第393話 鍵は座して待つ

 『鍵』たちが集められた空間は、重苦しい静寂に満ちていた。


 彼女たちは勇輔とユリアスの語らい以外、全ての戦場を見ることができた。


 そこに突然変化が現れた。


「ユースケさん!」


 いち早く気付いたリーシャが見たのは、災いの怪物と対峙するユースケだった。


「ああ、始まったのね」

「あれは――ガレオか⁉ どうして奴がここにいる‼」


 メヴィアはガレオのことをよく知っていた。勇輔がガレオに殺されかけた時、寸前でその命を繋いだのは他ならぬ彼女だ。


 そんな彼女だからこそ、その恐ろしさはよく知っていた。


 死んでさえいなければどうとでもなると豪語する彼女だが、即死されては回復することはできない。ガレオの攻撃は、掠っただけで人を虫か何かのように殺す。


 簡単に殺す。


 無惨に殺す。


 無情に殺す。


 自分の無力をありありと叩きつけてくる怪物の存在を忘れたことはない。


「そうよ。ガレオ。最悪の災厄。わざわざここまで勇者の面影を追ってくるなんて、可愛らしいものよね」


「そんな馬鹿なことがあるか! 奴はユースケが殺したはずだ!」


「あれは生物ではないのよ。生き死にの概念が存在しない、神魔大戦の底にたまった汚泥から這い出る化生けしょう。言ったでしょう。この戦いは神魔大戦を利用して作られているって」


 メヴィアはその一言で真実に行きついた。


「まさか、神魔大戦の術式から現れたのか」


「ええ、その通り。私たちとて呼ぶつもりはなかったのよ。けれど奴はもはや神魔大戦と表裏一体。切り離すことはできなかった」


「っ――!」


 言っていることは分かる。


 しかし納得はできない。ただでさえユリアスという最強の敵が控えているのだ。それに加えてガレオとも戦わなければならないなんて、アステリスでの戦いよりも無謀だ。


「‥‥ユースケ」

「ユースケさん」


 聖女たちの言葉は別の空間にいる勇輔には届かない。


 そんな彼女たちをシュルカは笑いながら見ていた。


「さて、どこも佳境に入ろうとしているわね。タイムリミットも近付いてきているし、どこが一番早く決着がつくかしら」


「タイムリミットだと? どういうことだ」


「言ってなかったかしら? この戦いは一時間のタイムリミットがあるの。一時間後に『昊橋カケハシ』は目的のための最終フェーズに入る。全ての空間は切り離され、私たちのいる空間と、ユリアスのいる空間だけになる」


 あっけらかんとした物言いに、メヴィアは唇をわななかせた。


「他の空間はどうなる」


「消えるわ」


 答えはその残酷さを認識できない程に、端的だった。


「正気か? お前たちの仲間もいるんだぞ」


 一時間で決着がつかなければ、空間と共に消えるのは導書グリモワールたちも同様のはずだ。


 その一言に、シュルカは笑みを深めた。


 ただ、今までのような笑みではない。長い時を生きた蛇が口を裂くように、威圧感。


「あの子たちがその程度の覚悟であそこに立っていると思っているの?」


 ゾッとした。


 メヴィアもリーシャも、あるいは彼女たちの側にいるはずの櫛名やフィオナさえも息を呑んだ。


 その瞬間、自分たちが今誰の前に座っているのか、ようやく理解した。


 シュルカは見た目通りの少女ではない。


 この女にとって、導書グリモワールたちさえも子供のようなものなのだ。


 ユリアスについているだけの少女かと思えば、とんでもない。メヴィアやリーシャたちよりも遥か上の次元に立っている怪物だ。


「さてさて、こうして話している間にも、どうやら変化があったようよ」


 その言葉に上を見れば、今まさに激しい衝撃によって映像が揺れるところだった。


 タイムリミットは一時間。既に戦いが始まってからどれだけの時間が経っているだろう。


 ただ座るしかできない現状に歯噛みしながら、『鍵』の少女たちは空を見上げ続けた。

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