第96話 おや、妖刀の様子が‥‥?
分かっちゃいたけど、魔術を使ってないと威力が出ない。戦い方も力押しが癖づいて雑になってる。
転移したばかりの頃はこれが当たり前だったのに、魔術に頼りすぎた弊害だな。
武者は何事もなかったかのように槍を構え直した。後ろに下がらせたせいで、間合いは相手に有利。
『こやつはどこぞの武将か。先程の連中とは比べ物にならん力だぞ』
「分かってるよ。お前は全力で魔力流して刀身強化してくれ」
『なんだと』
その問いに答えている暇はなかった。半月武者の脚が一歩にじり寄り、間合いに入った瞬間槍が爆ぜた。
一呼吸の間に全身を狙う刺突の嵐。間を舞う木の葉が微塵と化し、空気が裂かれて逃げ出していく。
避けられるものは最小限の動きで躱し、それ以外は刀で弾く。
『ぬぐぉおお⁉』
妖刀の叫びがその勢いを物語る。こちらに一歩すら詰めさせない横殴りの豪雨。視界の至る所で火花が散り、欠けた刃が弾け飛んだ。
それでも下がるわけにはいかない。俺の後ろにはまだ少年が倒れている。ここで後退しては巻き込んでしまうかもしれない。
確かに速いが、対応できないわけじゃない。
問題は俺よりも妖刀がもつかというところだ。この刀は魔力こそ帯びているが、それ以外は年代物の鈍だ。このまま打ち合えば遠くないうちに折れるだろう。
どちらにせよ今のままじゃ、こんな結界を維持する怪物と戦うなんて絵空事。
『ぐ、ぬぐぐぐ!』
「聞け妖刀」
『なんじゃいこの状況で!』
「さっきも話したろ、魔術の限界を決めるのは自分自身。今のお前は刀そのものなんだ、何を為せるか考えろ」
ここで己の魔術を進化させない限り、鬼どころかこの一戦すら勝機はない。
『ぬ‥‥』
妖刀が黙り込む。いや己の内に深く入ろうとしてるんだ、この状況で。
そうだ、危機的状況でこそ本当の自分が見えてくる。朧気でいい、その輪郭に触れるだけでも世界は広がる。
そうしている間にも刺突の連打は更に激しさを増していく。刀の破片で皮膚が切れ、受ける腕も疲労が溜まって重い。
ビキビキと刀身から嫌な音が響いてくる。命を繋ぎ止める糸が千切れていくような感覚。
それでも俺は受けに徹した。
どれほどの時間そうしていただろうか。
遂にその時はやってきた。一向に崩れない俺に焦れたのか、半月武者は刺突からこちらの刀を巻き取るような動きへと変化をつけた。ギリギリで反応して捌くことができたが、こちらの体勢が崩れる。
次の一撃は避けることも受け流すこともできず、正面から刀身で受けた。
「ッ――!」
甲高い音と共に光が四散し、妖刀の刀身が半ばから折れた。
槍の向こうで洞の眼が俺を見据え、口元に笑みを浮かべる。
そうだな、俺も笑いたい気分だよ。
――ようやく成った。
『ぬぐぅぅあああああああああ‼』
頭の中に響き渡る喧しい鬨の声。同時に折れた刀身も含めて刀全体を魔力が覆った。
俺の魔力じゃない、妖刀から溢れた魔力だ。
それでも半月武者の突きは止まらない。勝負を決める渾身の一撃が走る。
折れた刀と槍がぶつかり、衝撃が身体を打った。
罅だらけの刀ではこの刺突を受けきることはできず、半月武者の思惑通り穂先は俺の心臓を貫くはずだった。
しかしこの一合、これまで以上の強さを持って妖刀が槍を弾き飛ばした。
今までのような受けの対応ではない。勢いのままに武者がたたらを踏み体勢を崩す、それ程の威力で一蹴したのだ。
武者は驚きながらもすぐさま槍を回転させ、一歩引いて構えを取り直す。その視線は俺の手に注がれていた。
妖刀は既に死にかけの古刀ではない。ぬらりとした怪しさを帯びる鈍色。流麗な波紋の下で風さえ切り裂く刃が光る。
折れたはずの刀身は繋がり、一切の歪みない反りは美しささえ感じられた。鈍は名刀と言って差し支えない代物に変じていた。
柄が手に馴染んでくる。全体の重さと強度が跳ね上がり、ようやく武器を持っているという感覚が出てきた。
「いい強度になったな。大分振りやすくなった」
『はぁはぁ‥‥。小僧、相当無茶苦茶だな』
「無茶しなきゃ勝てない相手だろ。これでスタートラインだ」
この妖刀は憑依した依り代を己と化し、変容させた。
元々その片鱗は見えていたと思う。本来道具は憑依したところで動けるはずがないし、古刀だってあんな保存状態で使えていたこと自体おかしい。
だから進化したというよりは、自分の本当の力に気付いたってところだろう。それでもこの土壇場でやってのけるんだから相当な胆力だ。
そうでもなきゃ、何百年も弟のために意識を保ってはいられないか。
