第269話 閑話 一生ゲーム 後編

 そこからのゲームは散々だった。


 俺は無職のまま約束手形ばかり増えるし、リーシャはひたすらに幸福な人生を爆走するし、月子の顔はどんどん無表情になっていった。


『恋人が浮気をしていた 三マス進む』というマスに止まった時は、俺の呼吸も止まったね。


 浮気かも‥‥で一回休んで、浮気確定で進むって何。


 何に向かって進んじゃったの?


 マスに書かれていない期間でどんな心境の変化があったの?


 月子がひたすらに無言だったので、俺も何も言わなかった。口は災いの元とはよく言ったものである。俺は浮気なんてしたことないけどね。


 ちなみにカナミだけ少女漫画みたいな純愛ロードを邁進まいしんしていた。


「とっても楽しかったです!」 

「‥‥それはよかった」


 このクソゲーはまた押し入れに封印するけどな。


「私は疲れたから部屋に戻るわ‥‥」

わたくしも夕飯の用意をしますわね」


 二人がリビングから出ていき、シャーラも静かだと思ったら、ソファに横たわって寝息を立てていた。とことん自由人。


 残った俺とリーシャでゲームを片付ける。


 そんなリーシャの手が止まったのは、駒をしまっている時だった。


「ユースケさんは」

「ん、どうした?」

「ユースケさんは勇者として呼ばれなかったら、どんな人生を過ごしていたと思いますか?」

「なんだよ突然」

「あ、いえ。別に深い意味はないのですが、なんとなく気になって。私が知っているユースケさんはアステリスの後のユースケさんだけですから」


 そりゃそうだ。


 というかアステリスに行く前の俺を知っている人間なんて、周りにはほとんどいない。


 そういった過去の諸々は、長い時間の隔絶で見えなくなってしまった。


「アステリスに行かなかったらかー」


 そういえば、アステリスに召喚されたころは、そんなことばかり考えていた気がする。


 ここに来なければ、あんなことができたとか、こんなことをしていたはずとか。


 あの時の将来の夢ってなんだったのかなあ。無職でないことだけは確かだけど、もう思い出せない。


「普通に学校通って、どっかの会社に就職して、普通に過ごしてたんじゃないか」


 俺の人生計画的には、結婚もする予定だったはず。それが普通だった。大人になるにつれて、そのハードルが想像をはるかに超えて高いことに気付くのである。


 リーシャは駒を持ったまま俺の顔を見て、笑った。


「なんだか想像つかないですね」

「いや、リーシャが来なかったら、わりとそのルートを行く予定だったぞ」

「え、そうなんですか?」

「対魔官にでもならなきゃ、魔術をいかすような仕事もないしな」


 それこそリーシャと出会わなければ、対魔官の存在も知らなかっただろう。そう考えると、リーシャと出会ったことで、本当に俺の人生は変わった。


 一生ゲームみたいに上から見下ろしたら、大きなルート分岐を過ぎていたに違いない。そしてリーシャたちと別れたら――俺はどうなるのだろう。


「どうかしました?」

「いや、なんでもない」


 今更ながら、もう彼女たちがいない生活を想像できない自分に驚いた。


 上から先のマスが見えたら、きっと選ぶのも簡単なのに。


 結局、いつだって迷って、決断して、間違えて、また進むのだろう。上からそれを見下ろす存在がいるかなんて関係なく、自分の意志で。


 俺たちは駒ではないのだから。


「そういえばユースケさんは、たくさん奥さんがいたのですか‥‥?」


「いねえよ!」




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――




日々お世話になっております。

バレンタインも間近に迫りましたが、いかにお過ごしでしょうか。

私はようやく第七章のプロットが完成しましたので、執筆にいそしんでいるところでございます。

ハッピーバレンタイン!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る