第422話 社畜になるなんて聞いてないよ!
◇ ◇ ◇
仕事をしている時に、更なる仕事が降ってきて、萎えて業務効率も落ちること、あるあるー。
一つの業務に集中してると限界が来るから、適度に散歩したり休憩したりするけど、結果的に効率落ちて萎えること、あるあるー。
帰りの時間をきちんと決めて出勤したはずなのに、その時間から本格的に今日やりたかったことに取り掛かること、あるあるー。
「社~畜~、あるあるー」
この世で最も非生産的かつ共感を呼ぶであろう歌を口ずさみながら眼前に浮かぶディスプレイを眺めて
いると、後ろからスパコン! と頭をはたかれた。
「その歌、止めてくれる? 聞いてるこっちの気が滅入ってくるんだけど」
「あん?」
振り返ると、そこには美しい少女が立っていた。肩を撫でる金髪は雪に反射する陽光のように
「お前な、俺だって歌いたくて歌ってるわけじゃないんだよ。分かる? あまりの辛さに魂から零れ落ちる、いわばSOSなわけ」
「誰が助けに来てくれるのよ」
「いいかシュルカ。世の社畜たちは助けなんて来ないって分かってても、心の中で救済を叫び続けてるんだよ。それが社会に対する些細な反抗なの」
「はぁ。昔の人々は今よりも遥かに過酷な環境で毎日働くのが当たり前だったのよ。衣食住があって文明的な生活が出来るのに、何の文句があるんだか――」
「はいはい出たー、おばばの生きてきた時代とは違うんですー!」
「ぶっ殺す」
問答無用で首を締めにくる少女の腕を掴んで止めるが、ちょっとこの子力強いんですけど。
俺の首と急所を執拗に狙い続けるこの少女の名は、シュルカである。
ユリアスと共に
ユリアスがいなくなったことで
何故俺が皆をほっぽりだして、そのシュルカとここにいるのか、それなりに理由があるのだが。
元はと言えば、こいつらのせいでこんなことになっているのだ。
「大体な、お前らが『
「仕方ないでしょう! あんな発動ギリギリでユリアスが倒されるなんて思ってなかったんだから!」
「だからってな、後始末くらいはきちんと考えておけよ!」
さっきから人の首やら人中やら、金的やらと狙いに来やがって。頭に来た。顔ばっかりリーシャに似ているくせに、その貧相な胸を揉みしだいてやろうか。
俺が構えたことに気付いたのか、シュルカも警戒心を高め、じりじりとした膠着状態が生まれる。
そう、俺はユリアスを倒し、女神と魔神を殺した。
とりあえずそれで事件は解決――とはいかなかった。発動の寸前で操作する者がいなくなった『
何とか『我が真銘』で操作権を引き継ぐことで暴走を止め、リィラとグレンに生き返らせてもらった皆と、鍵たちを地上に帰すことはできた。
しかし本質的な問題が解決したわけではない。
何せ『
しかしユリアスが長い時を掛けて創ったものだけあって、『我が真銘』をもってしても、その全容を理解するのは簡単なことではなかった。
だから、『
そこで白羽の矢が立ったのがシュルカだったというわけだ。
「‥‥あなた、目がやらしいわよ」
「馬鹿言え。胸を揉みしだいてやろうかと思っているだけで、やましい気持ちは一切ない」
「清々しく言われても気持ち悪いわ。いくら私が魅力的だからといってやめてくれる? 不愉快だわ」
「これにやましさは一切ない。誰が好き好んで婆様の小さな胸を狙うんだよ」
「ぶっ殺す」
再び跳びかかってくるシュルカを迎撃する。
ちょっと、こいつ『汪眼』まで使ってきているんですけど! それは反則だろ!
何とかかんとかシュルカを馬乗りになって取り押さえる。
はぁ、はぁ、手こずらせやがって。
「‥‥この光景、月子に見せてあげたいわね」
「おいやめろ。誤解で人が死ぬことだってあるんだぞ」
背筋にピリピリと寒気が走った。想像しただけで怖い。
まったく、こいつに無駄な時間を使っている暇はないんだ。
俺はシュルカの上からどき、再度ディスプレイの方に向き直った。
ここは俺が昔暮らしていたアパートとほとんど同じ内装の部屋だ。そこに白いディスプレイが違和感ばりばりに浮かんでいる。
実際ここは俺が暮らしていた部屋ではない。
俺とシュルカがここ一年一緒に暮らしているのは、『
そこに部屋を作り、こうしてディスプレイを通して世界の様子を見ている。
「‥‥今度は何が起きているの?」
「リィラが封印していた魔物が目覚めた。やばいな、
「あの女神様、一人でどれだけの魔物を封印しているのよ‥‥」
シュルカのドン引きした言葉に、俺も完全に同意である。
あの人、自分たちがいなくなったら人族と魔族の争いがーとか言っていたけど、その前に蓋をしてきた負の遺産が多すぎるんですけど。
まあこの世界にリィラとかグレンが来た時って、マジの未開の土地で、魔物と巨人が地上の支配者だったみたいだからなあ。グレンとも仲違いしてしまったし、凶悪な魔物をいちいち討伐もしていられなかったんだろう。
それにしたって、封印して何千年と放置プレイは女王様過ぎる。
あの人、普通に忘れてたーとかいって笑ってそうだよ。魔族の土地からはその手のトラブルがほとんど出ていないことも、性格の差が如実に出ている。
あと何件あることやら。
俺は結局、『
上司も部下もいない、それを名付けてくれた人もいないというほぼほぼ自称の無職な男だが、それでも仕事はやってくる。
無職なのに仕事とはこれいかに。
本当はこの手の魔物の相手は現地の人にお任せしたいところだが、人族も魔族も本能的に神がいなくなったということは直感したらしく、世界は大混乱だ。
ユリアスを倒してから一年、俺はこういった災害を鎮めるために
思わぬ収穫だったが、その仕事に『
何せこいつ、鍵を失っていても、世界を渡り、空間を転移するくらいは軽くやってのける。
流石に世界そのものを繋げるような力はないが、少人数を移動するのはわけない。
おかげで世界各地の災害にも俺一人で何とか対応できているわけだ。
「それじゃあ、行ってくる」
「はいはい」
気のない返事と共に雑に振られた手を眺めてから、俺は
その時、視界の端にあるものが映った。
「‥‥」
それはカレンダーだ。
予定らしい予定もない白地の中で、十二月三十一日にだけ、花丸が書かれている。
俺はリーシャを地上に下ろす時、あることを伝えた。
その約束の日まで、もうあと数日となっていた。
「あと、少しだな」
皆との再会のために、出来ることは全て終わらせる。
そのために俺は
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