『しかしどうする。儂の身体が直ったからといって、あの間合いまではどうにもできんぞ』
「どうするもこうするも、近寄ってぶった斬る」
『先はまともに近寄れんかったではないか』
あれは近寄れなかったんじゃない、近寄らなかったんだ。一文字の差だと思って甘く見るなよ、読み合わせで会長に殺されるぞ。
ただここで言葉を重ねたところでしょうがない。
月子のところに早く行くためにも、ここはさっさと押し通ろうか。
俺は刀を右手にぶら下げたまま、無造作に一歩踏み込んだ。
既に武者の間合いには入っている。それでも打ってこないのは、最速の間合いに入るのを待っているからだ。ここは届くというだけで、まだ遠い。
それが分かっていながら、俺は更に進む。
『おい小僧止まれ! どうするつもりだ⁉』
妖刀の声が五月蠅い。言ったろ、近寄ってぶった斬るって。
俺と武者の間で緊張の糸が張り詰め、一歩進むたびに強く引っ張られていく。
そしてついに臨界点が訪れ、糸が切れた。
「カッ‼」
こちらからはほとんど体を動かしていないように見える体捌きから、閃光となる槍撃。
上手い。俺が脚を上げた瞬間を狙ってきた。
俺でもそこを狙うよ。
止まることも退くこともない。残していた脚で地面を蹴り、自ら槍へと向かっていく。
相手の狙いは一番避け辛い鳩尾。あらゆるものを貫かんという意志で放たれたそれは、生半可な防御では受けることも難しいだろう。
故に俺は最高速度のまま身体を捻り、強引に外側に避けた。服と皮が切れるのを感じながらも、止まらず前に進む。
倒れ行く身体を脚で押しとどめ、遠心力を殺さず推進力に変える。
武者が槍を引き戻して防御に回そうとするが、必殺を外した時点でお前の負けだ。既にここは俺の間合い。
全身で螺旋を描きながら腰、肩、腕へと溜めた力を刀に乗せる。魔術は発動できない、故にこれは身体に染み付いた純粋な剣技。
『
銀が見せる満月は武者の首を刎ねた。
兜がクルクルと回りながら宙を舞い、槍が地面に落ちて光となった。
勝敗は決した。
残心を取り、奇襲がないことを確認してから刀をしまおうとして、鞘を少年の近くに捨ててきたのを思い出した。
『なんと‥‥まさか本当に飛び込むとは』
「あれだけ受けてれば目も慣れてくる。それよりちゃんと鞘に入るんだろうな、これ」
既にさっきまでの鈍とは別物だぞ。
そんなことを話しながら後ろを振り返ると、少年が起き上がってこちらを見ていた。
「‥‥」
膝立ちだが、いつでも走り出せる姿勢。傷を負っていたようだが、そこも既に止血されている。
こちらを見る表情は真剣そのもの。敵か味方か、その判断を誤ったら死ぬって顔だ。
仕方ないけど、やっぱり怖がられるよな‥‥。
脳裏に一瞬過る陽向の姿を、俺は深呼吸して押し込めた。今はそれを考える時じゃない。
改めて少年を正面から見た。
多分それなりに戦闘経験を積んでいるんだろう。警戒心の高さも納得がいく。
にしてもこの少年、視線の動きが独特だな。普通警戒する時って相手の眼を見るものだけど、少年は眼よりも足元を見る回数が多い。そういう魔術を使うのか、あるいは俺の動き出しを見逃さないようにしているのか。
どちらにせよ、必要以上にそっちと関わるつもりはない。
「傷は大丈夫そうだな。動けるならそっちの女の子拾って早く出た方がいい」
「‥‥助けてくれて感謝します」
少年は律儀に頭を下げ、警戒を解かないまま続けた。
「ただ一つ聞かせてほしい、貴方は何者ですか?」
「こっちの情報を引き出してどうするんだ?」
「‥‥」
聞き返すと少年は黙り込んだ。
うーん、意地の悪い返しだったかな。ただあんまりそこに突っ込んでほしくない。
「そんなに警戒しなくても、俺はたまたま妖刀を拾った不運な大学生だよ。この先の妖怪だか鬼だかみたいなやつに用があるんだ」
「妖刀、ですか」
「そうそう」
見やすいように刀を掲げる。魔力を纏っているから分かりやすいだろ。
少年は冷たい目で刀を見つめ、それ以上聞いても無駄だと判断したらしい。
「分かりました、ありがとうございます」
そう言って再度頭を下げた。
どうにも俺たちが立ち去らないことには動かなさそうだ。背中を襲ったりはしないんだけど。
まあ俺もさっさと山頂に向かいたいし、利害は一致してる。
ただその前に、
「悪いけどそこに落っこちてる鞘だけ投げてもらっていい?」
やっぱ抜いたものはちゃんと納めないとね!
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