第177話 どうしてあなたはロミオなの?
俺たちが次に向かったのは体育館だ。ここでは様々なイベントが行われていて、今から始まるのは演劇だ。
既に場内は暗くなっていて、リーシャを連れて入っても騒ぎは起こらなかった。空いていた後ろの席に座る。
うちの演劇サークルは結構しっかり取り組んでいることで有名だ。内容も期待できるはず。
そう思いながら力を抜いて椅子に身体を預けて、受付でもらったパンフレットを見ると、暗闇の中でうっすらタイトルが見えた。
『あなたの名は ~現代に転生したロミオ。そうだ、ジュリエットを探そう。無自覚イケメン無双譚~』
ダメかもしれんな。
◇ ◇ ◇
「ああ三郎、本当に貴方がロミオなの」
ジュリエットの転生した
樹里が恋をしたのは三郎なのか。それとも前世に愛したロミオなのか。あなたが見ているのは私の影にいるジュリエットなのだろうか。
過去につながりを持った二人だからこそ、今を生きる自分たちに疑問を持つ。演者の気持ちのこもった声に、葛藤が見え隠れする。
やばい、泣きそう。
隣を見ると、リーシャが食い入るように舞台を見ていた。
「本当に、どうして‥‥」
暗がりの向こう側で、唇が小さく動く。本人も無意識のうちに、言葉が漏れ出ているようだった。
きっとこういう大衆文化とも無縁の生活だったから、新鮮なんだろう。
俺も最後まで集中して観よう。
そこから物語は加速していき、最後はすれ違いに次ぐすれ違いにやきもき。ハッピーエンドで終わってくれた時には、思わず全力で拍手していた。
うーん、想像以上に面白かった。タイトルで損しすぎだろこの話。もう少しなんとかならんかったのか。
「すごい、面白かったですね!」
「ああ、楽しかったか?」
「はい! いずれ劇場に行ってみたいと子供の頃からずっと思っていたんです。想像していたよりもずっと楽しかったです」
言いながら、はふぅと熱っぽい吐息を漏らす。
劇場か。昔エリスに連れて行かれて見た舞台は、すごい感激した。根本的にこちらの世界とはスケールが違い、バンバン魔術を使って世界観を演出するのだ。王族が見に行くような舞台だから、演者も舞台裏で魔術を使う人たちも、最高峰。演劇というか、映画をリアルで見ている気分になる。
流石に俺を主人公にした舞台は、見ていて非常にむず痒い気分になるからやめて欲しかったけど。
実物はあんなに格好良くも男らしくもないから。笑いを堪えるエリスの横で見るのは拷問だったぞ、あれ。
体育館を出て陽の光に目を慣らしていると、リーシャがおもむろに言った。
「ユースケさんは、転生を信じていますか?」
「転生? 女神様の話か?」
アステリスでは死んだ人族は女神の元に向かい、そこで新たな命へと生まれ変わると信じられている。だからこそ彼らは神魔大戦でも果敢に戦うことができるのだ。
俺は驚いてリーシャの顔を覗き込んだ。これが他の人が言ったなら疑問にも思わなかっただろうが、リーシャがこの問いを言ったことが信じられない。
リーシャは聖女だ。
誰よりも女神に近く、生涯を敬虔なる信徒として過ごす者。彼女たちが教会の教えに疑問を持つということ自体が異常事態なのだ。
破戒聖女と呼ばれたメヴィアでさえ、本質的な部分で女神に背することはなかった。
どうしたんだ?
「いえ、女神様の奇跡の中にも、記憶を持ったまま転生する人がいたのかと思ったんです」
「ああ、そういうことか」
教会の教えでは、完全に新たな命として生まれ変わるもんな。
「どうだろうな。いてもおかしくないのかもしれないけど、俺は会ったことないな」
「そうですよね。‥‥もしそんな人がいたら、どんな気分なのでしょう」
「さあなあ。生まれた瞬間からしがらみがあるってのも、面倒な話だと思うけど」
〇歳なのに黒歴史背負ってるんだろ? そこから赤ちゃんプレイ幼児プレイと加速度的に黒歴史更新し続けるわけだから、俺なら精神が破綻するかもしれない。どんな業を背負ったらそんな残酷な刑に処されるんだ‥‥。あ、でも幼馴染が合法的に作れると思えば強すぎるな、光源氏大作戦始まっちゃう。僕も理想の紫の上育てるんだ!
そんな低俗下劣で馬鹿丸出しなことを考えていたら、リーシャが俺から視線を外していた。
リボンの下で金色の髪が、光を受けてキラキラと粒子を散らしている。
「もし私が──」
リーシャの言葉は先に続かなかった。代わりに紅の瞳が周囲を見渡す。記憶に焼き付けるように、光を帯びて。
そうだよな。
もしも君が生まれ変わり、ただ一人のリーシャとして生きたいと言うのなら、俺は何をしてやれるだろう。
きっとそんな問いかけに意味はない。彼女は口にしなかった。
つまりはそういうことだ。
俺はリーシャの頭に手を置き、ぐりぐりと回す。
「な、何をするんですか。ふしだらですよ!」
「ふしだら判定厳しくないか? そろそろ店戻ろうぜ。なんか差し入れ買ってさ」
「でしたらミニカステラにしましょう。十個ほど買えば足りると思います」
「桁数おかしいからな、それ」
俺たちはそれ以上その話はせず、ミニカステラを買って店に戻った。その後は再びの聖女ブーストにより忙殺されることになった。
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