第73話 旅の醍醐味
「あ、ユースケさん起きました?」
目の前に天使がいた。
いやビックリした。天使じゃなくてリーシャだったわ。
寝起きのリーシャは心臓に悪い、天に召されてお迎えが来たのかと勘違いしそうになる。
「おう、おはよう」
「おはようございます。よく寝てましたね」
ニコニコ顔のリーシャに、心が和らいでいくのが分かった。聖女ヒーリングすごい。
「そっか、今何時くらいだ?」
「もう十二時近いですわね」
携帯で時計を見ようかと思ったら、先んじてカナミが教えてくれた。
なら一時間くらい寝てたのか。にしても、やけに懐かしい夢を見た。
嬉しいような寂しいような、何とも言えない気分だ。
「なら勇輔も起きたし、そろそろ昼飯にするか」
「お、待ってました! 僕もうお腹ペコペコだよ」
「私もお腹減りました‥‥。というかそろそろ席替えしませんか、本当に」
後ろから松田と陽向が顔を出した。陽向はまだ言ってんのか、黒井さんもいるから諦めろ。
「悪い、待たせてたみたいだな。食べるか」
「乗り物の中でご飯を食べるなんて新鮮ですね!」
「私は長距離移動で食べたことはありますけど、あまりいい思い出ではないですわね‥‥」
分かるわー。長距離移動の携帯食って、とにかく色々な物ぶち込んで焼き固めたパン何だかクッキー何だか意味不明な代物なのである。しかも火も使えないからスープも作れんし、唾液でふやかしながら食べるしかない。
乗り物の中では、携帯食をいかに美味く食べれるか試行錯誤したもんだ。剣を出して薄くスライスしようとして隣にいたエリスの髪を切ってしまい、危うく俺がスライスされかけた。揺れのせいでちょっと手が滑っただけなんです。
しかしながら、ここは現代日本。わざわざ不味い携帯食なんて食べる必要はない。
俺は鞄から大きな三段の重箱を取り出す。
重箱はずっしりと重く、否応なく期待が膨らむ。
当然だけど、これは俺一人の分というわけじゃない。このお弁当は我が家の食事担当カナミさんが作ってくれたわけだが、三人分を入れてもらったわけだ。
「お、すげえ重箱だな」
「カナミ作だ。五時起きで作ってくれたんだよ」
「おう、そりゃ大作っすね」
「それほどでもありませんわ。慣れれば大したことはありませんし‥‥というか何故敬語ですの? 私の方が年下ですのよ?」
「え、マジ?」
マジだ、お前失礼だぞ。どう見たってピチピチの十六歳だろうが。
にしてもこの弁当大したことないのか。普段よりも気合い入れて作ってたように見えたんだけどなあ。
「ユースケさん‥‥」
おっとそろそろお腹ペコペコなリーシャが限界そうだから、開けないと。
蓋を開けると、そこに入っていたのはまさしくザ・弁当といった感じだ。
大ぶりな唐揚げにミニハンバーグ、トマトとチーズのピック、卵焼き、色とりどりのピクルス。他にもあれらこれらおかずが所狭しと並んでいる。更に下段には小さな俵型のおにぎりとサンドイッチたち。
一見すると普通のお弁当だけど、よく見れば一つ一つ相当手が込んでいる。そもそもカナミはアステリスの人間。地球のレシピでお弁当を作るのは簡単じゃないはずだ。
やっぱり気合い入ってるでしょこれ。
「おぉ! すげえ美味しそうだな」
「ユースケさん、早く、早く食べましょう!」
君はいつからそんな食いしん坊キャラになったんだいリーシャさん?
いや、結構昔から食い意地は張ってた気がするな。
そんなことを考えていたら後ろから同じくらいテンションの高い声が聞こえてきた。
「カナミさんが作ったの、このお弁当⁉ 僕も一口欲しいなあ!」
「え、やだ」
「なんで勇輔が答えるのさ! いいでしょうカナミさん!」
「私は別に構いませんが」
ごめん、松田だから反射的に拒否してしまった。カナミが言うなら仕方ない。
「あ、私も食べたいです。いいですかカナミさん?」
「勿論構いませんわ。というか何故皆さん敬語‥‥」
陽向もか、それなら黒井さんの分も乗っけないとな。ぶっちゃけ俺ら三人分にしても多い量だし。
蓋に弁当の中身を取り分けて後ろに渡す。
にしても気のせいか?
