前職、勇者やってました。ー王女にも彼女にも振られた元勇者、魔族と戦ってほしいと聖女に請われる。仕方ない、文系大学生の力を見せてやる。ー
第190話 お洒落なところでお酒を飲んだこともあります。勇者だもの
第190話 お洒落なところでお酒を飲んだこともあります。勇者だもの
◇ ◇ ◇
「たまには羽を伸ばさないと。どこに行くにも顔が知れているというのも、厄介なものね」
あれはセントライズ王国に戻った時だった。ナイトドレスを着たエリスはそんなことを言いながら肩の力を抜いていたけれど、こっちはそれどころではない。
明らかに高い身分の人間がそこらで談笑している場でリラックスできるか。社交に疎い俺でさえ知っている顔がちらほらある。
「周りは気にしなくていいわ。ここはそういう場所だし、きちんと部屋も取ったから」
そう言って通されたのは、明らかにVIPが使うような部屋。
鎧を着ているならともかく、スーツに着られている俺は明らかに場違い。王女とガキンチョの取り合わせに眉一つ動かさなかった店員はプロフェッショナルだった。
肩身が狭くてそのまま潰れそう。
「な、なあエリス、何もこんな高そうな店で飲まなくても良くないか? 城で頼めば酒なんていくらでも出してもらえるし」
「あなた、あまり意識していないかもしれないけれど、王国随一の高給取りよ。本来なら将軍として軍を編成できる費用が降りているし、これまで倒した魔族の懸賞金だけでも凄まじい額になってるんだから」
「え、そうなの?」
「だからこういうところでしっかりお金を落とさないと。経済を回すためだと思うのね」
「だったら適当に寄付したらいいんじゃ‥‥」
「勇者の寄付なんて適当にできるわけないでしょ。下手すれば新しい聖地が生まれて教会が絡んでくるわよ」
「えー、返すわ」
お金持ちになるのは嬉しいけど、そんな馬鹿でかい金額貰っても、トラブルが起こる気しかしない。
するとエリスが腕を伸ばして、俺の額をピンと弾いた。
「馬鹿。御父様の顔を潰す気? そういうことに頭使うの苦手なんだから、余計なこと考えなくていいの。お金なんて、使える時に使うのが一番だわ」
「そういうもんか」
「さっきの契約書も、あなたの名前で署名しておいたから」
「それはおかしいな?」
なんでエリスが俺の名前で金を使えるんだよ、奥さんでもそんなことしないだろ。そしてウェイターはなぜそれをおかしいとも思わずに受けとったの? 世界が俺を置き去りに回っている。
エリスはやれやれと肩をすくめた。
「何もおかしくないわ。勇者の称号はあらゆる交渉で使える切り札の一枚よ。それとも、あなたが代わりに交渉してくれるわけ?」
「どうぞ好きにお使いください」
無理無理。戦闘以外のことに頭使ったらキャパオーバーして死んじゃう。どうやらエリスが俺の名を使えるのはセントライズ王国にかぎらず周知の事実らしい。
「よろしい。それに城じゃ、周りの目があるのが鬱陶しいでしょう」
エリスは微笑みながら、届いたカクテルを手に取った。
俺の分も頼んでいたらしく、泡の弾けるグラスが置かれた。
そういえばエリスと二人きりというのは久しぶりだ。
グラスの向こう側に、ドレスを着た彼女がいる。その顔は普段の戦士としての勇ましいものではなく、黄昏の太陽のような美しさに満ちていた。
夜と場所が、そう見せているのか。そもそもエリスは紛れもない王族。こういった場では、まるで別の輝きを宿す。
ずるくないか、それ。
むず痒さを隠すように俺はグラスを取った。
「乾杯」
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