第140話 金色の戦場
◇ ◇ ◇
目を開けた時、長い眠りから覚めたような気がした。
実際には夜が明けもしていない。寝ていたのもせいぜい一時間程度だろうか。
「起きられたのですね」
「ユネア‥‥」
すぐ近くで自分をのぞき込むユネアの顔を見て、現実に戻ってきたことを実感する。
寝起きだというのに、妙に身体に活力が
「あ、まだ立たない方が」
「大丈夫、ありがとう」
俺は手をついて起き上がった。
ラルカンにつけられた傷をなぞると、完全に塞がっていた。ユネアの治癒魔術があるとはいえ、明らかに回復速度が速い。
この感覚は覚えがある。
先の大戦時代、前線で研ぎ澄まされていた肉体の感覚だ。
身体そのものが変わったというよりは、魔力の流れがそれを
何が起きたのか完全には理解できないが、
軽く身体を動かして問題ないことを確認し、周囲の気配を探る。
微かな戦闘音に、イリアルさんの魔力と――これは魔族の魔力か。ラルカンのものじゃない。もう一人の方だ。
ここから大分離れた地で戦っている。
ラルカンを倒すという大きな目標は変わらないが、今の俺にとってはこちらの魔族も無視はできない。
行こう、もう夜も長くない。奴と決着をつけるのは今夜だ。
「あの、ユースケ様」
走り始めようとした時、ユネアに声を掛けられた。
彼女も疲れているだろうに、それをおくびにも出さず俺の下に歩み寄ってくると、右手を両手で包んだ。
「ご武運を‥‥」
ユネアはそう祈ると、言い辛そうにしながら言葉を続けた。
「どうか姉を、よろしくお願いいたします」
それは彼女にとって心苦しい言葉であったのかもしれない。
イリアルは戦士としてこの場に立った。誰かに守られるのではなく、ユネアを守るために。
そうだったな。
俺はユネアと目線を合わせた。
「任せてくれ。必ず俺がこの戦いを終わらせてくる」
俺は多くの人の想いを背負って、俺のために戦いに行く。でも人って結局そういうものだろ。
既に何千人と背負っているんだ、少女一人の願いくらい応えてみせよう。
ユネアが安心したように笑ったのを見届けて、俺は夜の森に飛び込んだ。
◇ ◇ ◇
ラルカンの従者を倒し、イリアルをユネアの下に届けた俺は、再度学校の前に来ていた。
さっき戦って分かった。やはり魔力操作が恐ろしく研ぎ澄まされている。
魔術そのものを斬る『
試したわけでもなく、ただ使えるという確信だけがあった。
学校の正門をくぐり、校庭へと足を踏み入れる。一歩一歩進むたびに集中力が高まり、胸の奥で戦意が熱を帯びる。
校庭の真ん中に、彼は立っていた。
まるで俺が来ることを予感していたかのように、彼女を
「遅くなったな、ラルカン」
「来ることは分かっていたのだ、大して待ってはいない。それがお前の素顔か、白銀」
「ユースケさん!」
リーシャ、無事だったか。よかった。見たところ怪我もなさそうだな。それだけで安堵が胸いっぱいに広がった。
俺は無意識のうちに首筋に手をやる。そこには慣れた鎧の感触はなく、生身で立っているのだという実感がより強くなる。敵を前にして鎧を解いたことはほとんどない。
「ああ、こんな平凡な男でがっかりさせたか」
「鎧の下に興味などなかったが、感慨深いものだ。お前のような若き者が俺を倒し、魔王様の下にたどり着いたとは、にわかには信じがたい」
「実物はこんなもんだよ」
何か特別な理由があって鎧を脱いでいたわけじゃない。ただ一度だけ、ラルカンとこうして話してみるのも悪くないと、そう思っただけだ。
ラルカンは暫く俺の顔を眺め、リーシャを放した。
「行け、お前の役目は終わった」
「え‥‥?」
リーシャは突然のことに驚きながら、俺を見る。ラルカンは後ろから人質を斬るような男じゃない。俺が頷くと、リーシャは後ろを警戒しながら俺の方へ歩いてきた。
そして、手が届く位置にリーシャが来る。
「ユースケさ――」
そこまで来て、もう我慢できなかった。
俺はリーシャを引き寄せ、その存在を確かめるように抱きしめた。腕の中で小さな身体から鼓動が伝わってくる。
生きている。
「よかった。本当によかった。ごめん、俺がいなかったせいでカナミさんも、リーシャも」
「ユースケさん‥‥」
リーシャの手が俺の背中に恐る恐る回される。そして、微かな力で抱きしめ返された。
「私こそすいません。ユースケさんのことも知らないまま、いつも迷惑をかけてばかりで」
「いや、そんなことない。リーシャの声が確かに届いたよ。おかげで俺は今ここにいる」
もしあの獣の腹の中でリーシャの声が聞こえなかったら、きっと俺は心折れていた。
こうしてここにいるのは、間違いなくリーシャのおかげだ。
いつも君は俺に道を示してくれる。だから俺はそれに応えよう。
リーシャを離すと、その目を見た。
「リーシャ、聖域を張ってくれ」
その言葉にリーシャは何かを言おうとして、無言のまま頷いた。
「分かりました」
「ありがとう」
リーシャは俺がさっき負けたことを知っている。本当なら戦いを見守るのだって不安だろう。
それでも彼女は何も言わなかった。その信頼が重く、心地よい。
夜の中でリーシャが舞う。真摯な祈りと共に魔力が煌びやかに踊り、魔術が発現する。
俺とラルカンの戦いを祝福するようにして、金色の壁と天蓋が闇を分けた。
魂との対話を経て、己が信念の抜刀。リーシャの聖域が完成する時、俺もまた白銀の鎧を身に纏っていた。
ふとラルカンが夜風に乗せて呟いた。
「ロゼ――女の魔族が行ったはずだが、どうした」
「『安心しろ。戦いが終わるころには目が覚める』」
「そうか」
それが彼にとって唯一の懸念だったのかもしれない。最後の枷から外れた古の英雄が、
呼応するように、剣の切っ先で翡翠の魔力が弾けた。
『さあ、やろうか』
「今日こそ俺たちは答えに到達する。来い、白銀」
翡翠と青の魔力が燃え上がり、聖域の中で渦を巻く。
俺たちは真に決着をつけるべく地を蹴った。
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