第281話 燃えるような初恋

     ◇   ◇   ◇




 今でも思い出せるが、セントライズ王国に召喚されたころの居心地いごこちの悪さといったらなかった。針のむしろというか、針串刺しの刑だった。


 教会から神託しんたくがあったから勇者としての身元は保証されていたが、その事実は一部の人間だけに秘匿された。


 つまり城の大多数の人間からすれば、俺は身元不明の不細工な餓鬼だったのである。


 魔術の魔の字も知らず、身体能力はそこらの子供よりも貧弱で、不作法というか無作法。


 言葉こそ通じたが、それが幸いだったのか不幸だったのかは分からない。周囲のありとあらゆる陰口が理解できてしまうのだから。


 そりゃ彼らからすれば猿同然の俺が、王の許可を得て城にいるのだから、不愉快極まりなかっただろう。今になって思えば、当然の話だ。


 特に辛かったのは、騎士団での訓練だった。


 師匠は七色連環剣の手ほどきはしてくれたが、基本的な訓練は騎士団と一緒にやれという方針だったので、俺は見習いたちと共に騎士団の訓練を受けた。


 純粋に身体が辛かったのもあるが、周囲からの目がとにかく痛かった。


 特に騎士団の人たちは平民から実力でその地位に就いた人も多く、特別視を嫌う。それは見習いも変わらない。


 特別待遇の俺がどんな扱いを受けるかなんて、火を見るよりも明らかだった。


 毎日げろ吐くまで走り込み、気絶するまで素振りし、戦闘訓練でぼこぼこにされる。


 そして誰ともなく聞こえてくるのだ。


 嘲笑ちょうしょうと、陰口が。


 どうにもできなかった。どうすることもできなかった。


 力のない奴が反論したってみっともないだけ。悔し涙を流すなんて、もってのほかだ。


 だから俺はただ痛みに耐えるふりをして、下を向くしかできなかった。



 そんな時だった。彼女の声が聞こえたのは。


『今笑ったのは何者か‼ 誇りあるセントライズ王国の騎士を目指す者が、恥を知れ‼』


 そうだ。


 あの後ろ姿を見たものだから、彼女の緋色の髪が忘れられないのだ。


 王女でありながら騎士団の訓練にも参加していたエリス・フィルン・セントライズが、俺の前に仁王立ちしていた。


 たまたま公務で遅れたのだろう。本来聞かせるはずのない声が、彼女の耳に入ってしまったのだ。


 見習いたちは顔を見合わせ、誰も名乗り出ようとはしない。


 当たり前だ。今の彼女は王族としての声を発していた。


『この場にいる者は、誰一人として例外なく、同じ志を持つ仲間だ。たとえ気に食わなかろうと、騎士としての誇りを忘れるな‼』


 彼女のかつに、見習いどころか指導役の騎士たちも背筋を伸ばすのが分かった。 


 かっこういい。


 そう思い見惚れていたら、くるりとエリスがこちらを振り向いた。


 意志の強そうな大きな瞳が俺を見下ろし、次の瞬間、凄まじい力で胸倉をつかまれて強引に立たされた。


 炎のような髪の下で、深緑の目が俺を真っ直ぐににらんだ。


『あんたもいつまでもめそめそしてんじゃないわよ! 悔しかったら強くなりなさい! この場にいる誰よりも強くなって、見返すぐらいしてみなさい‼』


 なんて無茶苦茶な言葉だ。


 大体、エリスは俺が勇者だって知っているはずなんだから、少しぐらい優しくしてくれたってばちは当たらないだろう。


 それでもその言葉が彼女の優しさなのは、すぐに分かった。


 他の人とは違う。本気で俺を思って伝えてくれている言葉。この世界に来てから、誰一人としてくれなかったもの。


 まあ何が言いたいのかといえば。


 山本勇輔はその瞬間、エリス・フィルン・セントライズに恋したのである。


「いやあ、我ながら単純だな」


 ベッドに寝転がりながらひとちる。


 ちなみに騎士団の連中とは戦いを通して打ち解け――なんてことにはならず、普通に一騎打ちで一人ずつぶちのめした。


 最後の方は謝られてた気もするけど、気にせずやった。


 それとこれとは別問題よね。


 コウから話を聞いた俺はしばらく家の周りを散歩し、帰ってきた。もうみんな寝たのか、リビングには誰もいなかった。気配はするから、大丈夫だろう。


 それにしても、勇者の呪いね。


 いろいろなことが腑に落ちた。


 この場合、誰が悪かったって話ではないだろう。


 しいて言えば、エリスがあらゆる面で俺の一枚上手だった。


 あの話を帰還前に聞いていれば、俺は絶対に帰らなかった。どれだけ説得されようが、力づくで来ようが、帰らなかった。その自信がある。


 そしてエリスが少しでも迷いや躊躇ためらいを見せたら、俺は気付いていた。それを一切感じさせず、あらゆる方面に根回ししていたエリスが見事という他ない。


 流石さすがだよ。


「にしても、心に来るなあ」


 聞いたところでどうにもならない。そんなことは分かり切っていたけれど、こうして体感するとまた違う。


 エリスに会いたい。


 会って話がしたい。


 謝りたい。


 お礼が言いたい。


 いや、そこまで高望みしない。


 なあ女神様、一目見るだけでもできないものかな。


 メヴィアやシャーラ、コウと会えただけでも奇跡なのに、それ以上を望んでしまう。あまりにも強欲だ。


 あー駄目だ駄目だ。


 やっぱり一人でいると考えが良くない方向にいく。今日は寝ずに訓練場で身体でも動かすか。


 全力で動けば、いくらかマシだろう。


 リビングに出ると、机の上に何かが置かれていた。


 なんだ、こんなの帰ってきた時は置かれてなかったよな。気づかなかっただけか?


 誰かの忘れ物かと思って近づいて見ると、それは四通の手紙のようだった。


『ユースケさんへ』

『勇輔様へ』

『勇輔へ』

『ユースケへ』


 え、全部俺宛てかこれ。一人一人書き方が違うから、誰が書いたのかはすぐに分かった。カナミとか、漢字までこんな綺麗に書けるのか。相変わらずハイスペック。


 さて、こんなたくさんの手紙をもらったのは初めてだ。アステリスにいた頃は読みきれないほどの手紙が届いたものだが、あれは『白銀』への手紙であって、山本勇輔への手紙ではない。


 四人もあの話を聞いてたわけだし、気を使わせてしまったか‥‥。


 よく見知っている四人とはいえ、女子から手紙をもらうだけでドキドキしてします。これでラブレターなんて貰っちゃったらどうなるんだろ。


 『選定の勇者ブレイブフェイス』なんてものがあるなら、もっと女性の扱いに対しても加護をかけてくれよ。世の女性たちだって、勇者は少女漫画の王子様みたいな方がいいだろ。


 そんなことを思いながら手紙を手に取る。とりあえず一番読みやすそうなリーシャのからでいいか。


 彼女のことだ、きっと励ましの言葉がストレートにつづられているに違いない。


 軽い気持ちで封を開け、手紙を便箋びんせんを取り出す。


「これは‥‥」


 そこに書かれていたのは、全く想像していない言葉だった。


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