第161話 魔法のコイン
なんだこれ? コインだよな。薄紫色で、金属ともガラスともつかない曖昧なぬめりを帯びている。
「はい。手に持っても害はないわよ」
加賀見さんが手渡してくれたそれをよく見ると、表面に器と誰かの横顔が彫ってあった。
持ってみても材質がよく分からん。
ただ分かるのは、これがうっすらと魔力を帯びているということだ。
横からコインを覗き込んでいたカナミが呟いた。
「魔道具、にしては妙ですわね」
「そうなのか?」
ごめん、魔道具に関してはほとんど知識がないから詳しいことは分からん。専門家のカナミが言うならそうなんだろうけど。
濃紺の左目が光り、瞳孔が機械的な動きで収縮した。『シャイカの眼』がコインを分析する。
「普通魔道具は使う人間の魔力を通して起動させるものなのですが、これにはそれが見えませんわ。魔道具というよりは、魔術そのもののような‥‥」
「ごめん、よく分からん」
ちょっと感覚が違いすぎるわ。理系の人と喋ってるとよく起こるよね、こういう感覚。
「今このコインがいろいろな所で出回っているの。それこそ魔術師だけじゃなく、一般の人にもね」
「何が目的なんですかね」
確かに魔力こそ感じるけど、それ以外は持っていても害がないのなら、ちょっと不思議なコインだ。
可能性として考えられるのは、コインを配ることで何らかの大規模な魔術を発動しようとしているか、あるいはデコイか。どちらにせよ、わざわざ手間かけて準備をしているんだ。何かしらの目的はあるだろう。
加賀見さんは首を横に振った。
「何を狙ってばらまいているのか、そもそも誰がばらまいているのか、未だに不明。いろいろと推察はできるけど、決定打には欠けるわ」
「嫌な感じですね。でも回収だけなら、いくらでもやりようはあるんじゃ?」
仮にも対魔特戦部は公的機関だ。国の権力が使えるってのは、他の魔術結社には真似できない圧倒的な強み。コインの回収だけなら魔術師を動員する必要もない、一般の公務員だってできる。
しかし加賀見さんは俺の手からコインを回収すると、その考えを否定した。
「ところがどっこい、そうもいかないのよ。何せこのコインは持った人を魅了する『魔法のコイン』だからね」
「魔法のコイン?」
「巷でそう呼ばれているらしいわ。持ち主の願いを何でも叶えてくれるんだって」
「そんな馬鹿な」
アステリスにいた時だって、そんなふざけた効果の魔術は聞いたことがない。それこそ創作の中だけの話だ。
カナミも隣で頷いている。
加賀見さんはコインを光に照らしながら、ゆっくりと回した。
「何でも叶えてくれるってのは誇張表現ね。できることとできないことはある。けれど、確かにそれに近い能力があることは間違いないわ」
「間違いないって、確認したんですか?」
「私が自分で検証したのよ」
えー、度胸あるな加賀見さん。こんな怪しいコインの検証なんて、誰だって嫌がるだろうに。
「何を願ったんですか?」
今まで蚊帳の外だったリーシャが聞いた。それは俺も気になる。
加賀見さんは真面目な顔で頷き、
「高収入、高身長、優しくて家事のできる恋人が欲しいって願ったわ」
「それ検証だったんですよね?」
気のせいか
「もちろん検証よ検証。結局恋人はできなかったわけだけど」
「では何か別の願いを?」
「適当に『幸せな一日してください』ってお願いしたわ」
なんだろう、それはそれで闇を感じるお願いだ‥‥。お仕事大変なんだろうなあ。
「それで、何か幸せなことは起こったんですか?」
「びっくりなことにいろいろ起こったのよ。定時で帰れたり、自販機で当たりが出たり、定時で帰れたり。お店で夕飯買ったらおまけもらったり、同僚がお土産持ってきたり、定時で帰れたり」
「そうですか‥‥」
うぅっ、そんなに定時で帰れてないんですね。対魔特戦部、いくら影の部署だからって内情までブラックになる必要ある?
「いやあ、人生で自販機の当たりなんて初めて見たわよ。あれは生涯二度とない奇跡だったわ」
奇跡て。よく考えたら、俺も当たったことないけど。
「そんでもって、これが使ったコインね」
綾香さんは新しい袋を取り出し、そこからコインを取り出した。
ぱっと見はさっきのコインと何ら変わりないが、よく見れば色がくすんでいるようだった。独特のぬめり感がなくなり、光を当てても輝かない。
本当に何らかの魔術が発動したみたいだな。
にしても願いを叶えるねえ。
「確かにこれだと、回収は難しそうですね」
「どうしてですか?」
リーシャが不思議そうに聞いてくる。君には理解し辛いかもしれないが、誰も彼も清廉潔白には生きられないんだよ。願いを叶えるコインだ、手に入れた人がそうそう手放すわけもない。
下手に回収勧告なんて出したら、皆見つけられないように隠すだろう。
そうなったらよっぽど面倒だ。
「願いが叶うコインなんて、手放したくないからな。リーシャだって叶えたい願いくらいあるだろ」
「? いえ、私はユースケさんとカナミさんがいればそれで。――あ、神魔大戦は終わらせたいって思ってます!」
「あ、そう」
そんな純真無垢な顔で言われると照れるな。
「いやでも、料理の腕は上がってほしいかも――」と呟くリーシャを見て、加賀見さんが砂糖を口いっぱいに頬張ったような顔をしていた。
「まあそういうことよ。だから今は私たちでコインの回収業務をしてるわけなんだけど」
「魔族が関わっているのではと、そういうことですわね」
「可能性としてね。魔術結社の連中が動いてるのは間違いないんだけど、そこに魔族が関わってないとは言い切れないじゃない」
「‥‥」
改めてコインを見る。
効果だけを考えれば、魔族の魔術だと言われてもおかしくはない。けどなんて言うんだろう、あんまり魔族っぽさを感じないんだよな、このコイン。いや、なくはないのか? うん、よく分からん。
加賀見さんはそんな俺たちを見て、言い辛そうに唇を歪めた。
「それで一つお願いがあるんだけど」
「何ですか?」
つっても、この話の流れなら頼まれるのは大体見当がつく。
だが加賀見さんから伝えられた言葉は、予想していたものとは少し違っていた。
「申し訳ないんだけど、コインの回収を手伝って欲しいのよね。――なんでか崇城大学で凄い数流通してるみたいだから」
――はい?
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