第166話 百均は魔法のお店

「ユースケさん、ユースケさん。これを買っていけばいいのですよね」

「何度見ても、この世界の技術力は素晴らしいですわね。これだけのものがパン一つと同じ値段で買えるなんて驚きですわ」

「ん、おおう。ありがとう」


 カナミとリーシャはテーマパークにでも来たようなはしゃぎっぷりで、手に持った籠の中には様々な商品が入れられていた。普段なら顔面蒼白で止めるところだが、ここでならいくら買ったところで、大した金額にはならない。


 何せここは日本が誇るコスパのユートピア、百均だ。昔から百均はあったけど、正直ここまで品揃えがよかった覚えはない。異世界から帰ってきたら、進化していたのだ。折り畳み携帯はガラケー呼ばわりされているし、間違いなく浦島太郎だろこれ。


「ユースケさん、凄いですよ! こんなに奇麗な宝石が沢山!」

「ああ、本当な。ちなみにそれは宝石じゃないけどな」

「そうなんですか⁉ こんなに奇麗なのに!」

「ビー玉な。ガラスでできた球だよ」


 俺が浦島太郎なら、リーシャはかぐや姫あたりか。しかし龍の頸の玉どころか、ビー玉で喜んでいるあたり可愛いものである。しかしリーシャが持った瞬間ビー玉が宝石ばりに輝き出したんだが、何それ、バフ?


「ユースケ様、見てください。一緒に鍋に入れるだけでゆで卵の硬さが分かるタイマーだそうですわ。こんな発想があるなんて、目から鱗です」

「そ、そうか。買ってもいいぞ」

「よいのですか⁉」


 いやいいよ。どれくらい使うかは不明だが、キッチンの番人が言うんだから買ってくれ。


 今俺たちが来ているのは崇城大学近くの百均だ。


 それというのも、既に時は九月中旬。大学が始まって数日が経つということは、崇天祭が目前まで迫っているということだ。


 そんなわけで今日のミッションは買い出しである。


 文芸部が崇天祭当日に割り当てられた部屋を飾り付けるために、必要なものを買いにきたのだ。


 いくら部誌を売るのがメインとはいえ、殺風景な部屋に部誌だけ並べたところで買ってもらえるわけがない。何かしらの工夫を加えない限り、文字メインの部誌は売れない。それが現実だ。


 飾り付けもその一環なわけだが、まさかリーシャたちのテンションがこんなに上がるとは思わなかった。


 しばらくは終わらなさそうだなあ、と思いながら店内を散策していると、一人の女性を見かけた。


 明るい髪色に、露出の多い服装。足元は人を蹴る以外の用途がなさそうな厚底のサンダルに、指先では鋭いネイルが光っている。


 なんだ? どっかで見たことがあるようなないような。


 しかし俺の知り合いにここまで派手な女性はいない。


 そんなことを思っていたら、女性の方が俺に気付いた。どうやら化粧品を見ていたらしく、両手にはアイシャドウだか何だか分からんキラキラが握られていた。


 正面から見て違和感を覚えた。やっぱり顔は見覚えがない。少し厚いくらいに塗られた化粧は物理的に光っている。


 ここまでバチバチした人なら、一回見たら忘れない。


「あなた‥‥」

「えっと。別に怪しいものでは」


 いや、こんなこと言うやつ怪しいわ。

 しかし女性はキラキラした目を大きく開き、思いがけない言葉を言った。


「しょう君の友達じゃない?」

「しょう君?」


 誰それ。


「しょう君――じゃなかった高山よ、高山章太。こないだファミレスで話してなかった?」

「高山?」


 誰それ。


 そう思ったのは数秒。お洒落髭のことだと気付いた。


 ああ! そうだこの人。思い出したわ。お洒落髭とファミレスで話していた女性だ。どうりで見覚えがあるわけだ。


 というかお洒落髭の名前章太って言うんだ。呼称が多すぎるからお洒落髭に統一してほしい。


「そういうあなたは」

袴田千穂はかまだちほ。崇城大学の経営学部一年よ」

「俺は山本勇輔だ。おしゃ――高山と同じ文学部だ」

「へえ、じゃあ先輩なんだ」


 一応な。それにしても敬語って概念がないのか、単純にそういう性格なのか。気安くていいけどさ。


「それにしても、見てたんだ」

「わざわざしょう君がそっち行ったから、いい男でもいるかなって」

「それはご期待に応えてしまったな」

「うん、赤髪の人かっこよかった」


 あ、そう。


 これ以上この話題を掘り下げても悲しくなりそうだったので、止めておく。


 袴田さんは俺に一歩近づくと、上目遣いで見上げてきた。うお、つけまとアイシャドウで凄い目がでかくなっとる。トリックアートかよ。


「ところでさ、しょう君何か言ってなかった? 崇天祭のこととか」

「いや何も聞いてないな」

「なーんだ」


 ちぇっ、と彼女は小さく舌打つと、俺から離れた。


 よく見れば肩から掛けているバッグは俺でも知っているハイブランド品。もしかしたら靴や服もそうなのかもしれない。



 別にブランド品を買うのを否定するつもりはない。


 人は共通認識の中で生きている。ブランドとは、長い歴史の中で築き上げられてきた多くの賛美と信頼に形を与えたものだ。


 それを身に着けるということは、大多数の味方を得ることに等しい。


 純粋にそれだけ物がいいってのは、勿論あると思うけど。


 こういうものはどこか人を魅了する魔力を持っている。抗えない怪しい光が、時に人を狂わせる。


「‥‥俺も一つ聞いていいか?」

「何?」


 俺は袴田さんを真正面から見て、聞いた。


「その魔法のコイン・・・・・・、どこで手に入れたんだ?」

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