第157話 裏天祭

 『裏天祭』。


 それは崇城大学の文化祭、『崇天祭』の裏で行われるもう一つの文化祭である。


 表の崇天祭がオープンで歓声飛び交うにぎやかなお祭りなのに対し、裏天祭はニッチで欲深いまだら色の汚祭おまつりである。


 各所で文化祭実行委員の目をかいくぐり、不埒ふらちやからが集う奇怪なサバト。


 それはたとえば『メルティ―マーケット』が開催する『メルティーフロア』だ。


 名前からも想像できる通りの怪しい店で、その実態は言ってみれば現役女子大生によるキャバクラである。溶ける程に心地よいからメルティーなのか、金が溶けていくからメルティーなのかは定かではないが、どちらにせよろくでもない。


 ブランド物に命を懸ける彼女たちにとっては大事な収入源らしく、この三日間で動く金は嘘か真か三桁万円を優に超えるという。


 入ってくる客も全員同じ大学、人の目もあるとなれば、そうそうおかしな客も来ず、キャバクラなぞ考えられない女性も軽い気持ちで接客できるというわけだ。


 普段は「え~メイド喫茶はないわー」という人種が、文化祭の日はこぞってメイド喫茶を許容するのと同じ理屈である。


 お祭りの空気は人を狂わせる。夜の夢が明けた後に残るのは空っぽの財布だけだ。


 たとえば『漫研』。


 これは崇天祭も活動をしている公式のサークルだ。文芸部と同じく部誌を発行している。基本的には裏天祭でもやることは変わらず、部誌の発行だ。しかしその部誌は当然検閲など受けているはずもなく、あらゆる制限を無視したマニアックな一冊となっている。読んだ人間は背徳感に堕落し二度と戻れないとさえいう。端的に称するのであれば、エロ同人販売だ。正気になれば、持っていることさえはばかられる呪いの書。やっぱりろくでもない。


 たとえば『落語研究会』が開く寄り合い居酒屋。


 ここは裏天祭の中でも特別何かをしているわけでもない、ただの休憩所だが、会長が文化祭実行委員とずぶずぶの関係で、ここだけは何をしても許される無法地帯となる。


 合法から違法まであらゆる物が公然と秘密裏にやり取りされるそうだ。そこで語られる落語は文化祭の中で起きた新鮮なゴシップと、間違いなくろくでもない人間のたまり場である。


 他にもいろいろと行われるそうだが、大きいのはその三つ。


 これを巡ってこその裏天祭と、松田はコーラ片手に力説した。


 知らなかった、そんな意味の分からんことをやってたのか、うちの学校は。確かに話を聞くに心躍るものがなくもない。


「だとしても、それと今回の話に何の関係があるんだ?」


「高山は元文化祭実行委員だからね。メルティ―マーケットのメンバーとして、何か相談がしたかったんじゃないのかな」


「実行委員に見つかると、やっぱりやばいのか?」


 うちで文実やる人なんて、誰も彼も真面目でしっかりした人ばかりなイメージだ。


 すると松田は、裏天祭の店でいっぱいになったメモ帳に更に何かを書き足した。


「そりゃねー。出店申請、酒類販売申請、衛生管理証明、その他いろいろ‥‥。文化祭で出店やるのって、実は結構きちんとした手順を踏まなきゃいけないんだよ」


「ちゃんと踏めばよくね?」


「そもそも深夜営業が許されてないから無理だね。だから一応の建前としては、規模のでかい飲み会ってことになってるんだ」


「金銭のやり取りが発生してる時点で無理があるだろ、それは‥‥」


「パチンコとか風俗だって似たような建前で運営してるでしょ」


 言われてみればそういうものあるけど。


 グレーゾーンすれすれを生きすぎだろ。


「まあ毎年のことだし、余程のことがなければ問題にはならないよ。捕まったらやばいけど」


 最後の一言に総司が反応した。


「捕まったらどうなるんだ?」


「さあ? 実行委員長からのありがたい説教三時間コースとか、三日間事務作業とか、文実お疲れ様会で三発芸とか、噂に聞いたことはあるよ」


「どれも地味にきついな‥‥」


 ところで、全部三に関係しているのはなんか理由あるの? なんだよ三発芸って。地獄の新入社員歓迎会でもそんな責め苦は存在しないだろう。


 そうして話し込んでいたため、俺たちはすぐ隣に人が近づいているのに気づかなかった。


「おいお前ら、こんなところで何してるんだ?」


「あ、高山」


 お洒落髭こと、高山が呆れた顔でそこに立っていた。どうやら女性の方は既に帰ったらしく、元のテーブルは店員さんが片付け始めていた。

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