「松田、なんかカナミに対してぐいぐい行くな」
「おお、気付いたかい勇輔」
貰ったお弁当を陽向に渡しながら松田が小声で答えた。
「僕のセンサーがビンビンに反応しているのさ、彼女は僕の求める生粋の女王様に違いないとね。こんな気持ちは初めてだよ」
「お、おおう‥‥。お前こないだまでリーシャ推しじゃなかった?」
「リーシャちゃんは勿論綺麗なんだけど、綺麗だからこそ踏んでもらいたいって感じ。カナミさんは本当にもう踏んでもらうために存在するって気がするんだよね。王者のオーラというかさ」
その誉め言葉はもはや冒涜だろ。
しかし王者のオーラという点に関しては、何一つ間違ってないあたりが恐ろしい。
「折角だから俺も貰っていいか? コンビニのおにぎりやらパンだけだと味気なくてな」
「勿論構いませんわよ」
俺が松田に正気度を削られている間に、総司とカナミがそんな話をしていた。
総司は礼を言いながらバッグからコンビニの袋を取り出す。中には言葉通りおにぎりやらパンやらが適当に詰め込まれていた。
確か総司は普通に料理もできるはずだけど、面倒くさかったんだろう。せめて駅弁くらい買えばいいのに、コンビニで済ませるあたりが総司らしい。
そんな総司が不意に顔を上げた。
「ん、どうかしたのか」
「いえ、それって食べられるのですわよね?」
「? そりゃまあ今日買ったもんだしな」
「そ、そうですわね」
何だかカナミの様子が変だな。総司の持っているコンビニ袋を見てソワソワしている。
「もしかして食べてみたいのか?」
「へ⁉ いえまさかそんなことは!」
ワタワタと手を振るカナミ。普段から冷静沈着な彼女にしては珍しい取り乱し方だ。
そっか、コンビニパン食べてみたいのか。なんか可愛いな。
当然の如く総司も気付いたらしく、袋を広げた。
「なんだ、こんなものでよければ食べてくれていいぞ。レートがあんまり釣り合ってないけどな」
「むしろ食べたことなかったんだな。こっちに来て結構経つだろ」
俺と会う前から地球には来ていたはずだから、何かしら食べる機会はあったと思うけど。
「誰が作ったのかも、何が入っているのかも分からないものは食べられませんわ‥‥」
カナミが小声で答えた。
そうか、俺たちからすればコンビニに売っているパンやおにぎりなんて当たり前の物だけど、アステリスにそんなものはない。
透明な包装に包まれた全て均一な食品は、カナミからすれば得体の知れないものだったんだろう。
「折角だから食べてみれば? 別に毒は入ってないし、一個くらいなら大した量でもないし」
「そ、そうですわね。何事も経験と言いますし、遠征先で食べた八目サソリに比べれば‥‥」
「流石にそれと比べられるのは複雑なんだが」
食べ物にカウントしたら駄目なやつでしょ。
しばらく
「これは、パンに麺‥‥?」
「焼きそばパン見るのは初めてか?」
「ええ、私の故郷にはありませんでしたわ」
「確かに焼きそばパンはアメリカには売ってなさそうだねー」
「食べるコツは麺が零れないように大きく行くことだぞ」
呑気な俺たちの声を聞きながら、カナミは包装を開ける。
それからたっぷり五秒ほど停止し、意を決したように一口目を頬張った。
「――!」
大きく目を見開きながら咀嚼するカナミ。
普段は大人びているカナミだけど、頬を膨らませている姿を見ると、年齢相応だなあって思う。
「どうだった?」
「何というか‥‥、暴力的な味でしたわ。毒ではないですけれど、刺激的というか」
「ははは、無理に食べなくていいぞ。後は俺が食べるから」
「そういうわけには参りませんわ。これもある意味貴重な経験ですから」
カナミに化学調味料てんこ盛りな現代食は刺激が強かったか。
地球の食品に改めて疑問を思いながら包装に書かれた原材料を見ていると、正面から今にも泣きそうな声が聞こえてきた。
「‥‥ユースケさん、いつ食べてよいのですか?」
あ、ごめん忘れてた。
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