第176話 チョコバナナと妖精さん


 可愛い女の子と文化祭を回るなんて、全学生の夢だろう。俺だって昔は何度なく夢見てきた。


 生憎と中学生の時は異世界にいたし、高校生の時は総司と一緒だった。ちょっとあの時期は荒れてたというかね、近づく者皆傷つけるナイフみたいな状態だったから。そりゃ女の子は寄り付かん。


 しかし考えてみると、大学生は二年連続で女の子と回っている。去年は月子、今年はリーシャ。どちらも容姿に関しては言うことがない。俺はいつの間にか夢を叶えてしまっていたようだな。


「ユースケさん、次はあれに行きましょう。チョコバナナなんて美味しいに決まっています。バナナにチョコですよ? 何という贅沢、いけません、いけませんねあれは」

「じゃあやめよう?」

「そういうわけにはいきません。食べて確かめるのが聖女の務めではありませんか!」


 チョコバナナなのか、聖女の務め。


 おかしい、夢を叶えているはずなのに、俺の思い描いていたドキドキときめきを一切感じられない。


 去年月子と回った時は、お互い緊張しててうまく話せなかったが、何というか心がドキドキと跳ねていた。戦いとは全く別の高揚感。


 状況は似ているのに、今感じているのは腹のぱつぱつ、胸のむかむかだった。完全に胸焼けだろこれ。


 しかしテンション高いリーシャを止めることはできず、俺は引きずられるようにチョコバナナ店へと連れて行かれた。


「すいません、チョコバナナを‥‥ユースケさんは食べますか?」

「いや、俺はいいや」

「では一本ください!」


 リーシャが元気よく頼む。俺は既にお腹一杯です。焼きそばから始まり、お好み焼き、たこ焼き、クレープ、ミニカステラと来ている。お祭りオールスター全員倒すまで終われませんが始まっていた。


 最近は対魔特戦部からリーシャやカナミ用の援助金が出ているおかげで、お金にはさほど困っていないが、問題は腹だ。


 リーシャはその細い体のどこに入っていくんだよってくらい食べる。胃の中ブラックホールなの? それとも全ての栄養と体積が胸に消費されてるの?


 だとしたら奇跡みたいなプロポーションも納得がいく。


 ひたすらチョコバナナに「コアラのバンド」を張り付けていた男の店員が、顔を上げた。


「チョコバナナ一本ですね、承知しましぁあああああ⁉」

「? はい、お願いします」

「か、かかかかしこまりました!」


 店員は明らかに挙動不審になり、コアラが氷の上に落ちてスケートを始めた。この動きも見慣れてきたな‥‥。


「あ、あの実は今じゃんけんゲームを開催しておりまして、じゃんけんで勝つと一本おまけでもらえるんですが」

「そうなんですね、では、お願いします」


 リーシャは店員とは対照的に真剣な面持ちで拳を持ち上げた。そんな気張らなくても、というか勝たなくてもいいんだけど。


「「じゃんけんぽん!」」


 結果は見なくても分かっていた。店員はグー、リーシャはパー。はいはい、聖女のリアルラックに一般大学生が勝てるわけがない。


「おお! おめでとうございます!」


 店員は大げさに褒め、明らかにじゃんけんとは関係ないトッピングてんこ盛りのチョコバナナを二本渡してきた。


「ありがとうございます。はい、折角ですからユースケさんも一本どうぞ!」

「お、おおう‥‥サンキュー」


 マジで食べきれないんだが、リーシャの楽しそうな笑顔を前にするとそうも言えない。店員たちの「こいつ誰だよ」という視線を受けながらチョコバナナを受け取る。どの店言っても、過剰サービスを受けるから値段の倍は食べてるぞ‥‥。確かにこれなら金がなくても生きていけるわ。


 途方にくれながらコアラのつぶらな瞳を見つめていると、店の奥から声が聞こえてきた。


「妖精さんだ、本物じゃん」

「まじまじ? 俺も見たい。店番変わって」

「妖精さん来てるの? やば、可愛すぎない?」


 妖精さん。


 それは最近うちの大学で流れている噂だ。いわく、金髪の美しすぎる少女がいる。その子を見ると幸福が訪れる。実は妖精さんは二人いる。


 確実にリーシャとカナミのことだ。


 そりゃ噂にもなるだろう。むしろ突撃してくる奴が少ない分、ここは常識人が多い。たまにテンション高い男たちがアプローチをしに来たり、動画配信をしている奴が来たりすることもあるが、大体は総司を見ると逃げていく。俺は全身から優しさがにじみ出ているから、仕方ないね。


「ほら、もう行くぞ」

「え? ふぁ、ふぁい!」


 これ以上見世物になる必要はない。俺はリーシャの手を取って歩き出した。


 ――そんな目で見るなよコアラ。

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