第401話 雷対炎 二
◇ ◇ ◇
ジルザック・ルイードは過去にリーシャを追って東京に現れた魔族である。
『フレイム』という識別名称を付けられた彼は、対魔官たちと戦い、蹂躙した。
月子に初めて圧倒的な実力差を見せつけ、魔族という存在の恐怖を深々と刻み込んだ因縁のある相手である。
そんな彼が何故か月子を守るように立っていた。
「それで? 何者だお前」
レオンが目を細め、顎を上げる。
「見たところ魔族だな。確か、ジルザック・ルイードだったか」
「私の名を知るかね」
「たしか勇者に負けて、対魔官たちに捕まっていたはずだが‥‥まあ、今なら出るのも難しくはないか」
「ああ。どこかの誰かが酷い
榊綴によって引き起こされた『東京クライシス』は対魔特戦部に大きな被害を与えた。
ルイードはその隙をついて監獄を脱出したのである。
「しかし不思議だな。報告じゃ、お前は勇者との戦いで魔術回路に傷を負ったはずだ。まともに魔術も使えない状態で、何のために出てきた?」
そうだ。
月子も覚えている。
後になって勇輔に聞いた話になるが、ルイードは魔王の腕を触媒に己の限界を超えて魔術を行使した。
そしてその魔術ごと勇輔に斬られたのだ。
結果的に魔力を通すための魔術回路はボロボロになり、まともに魔術を使えなくなった。
だから対魔官でも収監し続けることが可能だったのだ。
もし彼が全盛期の力を使えれば、対魔官では抑えることはできない。
「何のためにか。単純な話であるよ。私たちの戦いに横槍を入れ、あまつさえ利用しようなどと、あまりにも
「だから物申しに来たとでも」
「納得が必要だ。私はこの先にいる貴様らの親玉に聞くべきことがあるのだよ」
「そうか。それなら話は簡単だ。俺を倒せばお前の望みは叶うぜ」
そんなことは、不可能だがな。
ルイードの言葉はピィちゃんが口から放たれた熱線によってかき消された。
まともに魔術も使えない魔族では防ぐことはできない。蒸発して終わりだ。
「せっかちな奴だ」
ルイードは右手を熱線に向けて差し出した。魔術は発動していない。魔力が圧縮されているわけでもない。
まるで握手でもするかのような気軽な動きだった。
熱線の周囲は見えない炎をはらんでいる。直撃どころか、近づくだけで皮膚は燃え、溶ける。
しかしそうはならなかった。
ルイードの手に直撃した熱線は、波紋が広がるようにして止まった。
炎の衝撃に月子の髪が揺れ、肌にはひしひしとその熱量を感じる。
戦っていた月子だからこそ分かる。それを止めるのに本来なら魔力が必要になるのかを。
そう、本来なら。ルイードは魔力ではなく、技術で止めた。
流動する魔力の流れを完全に掴み、レオンの炎を自らの支配下に置いたのである。互いに炎を扱う術師だからこそ可能な芸当だが、それができるのは圧倒的格下の魔術師に対してだけだ。
まるで師が弟子に稽古をつけてやるかのような光景だが、相手にしているのは
広がった炎を指先で球体にしながら、ルイードは言った。
「この程度かね」
「‥‥意外とやるじゃねーの。ピィちゃん」
青筋を隠しきれないレオンの言葉に合わせて、ピィちゃんが飛んだ。
「『
ピィちゃんが丸い体に見合った翼を広げると、それは炎によって巨翼へと変じた。
そして炎のミサイルが放たれる。
大地をならす絨毯爆撃だ。
「なっ──⁉︎」
技ごと押し潰す、圧倒的な物量。
月子は金雷槍を構えた。全てを落とし切ることはできない。自分達に直撃する攻撃だけを一発で撃ち落とす。
そう思ったが、ミサイルの軌道を見てそれが不可能なことに気づいた。
タイミングをずらし、全てが確実に月子とルイードに直撃するように動いている。一点集中の攻撃で多少のミサイルを落とせたとしても、次が防げない。
『
脚に魔力を集中させた月子に対し、ルイードはまるで動く気配を見せなかった。
「──パチパチ、パチ。燃えるよ暖炉。暖か暖炉。ゆらゆら揺れて、綺麗だね」
小さく口ずさんでいるのは童謡だろうか。過去戦った時に聞いた、禍々しい詠唱ではない。
ルイードの指先に集められてた炎が、揺れる。
まるで中で何かが暴れ回っているような、そんな不安定な揺れ方だ。
そして彼は指先を『
「『
放たれた火球は一瞬にして膨張し、形を変える。
山羊の頭に竜の鱗、大樹よりも太い四本の腕を持った怪物。アステリスの神話に登場する伝説の魔物──『シルグエラ』。
四本の腕がそれぞれに持つ大剣は、全てのミサイルを叩き落とした。爆発が爆発を呼び、シルグエラはそれを防ぐこともなく全身で受ける。
「何⁉︎」
それでもシルグエラは止まらなかった。炎の雲海を突き抜け、羽ばたくピィちゃんに向けて
「
血の代わりに炎が、悲鳴の代わりに衝撃が、荒野に
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