第237話 特別な人間
今流行りの曲が車内に響く。確か映画の主題歌だったはずだが、最近は映画を見に行く時間なんてない。大学を休学したことといい、日常から隔絶していっているのだということが、心にじわじわと染みる。
俺は今車に乗り、目的の場所へと向かっているところだった。
運転席でハンドルを握る人物が、曲に合わせて歌詞を口ずさんだ。
「緊張しているの?」
運転手は、
俺は窓の外から視線を外して答えた。
「まあな。色々と気になることはあるし」
「伊澄さんたちなら平気だよ。少なくともこの仕事が終わるまでは襲撃はないはずだから」
「確証がないだろ。
「それを言われると、信じてほしいとしか言えないな」
それができれば苦労はしない。
高速を走る車に乗っているのは、俺と四辻の二人だけだ。リーシャたちは全員拠点で待機している。
結局、今回は俺だけが動くことになった。なんでも、土御門は
拠点にはカナミもシャーラもいるし、襲撃されても早々負けることはないと思うが、心配なものは心配だ。そんな思いが、つい口を出た。
「全員で行ってもよかったと思うけど」
「何度も説明しただろう? 晴凛が
「巨大な組織なのに、そんなに早く動けるのか」
国もそうだが、組織というのは大きくなればなるほど動き辛くなる。全面戦争なんて、やろうと思ってもそうそう実行に移せるものじゃない。
四辻はうーん、と可愛らしい声で悩んだ。
「
「なんだそりゃ」
そんな組織が長く存在できるものかね。というか、そんな状態で全面戦争なんて無理だろ。
俺の疑問に気付いたのか、四辻は言葉を続けた。
「けれど、そんな状態でも組織への忠誠心だけは本物だ。だからこそ怖い。こちらが全戦力を投入した結果、敵も意図せず団結する可能性がある」
「つまり、指導者がいなくても、個々が判断した結果全面戦争になると?」
「ふざけてるでしょ。でも可能性として十分にあるし、そうなったら終わりだ。僕たちが
「全面戦争になったら、負けるの前提って感じだな」
軽く聞くと、真剣な声が間髪入れずに返ってきた。
「負けるね。絶対に勝てない」
ほう、そりゃ興味深い話だ。
俺の考え自体が
櫛名の魔術は確かに凶悪な代物だったが、そのために奴は相当な準備を要しただろうし、戦闘能力自体は低かった。はっきり言って、対面からの戦いで負ける気はしない。
どれだけ規模が大きい組織だろうと、魔術師同士の戦いでは数よりも質だ。
ぶっちゃけた話、
「四辻が知っているかは分からないけど、あの感じじゃ、土御門は俺たちの戦いを見てたんだろ」
「戦いって、魔族との?」
「ああ」
「それなら全部ではないけど、僕も見てるよ。君が戦場に出張っているせいで、覗き見するのも一苦労だったみたいだけど」
出歯亀しておいてなんたる言い草。しかしあの鬼の時に気付けたのは、土御門の式神かなんかが近くに寄っていたおかげだ。鬼が異空間を作り出していたし、山の中だったから、近寄らないと見られなかったんだろう。
「だったら魔族の力は分かっているだろう。こう言っちゃなんだが、俺はあいつらと戦ってきたんだぞ」
そう言うと、四辻は前を向いたまま答えた。
「うん。君の力も魔族の力も、僕たちは正しく認識しているつもりだよ。それでも、今全面戦争をするのは駄目だ」
本当かよ。馬鹿にするつもりはないけど、割と疑わしい判断だぞ。
俺が黙り込むと、四辻は小さく笑った。
「納得いかないって感じだね。ただ考えて欲しいんだけどさ、魔族と戦う君も地球の人間だろう」
「ん? いやまあ確かにそうだけど。俺の場合事情が少し違くないか」
「自分だけは特別ってこと?」
「‥‥」
そう言われて、俺は今度こそ二の句が継げなくなった。顔から火が出そうな程に熱い。中二病真っ只中に、真正面からそれを指摘されたかのような羞恥だ。
いや待て落ち着け、そりゃ特別っちゃ特別だろ。勇者として呼ばれて異世界で戦ってましたなんて人間は他に聞いたことがない。
軽やかな笑い声が歌をかき消した。
「ははは、意地悪な質問だったね。君は間違いなく特別だよ。第一位階の晴凛を見てきた僕が言うんだ、間違いない」
「そりゃどうも」
ここまでの辱めを受けたのは久しぶりだ。許すまじ僕っ娘め‥‥。
「僕が言いたいのはさ、君と同じように特別な人間っていうのが地球にもわずかながらいるって話だよ。晴凛もその一人だし、伊澄さんもそうだ。君も感じたことがあるんじゃないかい?」
「‥‥そうだな。確かに月子の素質は群を抜いていると思うよ」
そもそも俺が魔術師だと気付かなかったんだ。魔力操作の緻密さは、俺が知る限り三本の指に入る。
そうだな、もしも――、
「もしも伊澄さんや君のように、特別な素質を持つ者が、この世界で人知れず受け継がれてきた術理を鍛え続けていたとしたら。科学技術が発達する中で、あり得ないと笑われる神秘を追い求めていたとしたら」
車が信号で停まり、四辻がこちらを向いた。何かを諦めたような、不思議な表情で。
「それはもう、僕たちの知る人間ではないのかもしれない」
なるほどな。言いたいことはよく分かったよ。
実際に相手を見ない限りなんとも言えないが、気味の悪さが一層の冷ややかさをもって、背筋を這い上る感覚がした。
無言になった俺たちを乗せて、車は目的地へと走り続けた。
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