第135話 白と黒
星明かりだけが照らす道なき道を進みながらイリアルはこれまでのことを思い返していた。
神魔大戦に参加してからの日々は激動という他ない。その中で度々突き付けられる選択。
イリアルは全て『妹のため』という一点をコンパスの導きにして、舵を切ってきた。
その中でイリアルは人族を裏切り魔族に与した。その罪はそう容易く許されるものではない。
それを戦時中とはいえ見逃してくれたカナミとリーシャ、そして白銀の騎士に対して感じる恩義は並々ならぬものだった。
だからこそイリアルはユネアを連れて外へ出たのだ。
ユネアの安全を考えればカナミたちと共にいた方がいいことは間違いなかったが、少しでも魔族の情報を手に入れればと、そう思っての行動だった。
しかしまさか見張っていた相手が伝説の『
勇者と魔将の対面など、それこそ伝説そのものだ。
そして勇者は敗れた。見ていたイリアルだからこそ分かる、勇者は強かった。イリアルが手も足も出なかったタリムを一蹴した実力は、その称号に相応しい物だった。
しかしそれを正面から叩き潰すラルカンは、もはや自分の常識で測れる強さではなかった。
あんなものが第一次神魔大戦では何人もいたというのか。
勝てるわけがない。
「‥‥」
イリアルは空を見上げ、無言のまま自分を叱咤した。
勝てる勝てないではない、戦わなければならないのだ。たとえどんな相手だったとしても。
同時に彼女の中には一つの疑問が生まれていた。
果たして勇者の強さがあの程度のものであろうか。確かにイリアルの尺度では十分過ぎる力だ。それでも勇者といえば数多の魔将を下し、魔王さえも倒した最強の戦士。
それが魔将相手とはいえ、あれ程一方的にやられるものなのだろうか。
もしも何か力を出せない理由があるのだとすれば、その補助をするのがイリアルの役目だ。救ってもらった命を懸ける価値がある。
イリアルの背に幾何学模様の翼が生まれ、夜の森が輝く。
二つの可能性。どちらかによって生存率は大きく変わるが、どうやら当たりを引いたらしい。
『おうおう、無粋な乱入者じゃねーか。今度は番犬の真似事か?』
静かな夜には似合わないやかましい声が聞こえた。
夜の中に溶け込んでいたかのように、その正体は音もなく現れた。
侍従の服に身を包み、黒い髪をひっつめた魔族。その髪がパカリと口を開き、言葉を発していた。
ラルカンと共にいたもう一人の魔族だ。
勇輔が手負の今、攻めるには最高の機会。イリアルを見逃したラルカンの真意は不明だが、襲撃は十分に考えられた。
「私の名はイリアル。貴方は?」
『戦争中に名乗り上げか。ままごとでもやってるつもりかよ』
「戦争だからこそです。私たちがやっているのは単なる殺し合いではないのだから」
イリアルには誇りがある。自身の命よりも遥かに重い使命と言ってもいい誇りが。だからこそ槍を持ち、勝てないと思う相手にも立ち向かうことができた。
お団子髪が笑った。
『どいつもこいつも屁理屈が好きだな。もっと単純に魔族を殺してーってそれだけでいいじゃねーか。まあいいさ。教えてやるよ、俺は』
軽快に回る口は突然閉ざされた。
魔術の主が口を開いたからだ。
「私の名はロゼ・クレシオン。先ほどまで話していたのは私の魔術『
「人形遊びは終わり? あまり直接の戦闘が得意なようには見えないけれど」
わざと挑発するような物言いで返したが、ロゼの表情は揺らがなかった。
「これは本来ラルカン様の戦い。それに水を差すような真似をするつもりはありませんでしたが、また無粋な者に戦いを汚されるのは私にとっても本意ではありません」
「貴方こそ屁理屈が好きなようね」
イリアルは注意深く相手を観察した。
名乗らなかったということは、称号持ちではない。だがこの神魔大戦に参加している時点で油断できる相手ではなかった。
敵を前にしても崩れない冷静さ。フィフィが魔術だというのなら、発動していたにも関わらずそれを悟らせない緻密な魔力操作。どれを取っても一級品だ。
だがイリアルはその目の奥に燻る炎が見えていた。
「私はただ事実を述べただけです」
「そうかしら? 貴方こそ人族を殺してやりたくてたまらないって、そんな顔をしているわよ」
そう言った瞬間、ロゼの目が微かに細められた。
図星だ。
顔こそ無表情を保っているが、その奥には隠しきれない怨念の業火が燃え盛っている。
おどろおどろしい感情の励起。
「安心していいわ。すぐにでもその鉄面皮、引き剥がして素顔を晒してあげる」
「‥‥無礼者が」
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