第58話 背神の理由
勇輔とタリムが戦っている間、二人の守護者もまた激戦を繰り広げていた。
ガガガガガガガガッ! と魔弾と槍が衝突し、闇の中で火花を散らす。
カナミは暴風で相手の体勢を崩しながら、
イリアルは空中も交えた高速機動で弾を避け、距離を詰めては槍を振るう。
人類の守護者として選ばれるだけあって、どちらも一歩も引かず魔術をぶつけ合う。
しかし舌を巻くべきはカナミの戦闘技術である。
銃を扱う以上は中、遠距離を得意とするはずだが、イリアルに詰められても危なげなく対処する。
突き出された穂先を踊るように避け、避けきれないものはフェルガーを使って捌く。
更に近距離から魔弾を叩き込み、時には
防御は間違いなくイリアルの方が上、更にカナミの攻撃はイリアルを捉えきれない。
にも関わらずイリアルは攻め切ることができなかった。
「あら、顔に焦りが出てますわよ?」
「気のせいかしら、まともに攻撃が当たっていないのはそちらの方だけれど」
槍と銃が激突し、すぐ近くで二人の視線が交錯した。
翼が明滅し、魔力が槍へと流れる。
穂先を覆うように魔術による刃が展開された。それはさながらチェンソーの如く疾駆する小さな光の刃たちだ。突然の衝撃に、銃がカナミの手から弾き飛ばされた。
「終わりね」
イリアルは銃を弾き飛ばした動作に繋げて槍を引き戻し、カナミの心臓に向けて突く。
しかしギリギリのところでカナミは身を翻して避けた。ドレスを切り裂いて純白の槍が走る。
「っ、しぶとい」
ただ無理のある動きのため、体勢が崩れた。
そこにイリアルは連続で刺突を繰り出す。更に魔術によって槍の半ばから屈折するように、新たな光の槍が生み出された。それぞれが別々の急所を狙う、確実に相手を仕留める連撃の構え。
カナミも何とか後ろに下がりながら残った銃で受けるが、限界はすぐに訪れた。
槍の勢いを流しきれず腕が開き、足が後ろに下がった。
上体は後ろに流れ、もはや脚に力を込めることもできない死んだ動き。
その瞬間を逃すことなくイリアルは踏み込み、槍を一閃した。
完全に避けることのできないタイミング。
だがカナミは目前まで穂先が迫った瞬間笑みを浮かべた。まるで罠にかかった獲物を嘲笑うかのように。
「甘いですわね」
ギィイン‼ と甲高い音が響き渡り、必殺の一撃は上に弾かれた。イリアルの眼が大きく見開かれる。
無手だったはずのカナミの手に握られているのは高振動を起こす短剣。
「新しい魔道具⁉」
「当然でしょう、魔道具使いが武器を一つしか持たないなんてあるはずがありません、わ!」
カナミは即座にその短剣をイリアルに投擲した。
翼によって発動する防御魔術が短剣を止めるが、カナミとてそこまでは織り込み済み。
「鳴きなさい」
イリアルの目前でナイフが震えた。
否、それはもはや振動などという生易しいものではない。空気ごと耳を劈く絶叫だ。
「っ‥‥⁉」
炸裂する音の爆撃。鼓膜を貫いて頭を揺らされ、イリアルの身体が傾げる。
カナミは間髪入れずに重爆弾を連続で撃ち込んだ。轟ッ‼ と光と炎が互いを食らい合うように膨れ上がり、カナミすらも飲み込まんとする。髪とドレスが熱波にはためき、白い肌が煌々と光に照らされた。
しかしカナミは微動だにせず炎の中を睨みつけた。
『シャイカの眼』は魔力の流れそのものを色や形によって可視化し、更には必要な情報を選択して視ることができる。
つまり炎の中にある純白の魔力がカナミには見えていた。
ボウッ! と火を突き抜けてイリアルが距離を取るように飛び出した。
ギリギリのところで防御が間に合ったようだが、髪の端は焼け焦げ、白い肌にも火傷を負っている。
カナミは残ったフェルガーをイリアルに向けて引き金を引いた。
『
炎を切り裂いて放たれるのは回転する斬撃の弾丸。
今までの魔弾よりも速く鋭い弾丸は、一瞬にしてイリアルへと到達する。
寸前で槍を使って弾くが、完全には防ぎきれずイリアルの頬と肩に傷が走った。
それでも致命傷には程遠い。更なる追撃をしようと引き金を引こうとした時、イリアルの翼から閃光が走った。
光線は途中で拡散し、まるで鳥籠のように全方位からカナミに襲い掛かる。仕方なくカナミは追撃を中止してその場を退いた。
完全に押し込むための、あと一手が遠い。そのことを実感しながらフェルガーを構え直した。
◇ ◇ ◇
一方イリアルは焼けた肺に無理やり酸素を入れながら、カナミを睨みつけた。
呼吸の度に肺が痛み、咳込みそうになる。目は乾ききって開くのも辛く、肌は無数の針を刺されているようだった。
