第136話 空中戦

 イリアルの魔術は『白輳の翼スカイドール』。魔法陣の働きを備えた幾何学模様の翼を展開し、そこから様々な魔術を発動させる攻守に隙のない魔術だ。


 強力な魔術を瞬時に連続で発動できるイリアルは、白兵戦において無類の強さを誇る。


 しかし先に仕掛けたのはロゼの方だった。


「フィフィ、串刺しにしなさい」

『キハハ、任せろよぉ!』


 声は上から聞こえた。


 月を隠して飛来する夜よりも濃い矢だった。


 イリアルは即座に防御術式を発動し、矢を防ぐ。目前で衝撃が光と共に弾け、一秒と保たずに防御術式は破られた。


 同時にイリアルは上空に飛び上がっていた。まともに受ければ体の半分を抉られていただろう。


 しかしそれでは逃げ切れない。矢は地を這うように木々を貫き、再び空へと舞い上がった。


「鳥?」


 それの正体は矢ではなく、四枚の翼と鋭い嘴を持った鳥だった。

 至る所が羽毛ではなく鎧のような硬質な輝きを帯び、その強固さが窺える。


 その口から聞き覚えのあるがなり声が聞こえてきた。


『よくも避けやがったな。だがこっちに来たのは悪手だぜぇ。空に攻撃できるのはゼネだけじゃねえんだからよ』


 この鳥がフィフィの正体か、あるいはフィフィがこれを操作しているのか。


 フィフィの言っている意味を理解しようとした時、イリアルは下から感じる悪寒に下を見た。


 巨大な光弾がイリアルを撃ち落とさんと迫っているのが見えた。


「っ⁉︎」


 翼を使ってその場から離脱する。大気が焦げる嫌な音が響き、光弾は空に消えていった。


 下ではロゼがこちらを見上げていた。

 ただ先ほどまでと違い、彼女は一頭の馬に横座りで乗っていた。


 それもまた雄々しい角を生やし、足元には光を湛えている。ただの馬でないことは明白だった。


 どうやらあれが光弾を撃ち出してきたらしい。


『余所見している暇はねえぜ!』


 気を取られたところにゼネが突っ込んでくる。今度は複数の白槍を作り出し、迎え撃った。


 さながら機関銃のような速度で放たれる槍がゼネに正面から衝突する。


 しかし四翼の矢は止まらない。その全てを弾き飛ばして向かってきた。


 耐久力が高いというだけではない。何らかの魔術によって攻撃が弾かれている。


 妨害無視の高速起動、厄介ね。


 イリアルはそれ以上の迎撃を諦め、回避に専念した。


 ゼネばかり相手をするわけにはいかない。今最優先で狙うべきは術師本人であるロゼだ。


 そのロゼは馬の機動力で林の中に隠れていた。暗闇のせいで視認し辛いが、枝葉の動きを見れば追うことはできる。


 イリアルは高度を下げてロゼ同様に林の中へ突っ込んだ。


 恐ろしい速度で迫る木々を巧みな動きで避けながらロゼを追う。


『それで逃げ込んだつもりかよ!』


 背後からフィフィの声と共に、ゼネが障害物を切り裂く音が聞こえた。


 かかった。端から逃げるつもりはない。


 ロゼを追うのにゼネが邪魔だというのなら、まずはそれを排除する。


 イリアルはその場で急制動をかけ、勢いを殺す。内臓が潰れそうな圧を感じながら、身体を捻り上へ逃げる。


 直後、イリアルの真下にゼネが飛び込んできた。


『ああぁ⁉』


 上を取った。装甲が厚いというのなら、至近距離で貫く。

 

白輳の翼スカイドール』の紋様が歌うように輝き、魔力は形を成した。


「『熾天を告げる輝槍セフィリアータ!』


 広範囲を消し飛ばす殲滅魔術。それを一点に集中させてゼネの背へと撃ち込んだ。


 辺りに響くそれは、もはや掘削音だった。音と音が重なり、腹の底から震えるような衝撃が伝わってくる。


「砕けなさい」

『糞がぁぁああああ!』


 四翼が逃れようと羽ばたくが、時すでに遅い。


 数多の光槍が防御術式を砕き、鎧のような外殻を貫いた。


 穂先が地面にぶつかり、土砂が巻き上がる。ゼネもまた制御を失い、林の奥へ墜落した。

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