双方想う恋獄無双

第270話 帰宅と再会

 久しぶりに真下から見上げた空は、冷たくも透明な空気の向こうで、シャンと張り詰めていた。


 届くはずもないのに、白い雲も氷のように冷たいのだろうと、指先が震えた。


 十月も終わり近づき、道ゆく人たちの服装もあからさまに冬用のそれへと変わっていた。


「ユースケさん、どうかしましたか?」


 後ろからリーシャがそう声をかけてきた。


 彼女もいつの間に買ったのか、暖かそうなセーターにロングコートを着ている。この半年で、リーシャもこちらの服装に慣れてきた。こうして見れば一般人──にはやっぱり見えないが、精々原宿のスカウトたちが泡吹いて倒れる程度の美少女に収まっている。


 一方俺はといえば、シキンに殴られまくった傷も癒え、リーシャの背景に相応しい一般人へと戻っていた。


「いや、なんでもないよ」


 煌夜城での戦いから数日。ようやく完治した俺は、加賀見さんから家へ帰ることを許された。


 身体が健康で動くというのはとても気持ちのいいことだ。後半は多少の発熱と痛みがあるだけだったので、家へ帰るだけならいつだって戻れたと思うけど、リーシャと月子が頑として首を縦に振らなかったのだ。


 加賀見さんからも、ここ最近の疲労が出ているのだから休みなさいと言われてしまった。


 新しい戦力も増えたので、俺も言葉に甘えさせてもらったが、いかんせん眠ってばかりだと身体がなまる。


「今日は一段と冷えまわすわね。まだ傷も癒えたばかりですし、早く帰りましょう」


 そう言ってカナミが先を歩く。


 ここ最近暗く見えることが多かった彼女だが、先の戦いで鵺と一戦を交えたらしく、その顔は晴れやかだった。


 何かを乗り越えたのかもしれないし、何かを割り切ったのかもしれない。


 詳しい事情を聞くつもりないけれど、彼女もまた一角ひとかどの英雄として更なる成長を遂げたということだろう。


 俺もうかうかはしていられない。新世界トライオーダーにシキン級の敵がいると分かった以上、これからの戦いはより厳しいものになるだろう。


 家に帰ったら、まずは鈍った体を鍛え直すところからだ。


 そう決意新たに、俺たちは対魔官の人が出してくれる車に乗った。まだ一月住んでいない家は、非常に懐かしく感じられた。


「おかえりなさい」

「おかえり」


 家に入ると、月子とシャーラが出迎えてくれた。どうやらシャーラが月子に特訓を付けているらしい。正直、世界は私を中心に回っていると信じて疑わないシャーラが人の面倒を見るなんて信じられない話だが、実際に月子は見違えるように強くなっていた。


 凄まじい成長速度だ。


 実際に戦っているところを見たわけでもないのに、戦士としての圧が増しているのを感じる。


 シャーラは見た目とは裏腹に、冥界で悠久の時を修行に費やした戦闘狂である。純粋な剣技の腕なら勇者時代の俺よりも上だ。


 今日も二人は残って訓練をしていたのだろう。月子の方はシャワーを浴びたらしく、白い肌がわずかに火照ほてっていた。


「ただいま」


 まだ月子がいる家にただいま、ということが慣れない。


 いい加減慣れなくちゃいけないって分かってるけど、そう簡単にはいかないよなあ。リーシャが住み始めたばかりのころは結構緊張したし。


 そんなことを思い返しながらリビングに進むと、そこにはもう一人、同居人ではない男が座っていた。


「ほぉ、ふぁえったのふぁ」

「食べ終わってから喋れよ‥‥」


 そいつは白いTシャツにジーンズという非常にラフな格好で、ビーフジャーキーを噛みながら俺を見上げてきた。


 机の上には昼間だというのにビールの空き缶が何本も並び、既に彼がここでささやかならぬ宴会を開催していたことは誰の目にも明らかだった。


 こいつが魔王を倒した勇者パーティー、四英雄しえいゆうの一人だとは誰も思うまい。


 光を全て吸収してしまうような漆黒の髪に浅黒い肌。全体的に黒い印象の顔の中で、金色の瞳だけが鋭く輝いていた。


 確か、コウガルゥ・エフィトーナが本名だったはずだ。姓の方は普段から隠しているし、愛称の「コウ」で呼ばれることが多い、思い出すのにそれなりの時間がかかった。


「‥‥ん。帰ってきたのか勇輔」


 コウはビーフジャーキーをビールで流し込むと、改めて口を開いた。


「おかげさまでな」

「相変わらずあと一歩で死なない奴だな。あえて狙ってるのか?」

「誰がそんなくだらないチキンレースするんだよ」


 何も楽しくないし面白くもない。それで喜ぶのは松田くらいのものだ。


 コウは机の上に置いてあった缶ビールを手に取ると、そのまま片手でプルタブを開けた。


 カシュッと気の抜ける音が響く。


「ほら、乾杯」

「‥‥退院直後だぞ」

「だからだろ。それとも酒に弱いのは相変わらずか」

「うるせーよ」


 俺は差し出されたビールを手に取ると、コウも新しい一本を開けた。


「乾杯」

「乾杯」


 俺は一気にビールをあおった。暖房に当てられてぬるくなりつつも、炭酸は喉を激しく暴れまわる。胃の中に落ちた瞬間、カァっと腹が熱くなるのが分かった。


 絶対身体によくないし、後で後悔するのは目に見えている。


 それでも俺は止めず、喉を鳴らして全て飲み干した。


 その時既にコウは缶を机に置いていた。


 あー、久しぶりだなこういうの。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



ご愛読いただきありがとうございます。お久しぶりです、秋道通です。

前の章から随分間が空いてしまいました。お待たせいたしました。


第七章、『双方想ふたかたおも恋獄無双れんごくむそう


始まります。

しばらくは週一回か二回更新をしていく予定です。またお付き合いいただければ幸いです。

コメントや応援、いつでもお待ちしております。

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