それでもイリアルは魔力を練り、全身に回した。翼がこれまでにないほど輝き、槍が震える。
体勢を立て直したカナミが即座に三種類の魔弾を撃った。
イリアルは歯を砕かんばかりに食いしばった。
彼女とて初めから分かっていた。自分は守護者の中でも戦闘経験が少ない。神魔大戦でも神殿の防衛は行っていたが、表立って戦士として戦争に参加することはなかった。
純粋な魔術の腕、身体能力、それらは決してカナミに劣ってはいない。だがこと実戦となれば、経験の差はそれらを容易く置き去りにする。
このままであればイリアルは負ける。
カナミの魔道具があれだけという保証はなく、流れは劣勢。
それでも負けるわけにはいかなかった。何のために人類を裏切って背神者になったのか。
思い浮かぶのはたった一人の少女の顔だった。
『鍵』に選ばれたユネアはイリアルの妹だ。自分とは何もかも対照的。小柄で、愛らしい顔立ちにはいつも申し訳なさそうな笑みを浮かべていた。
両親の顔は覚えていない。思い出そうとしても薄っすら靄のかかった女の顔が浮かぶだけだ。
はっきり思い出せる初めの記憶は、赤子を連れて帰ってきた母親。そして次に浮かぶのは、産着というにはあまりに粗悪な布に包まれた妹を抱いて、神殿の扉の前で座っている時だ。まだ日も出ていない闇の中で、目を覚ました時にはすぐ近くで妹が穏やかな寝息を立てていた。
混乱と、妹を起こしてはならないという使命感。暫くすれば幼いながらにもイリアルは何が起こったのか何となく理解していた。
二人は神殿に捨てられたのだ。
それが不幸だったとは思わない。神殿での暮らしは決して豊かであるとは言えなかったが、イリアルはユネアが健やかに育つ様子を見ているだけで幸せだった。
転機が訪れたのはユネアの使える魔術が判明した時だった。
ユネアの魔術は女神の愛し子だけが使えるもの、即ちユネアは『聖女』としての資質を持っていたのだ。
だからといっていきなり聖女になれるわけではない。ユネアはその日から聖女候補の一人『修霊女』となった。
人でもなく神に完全に選ばれた聖女でもない、霊体として世俗から身を斬り離し、ただ神に確かな聖女として選ばれるまで修練を重ねる信徒。
一介の信徒でしかないイリアルはユネアと会話を交わすことさえできなくなった。
だからこそイリアルは力を付けたのだ。神殿騎士になり、更に高位の位に就くことができればユネアと話すことができる。たとえ姉妹として話すことができなくとも、たった一言二言でも、それができればイリアルには満足だった。
転機は第二次神魔大戦の勃発だった。何の因果かユネアとイリアルは鍵と守護者として戦いに選ばれた。
その時だった。
「姉さん‥‥こうしてちゃんと話せるのは久しぶりだね。‥‥嬉しい」
いつものように申し訳なさそうに、それでも嬉しさの滲み出る声でユネアはそう言ってくれた。
私もだ、私も嬉しかった。涙が出そうになるほどに。もう二度と姉さんとは呼んでもらえないと思っていたから。
戦いが終わればこの気安く話せる関係も終わる。しかし短い期間であってもイリアルは満足だった。ユネアも自分を思ってくれている。そのことが分かっただけでも、これから先の人生を生きていけると確信していた。
だからあの怪物にユネアの身体を奪われた時、悩んだのは一瞬だった。
「ぅうああああぁあああああああああ‼」
死なせない、絶対にユネアだけは死なせない。
大恩ある女神を裏切り、魔族の犬になってでも、その運命にだけは
あの日暗闇の中で置き去りにされたイリアルの心を現実に繋ぎ止めてくれたのは、紛れもなく手の中で息づく小さな温もりだったのだから。
イリアルの翼が激しく光を発し、これまで以上に大きく広がった。
全身の血管が拡張され、心臓が破裂するのではないかという勢いで血液が全身を巡る。
「
巨大な翼が羽ばたき、無数の羽が舞う。
一枚一枚の羽は瞬く間に槍へと形を変え、目に見える全てを白く染め上げた。
本来なら翼があってもそれなりの溜めが必要な魔術を、イリアルは強引に発動した。頭の血管が千切れそうに痛み、一瞬でも気を抜けば意識が途切れそうになる。
指先から血が噴き出し、目が充血していくのが分かった。
ゴッ‼ と迫る魔弾も全てかき消して槍の軍勢はカナミへと波涛の如く押し寄せた。
イリアルの使える魔術の中でも最も瞬間火力の高い魔術。
これで終われと心の中で叫びながら、イリアルは魔力を込め続けた。
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