第152話 居ますわ鬼が

 加賀見さんにバチクソキレられた。


 それはもう雷という言葉がふさわしい怒鳴り声だった。きっと青たぬきのアニメからオファーが来ても問題ないだろう。それくらい見事なお叱りだった。


 いわく、怒ると叱るは違うという。


 怒るのは自分のストレス発散であり、叱るのは相手を思ってのこと。


 加賀見さんのそれが果たしてどちらであったのか、判断に困るくらいにはキレられた。


 しかし悪いのは全て俺。


 ぼろっぼろの身体でも、それを甘んじて受け入れる義務が俺にはあった。


 ラルカンとロゼの二人をほうむった俺は、満身創痍まんしんそういの身体でリーシャと共にイリアルさんのところに向かい、そこからまた対魔特戦部の方へ戻ってきたのだ。


 そこには鬼がいた。


 正確には鬼と化した加賀見さんが俺を待っていたのだ。


「何か言いたいことは?」

「本当にごめんなさい」


 結果がこれである。まあ怒られた。社会人になったらこんな当たり前に怒鳴られるもんなの? 絶対会社勤めとかできない。


 ちなみにイリアルさんは別室で介抱かいほうされ、リーシャとユネアはカナミの方へ向かった。リーシャたちは何とか俺を救おうとしてくれたが、加賀見さんの剣幕けんまくにどうすることもできなかった。南無。


 俺が解放されたのは三十分みっちり叱られた後だった。


 叱られるのは嫌だけど、それだけ俺を心配してくれていたということだろう。親ともほとんど連絡を取らない俺にとって、そういう存在はどこか懐かしく、くすぐったかった。


 はっきり言って意識を保つのも辛いが、今はカナミの顔が見たかった。ユネアも来てくれたし、きっと彼女なら大丈夫。どんな怪我からだって回復するだろう。


 そう信じていた。


 信じてはいたのだが。


「お帰りなさいませ、ユースケ様」


「‥‥‥‥え」


 これは流石に予想外だぞ。


 いざ部屋を出ようとしたら、向こうから扉が開いた。


 そして現れたのは、どこから見てもいつも通りなカナミと、笑っているリーシャ。


 どういうことだ? ドッペルゲンガー?


 思わず足の先から全身をくまなく見まわす。普段のゴスロリドレスではなく、簡素なワンピースを着ているせいで、非常に女性らしいラインが出ていた。立ち方にも、どこかをかばっている様子はないな。


 まじまじと見ていたら、カナミが恥ずかしそうに身をよじったので、紳士らしくカナミの目を見た。ごめんごめん。


 にしても本当に何が起きた?


 確かにユネアが治療しに来てくれたけど、そんな簡単に治る傷じゃなかったはずだ。


「ご心配おかけして申し訳ございませんでしたわ。見ての通り、もう完全に回復しましたわ」


「本当に? だってあれだけの傷だったんだぞ」


「本当ですわ。お見せすればよろしいですか」


 気恥ずかしそうに言うカナミに、俺は何と言えばいいか分からなくなった。


 本当に、治ったのか――。


 ダメだと分かっていても、止まらない。


 一歩近寄ると、カナミが腕を広げた。ゆっくりと、その身体を抱きしめる。


「ごめん、俺が不甲斐ないばっかりに」

「そんなことありませんわ。私こそ何もできず申し訳ありませんわ」


 よかった。


 目頭が熱くなる。俺が泣いたってしょうがないのに。


「本当によかったですカナミさん。私も驚きました、私たちが行った時には、もう元気になっていたので」


「え? ユネアの治癒で治ったんじゃないのか?」


「いえ、私たちは何もしていませんよ」


 どういうことだ? この地球であの傷を治せる魔術師がいたのか。


 話を聞こうとカナミの方を向いて、俺は失敗したことを悟った。


「ぁ‥‥ふぁ――」


 カナミが意識を飛ばしかけていた。


 そうだった最近普通だったから忘れてたけど、この子ってこういう感じだったわ。

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