第385話 銃対槍 一

    ◇   ◇   ◇




 魔弾と槍の衝突は、一瞬で決着した。


 ゴウッッ‼ と不可視の槍が襲来する弾丸の雨をまとめて薙ぎ払い、カナミへと突貫した。


「ッ⁉」


 槍の一撃は草木を根こそぎ吹き飛ばし、一直線のわだちを刻んだ。


「ふむ、避けたか」


 ルガーは槍を構え直しながら呟いた。


『危なかったですねぇ』

「ええ。助かりましたわ」


 首に巻いたチョーカーから聞こえてくるタリムの声、カナミは冷静をよそおって答えた。


 それでも彼女の動揺は脈拍や発汗から容易に分かる。


 カナミは弾丸が弾かれたのを見るや、即座にその場から飛び退いて攻撃を避けた。


 タリムがドレスの内側に展開してくれた『強化外骨格パワードスーツ』のおかげで、避けることができた。


 この世界に来てから得た現代科学の知識と、アステリスの魔道具文化。


 それらを融合させることで生まれた新たな魔道具の数々は、カナミの戦闘能力を飛躍的に向上させた。


 それでもルガーの攻撃を肌で感じ、冷や汗が止まらない。


 話には聞いていた。


 メヴィアとセバス、そしてネストが三人がかりで掛かって、手も足も出ずに敗北したと。


 使う魔術は不可視の槍と、不可視の盾。


 それらはあらゆる防御を貫通し、あらゆる攻撃を弾き飛ばす。


 聞いてはいたが、実際に見ると、その威圧感に震える。


 全ての防御を貫通し、攻撃を防ぐなんて、魔将ロードの魔術でもあり得ない力だ。


 ――人が扱う以上は、必ずどこかに穴があるはずですわ。


 フェルガーに次なる魔弾を装填そうてんしながら、カナミは考えた。


「大口を叩いた割に、逃げるばかりかね」


 ルガーが槍を引き絞り、カナミを見据える。


「そう焦るものではありませんわ。淑女の準備には時間がかかるものですのよ」


 まずは攻撃の手数と種類を増やし、敵の魔術を解析する。


 キュイィ、と『シャイカの眼』が全能力を解放し、ルガーの魔力の動き、一挙手一投足を記録する。


 この手の分析はカナミの得意分野だ。


「タリム、『巨兵の義手ヘカトンケイル』を」

『初めから飛ばしますねえ』

「様子見をしていられる相手ではありませんわ」

『それもそうですか』


 カナミがフェルガーを前に構えた時、それに呼応するようにして彼女の背後に巨大な箱が現れた。それはルービックキューブを回すようにして組み変わると、二本の巨大な腕に姿を変えた。


 機械仕掛けの義手。


 その両腕が持つのは、本来人間が持つには不釣り合いな重火器だ。


 それだけではない。カナミ自身の両腕も分厚いガントレットに覆われ、フェルガーも巨大で重厚な姿へと変わっていた。


 くろがね四銃奏カルテット


「防御に自信があるようですから、どれだけ持つか、試して差し上げますわ」

「笑止」


 短いやり取りをかき消すように、発砲音が鳴り響いた。


 それは常人が想像する銃撃の音ではない。


 大地の底を揺らすような、重低音のドラム。


 マズルフラッシュが視界を染め上げ、橙色だいだいいろの集中線がルガーへと殺到した。


 ただの銃弾ではない。衝突と同時に熱と衝撃波をまき散らす爆撃が、個人に対して叩き込まれたのだ。


 着弾地点は噴出する土砂と跳ね上げられた樹木、更にそれを飲み込む炎によって何も見えなくなる。


 カナミは絶え間なく攻撃を続けた。


 シャイカの眼は、未だに対象の魔力を補足し続けている。


 つまりルガーはまだ生きているのだ。


「タリム、『光槍弾イレイザー』に切り替えを」

『イエス、ユアハイネス』


 ふざけた返しに顔をしかめながらも、カナミはフェルガーを撃ち続ける。


 その間に『巨兵の義手ヘカトンケイル』の装備する銃には変化が起きていた。中の機構が組み変わり、チャージが始まる。


「この程度か侵略者よ‼」


 ゴッ‼ と弾幕が爆炎ごと不可視の壁によって吹き飛ばされた。


 そこから現れるのは、無傷のルガーだ。



 焦土と化した地面の中心で、ルガーの周囲だけが何事もなかったかのように緑のままだった。


 ここまでは想定通り。


「照射」


 二門の銃口から、光が放たれた。


 それは単純な光と呼ぶにはあまりに暴力的で、あまりに美しかった。


「むっ⁉」


 着弾にかかる時間は瞬きほどもない。


 並走する二本の閃光は、そのままルガーと正面衝突した。


 カッ‼ と稲光にも似た不規則な光の奔流が弾けて散り散りになり、ぶつかったあらゆるものを消滅させる。


 一拍遅れて、切り裂かれた大気が悲鳴を上げた。


 『光槍弾イレイザー』は、現代風に言うのであればレーザー兵器である。


 光の力を圧縮して放つ、高熱の槍。


 その力は尋常ではなく、触れたもの全てを焼き尽くし、森林どころか地形そのものさえも変える。


 黒と赤に彩られた世界の中で、人影が揺れる。 


 直後、不可視の圧が、揺らぐ炎も大気も飲み込んでカナミへと迫った。


「くっ――!」


 間一髪で避けたカナミのドレスのすそが、弾け飛んだ。


「――これで終わりかね」


 ヴィンセント・ルガーは、依然変わりなくそう言った。


 オーバーヒートで使い物にならなくなった『巨兵の義手ヘカトンケイル』を解体しながら、カナミは吐き捨てるように言った。


「次」


 戦いは、まだ始まったばかりである。

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