第246話 予期せぬ因縁

「え、あれ‥‥どういうこと?」


 四辻が困惑の声を上げる。 


 俺も同じ気持ちだ。何の問題もないどころか、余計に問題が増えたわ。土御門といいシキンといい、TS物が流行ってるのだろうか。


「では双修を行うか」

「『待て、確かに男とはしないと言ったが、女であればいいという話ではない』」

「何故だ? 双修は互いにとって利のある修練だ。もし経験が少なく不安だというのであれば安心せよ。我に全て任せればよい」


 美女になって声質も変わったのか、シキンは甘い声で囁く。


 経験豊富なお姉さまにリードしてもらえるとか、よろしくお願いします。


 待て、違う違う。危うく色香に惑わされてめくるめく甘美な世界へ足を踏み入れるところだった。


 何で戦っている敵とそんな関係にならなければならないのだ。今までにないハニートラップ。これが導書グリモワールの力だとでもいうのか。


 俺は噛み切った唇から血が流れるのを感じながら、答えた。


「『生憎だが、断る』」

「‥‥むう、そうか。無理強いするわけにもいくまい」

「『さっさと元の姿に戻ってくれ』」


 先ほどから平静を装ってシキンをガン見しているが、これ以上見ていたら戦えなくなりそうだ。グレイブも昔は「いい女に殺されるなら本望!」と酒に酔って叫んでいたっけ。


 馬鹿だろあいつ。


 シキンは再び腹に手をあて、次の瞬間には男の身体に戻った。もう一度見ても意味の分からない光景だ。


 肉体を変化させる類の魔術か? さっき髪も動かしていたし、老化を止めているとすれば、千年生きてきたというのも納得できる。


「本当に口惜しい限りだ。この間の魔族といい、よき相手こそ中々振り向いてはくれぬ」

「『何?』」


 今何と言った。魔族と言ったよな。


「『お前たち新世界トライオーダーは魔族とも関わりがあるのか』」


 フィンとだけでなく、魔族にも接触していたのか。問題は、敵対なのか味方としてなのか。味方だとしたら、いよいよ戦況は混沌としてくる。


 シキンは俺の問いに言葉を濁すこともなく答えた。


「肯定すべきだろうな。しかし我々にとっては人族も魔族も大差ない。我が主の益となるか否か、物差しはそれだけだ」

「『魔族を味方につけようとしたのか』」

「応とも。主の命で我らが同胞となるか問うた」

「『答えは』」


 ここまで淀みなく答えてきてくれたが、流石にこれには答えないか? 


 しかし予想に反して、シキンはすぐさま答えた。


「残念だが共に歩むことは叶わなかった」

「『そうか。その魔族は倒したのか』」


 いくら魔族が地球の人間に敵対し辛いとはいえ、交渉が決裂した時点で戦闘は必至だろう。そしてシキンならば、たとえ魔族が相手でも勝つ。


 それこそこいつと対等に戦える魔族なんて、魔将くらいのものだ。


「ああ。女を手にかけるのは気が引けたが、主の敵となる可能性のある者だ。生かしておくわけにもいかぬ」

「『女?』」


 魔族の中には女の戦士もいないわけではない。しかし英雄クラスとなると話は別だ。ただでさえ人族よりも母数の少ない魔族は、女性や子供を大切にする。戦場に出る絶対数が少ないのだから、当然レベルの高い者も少ない。


 何かとてつもなく嫌な予感がした。根拠も何もない。しかし疑惑は心に圧し掛かる。


 これ以上聞くべきではないと思いながら、俺はシキンの言葉を止めることはできなかった。




「ああ、『夢想パラノイズ』と呼ばれる女だった」




 ――っ‼


 心臓が一瞬鼓動を止め、全身からサアと熱が引いた。指先が冷たくなり、反対に頭の奥が熱くなる。


 ブラフか‥‥?


 いや、違う。こいつはそんなことで嘘を吐くタイプじゃない。


 だとすれば、真実。受け入れがたくとも、それが現実。


 『夢想パラノイズ』とは、魔将ロードの一人だ。あのラルカンと肩を並べる、最強の一角である。


 そして第一次神魔大戦において、唯一俺たちと和解し、生き延びた魔将でもあった。


 いや、和解と言っていいかは判断が分かれるところかもしれないが、彼女はそれ以降俺たちと敵対することも味方となることもなかった。


 魔将を殺すほどの存在であること。そして殺されたのが俺の知る相手であったこと。


 二つの衝撃は俺の頭を激しく揺さぶった。


 ――ノワ。まさか。


「どうした勇輔。知り合いだったか」


 シキンの言葉に、顔を上げる。知り合い、か。


「『いや、昔殺し合いをしたことがあるだけの間柄だよ』」

「ほう、縁の巡りあわせとは、まことに興味深いものだな」

「『そうだな』」


 『夢想の魔将パラノイズ・ロード』、ノワール・トアレ。


 シキンに言った通り、俺とあいつの間柄なんて、大したものじゃない。命を懸けて殺し合い、分かり合った相手。それ以上でもそれ以下でもない。


 仇討ちなんて言えるほど、俺はあいつのことを知らない。いや、知ろうとしなかった。


 それは彼女が魔族だったからだ。改心しようと、その事実だけは変わらない。




『ユースケ。ノワ、ずっと待ってるよ』




 あの別れ際の言葉に、俺は何と答えたのだっけな。それすら分からない。正直、今の今まで思い出すこともなかった。記憶の奥底に、数多の傷と共にしまい込んでいた。


 そんな薄情者が何を言ったところで、何の重みもありはしない。


 俺は冷たい指に力を込めて、剣を握り直した。


「やるのか」

「『ああ。個人的な話だが、お前を倒す理由が一つ増えた』」

「そうか。本気のお主と戦えるのであれば、何でもよい」


 余裕だな。


 いや、実際のところ余裕なんだろう。ノワはラルカンと比べれば戦闘の総合力は劣る。しかし一瞬の爆発力においては、ラルカンすらも超える怪物だ。


 それを平然と殺したと言ってのけるのだから、その実力は推して知るべくもない。


 俺の戦意に呼応するように、周囲の緊張感が高まり、重さを持つ。


 直後、剣と拳が衝突し、大気を震わせた。

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