第280話 後輩たちの対策会議

    ◇   ◇   ◇




 私立崇城大学。勇輔たちの通うこの大学は、文化祭の時に起きた集団昏倒事件によって、しばらくの間休学になっていた。


 それが解除されたが一週間ほど前のこと。


 文芸部の部室には四人の男女が集まっていた。


「――それでは、第八回対策会議を始めたいと思います」


 神妙な顔でそう言ったのは、手入れの行き届いた茶髪が特徴的な、陽向紫ひなたゆかりだ。


 白いブラウスにニットのセーターを合わせた姿は、柔らかくも大人びた雰囲気をかもし出している。


 しかしその顔は可愛らしい女子大生とは言えず、戦況の悪い戦いを任された軍師のようだった。


 そしてその会議に付き合わされる面々も、疲労のにじむ顔で座っていた。


 言わずもがな、金剛総司こんごうそうじ松田宗徳まつだむねのりの二人に、黒井華くろいはなである。


 総司は疲れた目で虚空を眺めながらつぶやいた。


「‥‥もう八回目になるのか、これ」

「僕的には、十回超えてるイメージだったよ‥‥」

「お、お疲れ様です」


 女性視点も欲しいという理由で最近加わった黒井華は、疲弊しきった古参兵を前に震えた。


 対策会議とは他でもない。


 現在休学中の山本勇輔が、日夜繰り返しているであろう不純異性交遊への対策である。


「あの時の電話以来、状況がつかめない日々が続いていますが、お二人の方は何か進展は?」

「悪いけどねーな。連絡がつかないわけじゃねーけど、重要なところははぐらかされてる」

「同じくだね。知り合いにも当たってみたけど、収穫なし。交友関係はほとんど切ってると思うよ」

「わ、私もあまり情報は集まらなかったです」

「そうですか‥‥」


 うれいを帯びた陽向の視線に、松田ですら茶々を入れることはなかった。


「先輩と月子さんが一緒にいることは間違いないはずなんですが、誰もそれを知らないっていうのは不思議ですよね」

「やっぱり駆け落ちなんじゃ――」


 途中まで言いかけた松田が、陽向の視線に口をつぐむ。ドMの嗅覚をもって、冗談では済まされない気配を感じ取ったのだ。


「‥‥そうですね。その可能性も視野に入れるべきです」


 しかし陽向はその考えを肯定した。そこまでには大分時間がかかったが。


「けれど、だとしたら他の女性の声があるのは不自然ですよね。やっぱり何かしら事情があったと考えるべきです」

「確かに、しかもリーシャちゃんでもカナミさんでもなかったからねえ。僕も不思議だよ」

「あいつは女限定の強力磁石かなんかか」

「べ、別に恋愛関係とは決まったわけではありませんし」


 はなのフォローが虚しく響く。他の文芸部のメンツが聞けば鼻で笑うかもしれないが、この三人の中では、第五勢力ということでほぼ確定していた。


「でもさー結局真実が分かったところでしょうがない面はあるよね?」

「どういうことですか。こういったことははっきりさせないとよくないですよね?」


 陽向の言葉に答えたのは、松田ではなく総司だった。


「松田と同じってのは遺憾だが、俺もそう思うぞ。あいつの現状がどうあれ、何かを変えたいなら自分で動くしかない」

「動くって、何も分からなければ動きようもないじゃないですか‥‥」


 唇を尖らせる陽向に、総司は肩をすくめた。


「あいつも可愛い後輩からの連絡を無視し続けられるほど、非情な男じゃねーよ」

「そうそう。僕なら陽向ちゃんから連絡来たらいくらでも時間空けちゃうよ」

「松田さんにフォローされる日が来るなんて‥‥屈辱です」

「僕は快感です」


 意味不明な松田の返答は、誰に拾われることもなく消えていった。




 それから第八回対策会議は、これまでの七回からさほどの進展を見せることもなく終わった。


 陽向は悶々としながら構内を歩く。


 松田や総司の言っていたことは自分でもよく分かっている。勇輔をものにしたいのなら、積極的にアプローチしろと言っているのだ。


 しかし、あの鈍感を十年潮風にさらしたのではないかという最強のにぶちんを相手にしては、生半可なアプローチは気付いてさえもらえない。


 なんなんだあの男は。


 そこらの男なら、陽向が何も言わなくたってご飯に誘ってくるし、連絡だってくれる。そこに初めて駆け引きが生まれるのだ。


 それがどうだ。


 可愛い後輩が連絡をしてるのだから、五分以内に返信すべきだし、もっと嬉しそうな内容であるべきだ。


 なぜ陽向の方が一つ一つの返信にやきもきして、連絡が返って来ないかと五分に一回携帯を確認しなければならないのだ。


 こんなのはおかしい。おかしいと思うのだが、勇輔の周りにいる美少女たちを思えば、不満も言えない。


「お、陽向じゃん! 学校再開祝いに飲みいかね?」

「今そういう気分じゃない」

「あ、陽向ー。今度合コンやるから一緒に行かない?」

「ごめん、パス」

「あ、陽向さん。よければ来週の日曜日、僕と一緒に映画に――」

「ごめんなさい。その映画もう見た気がするから」

「え、でもその日がオンエア」

「原作読んでました」


 次々に掛けられる声をばっさばっさと斬っていく。


 そう、自分はモテる。客観的に見て、モテるのだ。


 しかし勇輔の周りにいる少女たちは、そんな次元ではない。腹立たしいとか、妬ましいとかいう感情さえわかない程の、別次元。


 陽向が彼女たちに勝っている点と言えば、社交性ぐらいだろうか。


「男は度胸、女は愛嬌って言うし。うん、愛嬌愛嬌」


 それすらも天然で最強なリーシャがいるわけだが、人工だからこその良さというものもある‥‥はず。


(そういえば、休学前より人が増えた?)


 考えながらも普段のくせで周囲の様子を見ていた陽向は、かすかな違和感を覚えた。


 構内を歩いている人が多い。しかも気のせいか、見たことのない顔が多く感じた。もちろん陽向とて大学の人間全てを知っているわけではないが、同じ曜日の同じ時間は、大体、見かける人は似通ってくる。


 まあ気のせいかと、陽向は次なる作戦を考えながら家路についた。

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