第156話 勇者の秘技をお見せしよう

 角刈りが拳を握りしめる。


「あの野郎、まさか本当に女と一緒にいるとは‥‥!」


「待て落ち着け。まだ彼女だと決まったわけじゃないだろ」


「そうだねー、もう少し情報が欲しいかな」


 そういうわけで俺たちは向こうから見えづらく、こちらからは見える場所を確保した。


「じゃあ総司は何食べる?」


「ここに来たら旨味チキン一択だろ」


「エスカルゴ食べたことあるか? あれ意外と美味いんだよ」


「貴様らは何をしにきたんだ?」


 ファミレス入ったのに注文しなかったら不自然だろ。


 結局ドリングバーを人数分と旨味チキン、エスカルゴ、ポテトを頼んだ。


 しかし見えるとは言っても、声が聞こえるわけじゃないから、はっきり言って恋人かどうかなんて分からん。


 取ってきたコーラをストローで吸っている松田が携帯をいじりながらぼやいた。


「会話は盗聴器でもつけない限り声は聞こえないね」


「盗聴器なんて持っとらんわ」


 見た感じ、ファミレスにいるのが似つかわしくない華美な女性のようだ。お洒落髭らしいといえばらしい相手かもしれない。


 仕方ないな。あんまり気は進まないけど、ここまで来たんだし、少しばかり裏技を使うか。


 魔力を耳に集中させ、神経を研ぎ澄ませる。周囲の声が爆発的に膨れ上がり、キッチンの声さえも耳に届く。


 これじゃダメだ、集中。必要のない情報を無視し、方向を頼りにお洒落髭の声を選ぶ。


 元勇者が秘技の一つ、パワー盗聴。しかも聞こえた声をそのまま話す音声機能付き。

 

 これまで幾度となくエリスたちの女子トークやお偉いさん方の話を盗み聞きしてきた技だ。この程度の距離と雑音の中、お洒落髭たちの会話を拾う程度造作もない。


『――くらお前の頼みでも、難しいものは難しい』


『どうして、――君なら何とかなるでしょ』


『もう今年は違う。何より年々取り締まりも厳しくなってるんだ。お前ももうこんなことから足を洗った方がいいぞ』


『そんな正論が聞きたいんじゃないのよ、私は』


『メルティ―マーケットを否定するわけじゃないが――』


 そこまで言ったところで、松田が「あ!」と声を上げた。


 集中力が途切れ、声の洪水が押し寄せてくる。うるさいので、一度魔力強化をやめた。


「なんだよ松田。聞こえなくなっただろ」


「というか勇輔はなんで話してる内容が分かるんだ?」


「読唇術」


「はぁ?」


 総司が意味不明だとばかりに目を細めたが、魔力だのなんだのと説明するよりよっぽど現実的だろう。


「そんなことよりも、どうした松田」


「大体話の全容が分かったよ。メルティ―マーケットの子なら、高山と一緒にいるのもおかしくないね」


「なんだ、メルティ―マーケットって」


 総司も聞き覚えがないのか、旨味チキンを骨から外しながら聞いた。


 というか俺が盗聴してる間に来てた料理がほとんどないんだけど? おいそのエスカルゴだけは渡さんぞ。


「二人はメルティ―マーケット知らないんだ。吉原は?」


「俺も知らん。なんだそれは」


「なんだいなんだい。三人ともまだまだ大学生活を謳歌してないねえ」


 普段なら腹立たしい松田の顔だが、今はエスカルゴを食べるのでそれどころではなかった。というか角刈りは吉原だったか。まあ角刈りの方が覚えやすくていいと思う。


 松田はどこからかペンとメモ帳を取り出し、何やら書き始めた。


「メルティ―マーケットを知らないってことは、他のも知らないんだね。考えてみれば、去年は総司も勇輔も崇天祭さっさと帰ってたっけ」


「まあ、長居したってしょうがないし。三日目の夜はナイトパレードは参加したけど」


 ちなみに去年は月子と付き合って二か月経ってない程度だったかな。二人でナイトパレードに参加したのをよく覚えている。


 おっとこのエスカルゴ、少し塩味が効きすぎてるんじゃない?


「メルティ―マーケットってのが、崇天祭となんか関係あるのか?」


「もちろん。そもそもメルティ―マーケットってのは、非公式のサークルみたいなものなんだよね」


「非公式サークルって、それもうただ仲いい人の集まりだろ」


 たしかうちの学校って、サークル作る条件はとても緩かったはずだ。五人以上の加入者がいて、申請書さえ出せば通ったはず。


 ただし部室が欲しいとか、予算が欲しいとなると話は別で、それなりの実績がないともらえない。


「メルティ―マーケットの参加人数は百人近くいるんじゃないかな。間違いなくうちよりも多いね」


「は? なんだその人数。それで非公式ってことはないだろ」


「非公式だよ。何せ活動目的がブランド物の売買と交換だからね」


 え、何それ。


「そんなのあるのかよ、うちの大学‥‥」


「普通にフリマアプリでいいだろ」


 松田は総司の問いに、残ったポテトに大量のケチャップを付けながら答えた。


「形としてはそうなんだけどさ。皆同じ学校だから送料必要ないし、特定しやすいから信頼度は高くなるじゃん」


「嫌な信頼だな」


 変なことしたら、速攻顔ばれするってことじゃん。こわ、ブランドネットワークこわ。


「それだけ聞くとなんとも言えないけど、悪い面ばっかじゃないんだよ。中古とか気にしない苦学生に状態がいいやつ回してあげたりとか、デートプランで貸し出ししたりとか」


「へー意外にうまく機能してるんだな」


「まあ、大体そんなところに入ってる子って、買い物依存症予備軍みたいな感じだけど」


 松田はへらへら笑いながら言うが、全く笑えないんだが。そりゃ申請も通らんわ。


 今までメニュー表の間違い探しをしていた角刈りが、おもむろに顔を上げた。


「それで、そのメルティ―マーケットと崇天祭に何の関係があるんだ?」


「崇天祭というか、関係あるのは『裏天祭』だよ」


「裏天祭?」


 裏ってなんだよ。人間そりゃ裏表があるものだが、文化祭にまで裏があるのか。しかし裏があるって聞くと嫌な雰囲気だが、裏オプションって聞くと少しドキドキしちゃう、日本語って難しい。裏天祭はそこはかとなく、そんなドキドキの空気をかもしだしていた。


 松田はニヒルに唇を歪め、ポテトを煙草のようにくわえた。だせえ。


「それじゃ、まだまだおぼこの君たちに、ちょいと説明してあげよう」


「さっさとしろよ」


「勇輔、旨味チキンおかわりするか?」


「待て、それより誰か飲み物取りに行かないか?」


 それは自分で行けよ。


「‥‥もう少し雰囲気とかさあ、大事にしようよ‥‥」


 でもお前嬉しそうじゃん。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る