチェックするとは。「告白スポットとかちゃんちゃらおかしいですよ、落とせる相手ならどこだろうと落とせます」とか言いそうだけど。
にゅっと伸びてきた白い指先が俺の頬を摘まんだ。
「何か失礼なこと考えてません?」
「そんなことありませんよ?」
「勘違いしないでください。彼氏持ちの友達に伊豆に行くって言ったら貸してくれたんです」
なるほど、そういう話ね。まさか陽向が旅行に浮かれてデートスポットをチェックするなんてしないだろうし、そもそも陽向に恋人がいるなんて話も聞いたことがない。
いや待て。陽向のことだから、いてもおかしくはないのか。影でこっそり付き合っているなんてのもありそうな話だ。先輩に隠れて後輩同士の密かな逢瀬。あるある。
「そうかそうか。うん、そういうこともあるよな」
「何ですかその俺は分かってるみたいな目は。何一つ分かってない時の目ですよね、それ」
「そんなことないぞ。いいよなこういうデートスポット、俺も付き合ってた時は結構調べたよ」
「誰も聞いてませんけどそんな話」
あれ、和む話をしたつもりだったのに陽向の視線が更に冷たくなった。
確かに俺も先輩の恋バナ自慢とか欠伸が出る程退屈だから気持ちは分かる。
そんなことを話していたら、窓から見える景色に大きな変化が起きた。連なる人工物が恐ろしい勢いで流れ、代わりに紺碧と白の入り混じった海面が揺らぐ。先ほど垣間見えた異界の光景も美しかったが、こちらも案外負けていない。
いや、ただ眺めるだけではここまでの感慨は抱かなかっただろう。
電車の音に揺れ動く景色はこの地球だからこそ見れるものだ。
「わぁ‥‥」
「‥‥」
皆の視線が窓の外に視線を奪われていた。
特にリーシャとカナミの反応は際立っていた。リーシャは窓にへばりつき、目をまん丸に輝かせ翡翠の中に揺らぐ波間を映していた。
リーシャ自身が言っていた。彼女にとっては初めての海。
見渡す限りに広がる大洋は、どう映っているんだろうか。
俺が初めてセントライズの外に出た時、あまりにも雄大過ぎる自然と満ち溢れる命のエネルギーに圧倒され、言葉も出なかった。
それを横で見ていたエリスも同じような気持ちだったのかもしれない。
もはやそれを確かめる術はないけれど。
血で血を洗う凄惨な神魔大戦の中で、ほんの少しでも彼女に輝かしい物を残したい。全てが終わり思い出になった時、俺たちと出会えてよかったと思ってほしいのは、俺の我が儘だろうか。
蒼穹と入り混じって輝く海は答えを返してはくれなかった。
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