第271話 コウガルゥの提案

「な、何やっているのですかユースケさん! しばらくお酒は控えるように言われていたはずです!」

「大して強くないのに、本当に何やっているのよ‥‥」


 リーシャと月子が後ろで抗議の声を上げた。


 いや、ごめん。というかリーシャは何、保護者なの?


「ごめん。快気祝いというか、昔は怪我が治るとよくやってたんだ」

「酒に酔って生きているってことを実感する‥‥って建前でな」

「建前ですか?」


 リーシャの無垢な問いに、真実を知っているであろうカナミが複雑な顔をした。コウはどうする? と言わんばかりに笑っている。


 仕方ない、ここは俺が答えようか。


 空き缶を机に置き、リーシャと月子の方を見て答えた。


「アステリスだと、治癒魔術があるから、後方に下がるような怪我はほとんどの場合重傷だ。そういった人たちが治った時、必ず聞くことがある」

「戦況とかですか?」

「それも聞くけど‥‥戦死者だよ」

「っ」


 リーシャと月子が息を呑んだ。


 そう、重傷者にわざわざ陰鬱な情報を与える人間はいない。そういった話は、治った後にまとめて聞くことになるのだ。


 だから酒を飲む。そこにいる顔ぶれを見ればなんとなく察することができるとはいえ、事実を受け止めるには素面しらふは辛い。


 快気祝いに加え、戦死者たちを笑ってとむらおうと、宴会騒ぎになるわけである。


 暗い空気を吹き飛ばすように、コウが「かははは」と笑った。


「まあ、今日は誰が死んだわけでもねえ。単なる祝杯さ」

「そんなこと言って、お前が飲みたいだけだろ」

「こっちはエーテルが薄くて身体が重いが、酒と食事は抜群だな。どの国の城でもこれだけの代物は出てこなかった」

「お前酒の味とか分かるの?」


 割とどんなものでもうまいうまい言って食ってるイメージしかない。


 こんな話をしている間にも駆け付け一杯の影響が早くも表れ、頭がくらくらしてくる。俺も座ると、カナミが気を利かせて水を持ってきてくれた。シャーラは俺の隣に腰を下ろし、月子とリーシャもなんとなく座る。


 そういえば、こいつ俺が入院している間もずっとこの家にいたんだよね。


「なあシャーラ」

「何?」

「こいつ、悪さしてない?」


 コウガルゥという男は、酒と女に浸かり切って常時溺れているような人間である。戦闘力に関しては信頼を裏切ることはないが、こと女性関係においては悪い意味で裏切らない。


 こいつの女性問題のせいで何度面倒ごとに巻き込まれたことか。鎧を着ていない俺はコウたちの小間使いに見えるらしく、突如として鬼気迫る表情の女性に追われるのである。


 男なら適当に殴って転がせばいいが、女性はそうはいかない。普通に怖いし。


 強面こわおもての大男に絡まれるより、美人にすごまれるほうが怖い。


「おいおいひでえな。命の恩人に対してその態度か?」

「それに関しては本当に助かったと思ってる。けどそれとこれとは別の話だ」


 確かにシキン戦では、コウが来なかったら終わってた。あの満身創痍まんしんそういの状態で導書グリモワールと戦うのは無謀だった。

 シャーラは首を横に振った。


「特に悪さはしてない。ユースケの家を荒すなら、私が斬ってた」

「‥‥冗談にしても笑えねーぞ」


 コウの笑顔がひきつった。何だかんだと常識人のエリスは口頭での注意で済ませることが多いし、メヴィアではコウを折檻せっかんしようとしても避けられる。



 そこでシャーラだ。彼女は冥界生活で倫理観がぶっ壊れているというか、まったく別の価値観で生活してきているので、時と場合によっては仲間だろうが容赦なく斬る。


 おいたが過ぎたコウへのリーサルウェポンがシャーラなのである。


 下手したら敵に斬られるよりシャーラに斬られた回数の方が多いんじゃないの。


「まあいいや。ユースケが戻ってきたなら、つまらねえ仕事も終わりだな」


 コウはそう言うと立ち上がった。


「出ていくのか?」

「どこかにこもるってのは性に合わねえ。大体、お前が守りについてるってことは、まともに情報集められるやついないだろ」

「‥‥まあな」


 コウの言う通りだ。現状自由に動き回って情報を集められる人間がいない。『鍵』を守るという性質上仕方ないことだが、どうしても受けに回りがちだ。


 土御門がいるとはいえ、新世界トライオーダーの情報を探れる人間は欲しい。


「いろいろと気になることもある。俺は俺で好きにやらせてもらうぜ」

「分かった。何かあったらすぐに連絡してくれ。カナミから連絡用の魔道具はもらっているだろう」

「ああ、必要があればそうするさ」


 単独で動くのなら、コウ以上の適任はいない。俺たちの旅においても、斥候の役割を担ってくれていた。


 ここにエリスがいればもっといい案を出してくれるのかもしれないが、俺ではこいつをコントロールするのは無理だ。


 幸いにも、コウなら好きに動き回ったところで敵に倒されるということもない。


「じゃあ、無理はするなよ」


 コウはまとめてあった荷物を担ぐと、俺を振り返った。別れの挨拶でもするのかと思ったら、そこから出たのは予想だにしない言葉だった。


「ユースケ、一回俺と立ち会え」

「‥‥は?」


 俺の聞き間違いかと思い、コウの顔をまじまじ見つめると、金色の瞳は無言のまま俺を見下ろした。


 その目が明確に本気だと伝えている。


「‥‥何のために」

「これから戦うのに、どれだけ腕がなまっているのか見ておきたいんだよ」

「鈍ってる前提かよ」


 失礼な話だ。


 しかしまあ言いたいことは分からんでもない。コウはともかく、俺はこの平和な日本で長い時を過ごした。


 ただコウとの手合わせは気が進まないんだよな。こいつは見ての通りの性格なので、手合わせすると途中から攻撃の加減が効かなくなるのだ。それのせいでメヴィアが出動し、何度エリスにしばかれたことか。


 ここには怪我を即座に治してくれるメヴィアはいない。


 仲間との手合わせで負傷とか最悪だぞ。


 俺が渋っているのが分かったのか、コウは頭をかいた。


「ちっ、仕方ねえな。一つ条件をつけてやる」


 悪いけどいくら条件をつけられたところで、お断りだ。お前と戦うと、ろくなことにならない。ただ聞くだけなら聞いておこう。指相撲とかなら提案に応じなくもないぞ。


「なんだよ」

「お前が勝ったら、あの時の真実を教えてやる」

「あの時?」


 謝ってもらいたいことならいくらでもあるが、何にせよ昔の話だ。今更聞いたところでどうということもない。


 コウは訝し気な目を向ける俺に淡々と言った。




「魔王を倒した後、エリスがお前を帰した時だよ」




 ―――。

 ――。

 ―。


「は?」

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