第189話 胸が熱くなるな
日が落ち月が昇れば、そこは愚か者たちの独壇場である。
二日続いて裏天祭へと向かっていく俺たちは愚か者以外の何者でもない。
しかし、
「さっきから笑ってどうしたんですか?」
「は? え、なんでもないぞ!」
リーシャに言われた一言に、想像以上に変な声が出た。
そんなに笑ってたかな。頬をグニグニと揉むが、自分ではどうにも分からない。本屋で立ち読みしてる時とか、気になるよね。
それにしても気を抜くと陽向の顔がチラついてやってられん。
なんだあいつ、本物の小悪魔かよ。何が「ドキドキしました?」だ。あんなん誰だってドキドキするに決まってるだろうが。
ドキドキして今日一日寝れる気がしない。
好きって何。たった一言からいろんな意味が込められていて、どれが本当なのか分からない。
義務教育でもう少しそのあたりしっかりやってほしいものだ。
真面目な顔を取り戻そうと悪戦苦闘していると、一緒に歩いている総司が声をかけてきた。
「勇輔、今日は陽向と回ったんだろ? どうだった」
「なんで知ってるんだ? 別に普通に回ったぞ」
総司はしたり顔で頷いた。
「その様子だと、陽向は相当頑張ったみたいだな」
「本当に何の話だよ。でもまあ、ずいぶん不安にはさせてたみたいだ」
「そうか。自分で分かってんならいいんじゃねーの」
仲直りするのに、陽向も相当気を揉んだことだろう。総司にも相談してたのかな。ありそうな話だ。
とりあえずこれで陽向は一件落着。胸が軽くなった気がする。
さて、そろそろ気を入れ直さなきゃな。
見計らったように、先頭を歩いていた松田が振り返った。
「さてさておしゃべりはここまでだよ。ここから先は気合を入れないと何もかも溶かされちゃう魔性の領域」
着いたのは、普段はカフェテリアとして営業している場所。普段なら解放感溢れるそこは、窓にも全てブラインドが引かれ、完全に中身が見えなくなっていた。
松田がドアを押し開ける。
「さあ、『メルティーフロア』にようこそ」
ドアの向こうは、ピンクと音楽に溢れていた。
毎日のように利用しているカフェテリアとは思えない、椅子にもテーブルにもクロスがかけられ、まるで別物。
露出度の高いドレスを着た女性たちがいたる所で客と談笑している。
本当にキャバクラじゃねーか。いや、俺も本物は行ったことないけど。
「あらあらお客様、いらっしゃいませ。当店は初めてですか?」
ピンクの暴力に気圧されていると、一人の女性が近づいてきた。
うお、でかい。
何がとは言わないが、胸元の開いたドレスのせいで余計にそこが強調されている。こんな人が普段は女子大生としてここに通っていると思うと、なんというか胸が熱くなるな。
俺の後ろから松田がひょっこりと顔を出した。
「はい、四人です」
「あら松田くんじゃない。今日はお友達連れてきたの?」
「せっかくだから社会勉強させてあげようと思って。いい子つけてくださいね」
「知ってるでしょ、ここにいる子はみんないい子よ」
「そうでした。これは失礼を」
松田はけらけら笑いながらお姉さんと談笑する。その人脈はどこで作られてんだろう。羨ましくなんかない、羨ましくなんかないけど。
「では四名様ご案内〜」
通された席に座ると、すかさず二人の女の子が席にやってきた。
「どうもー、カスミです」
「ヒカリです、よろしく」
カスミさんは短髪なボーイッシュ、ヒカリさんは黒髪の綺麗な清楚系だ。二人の共通点は、どちらも顔立ちが整っているということ。
「注文はどうする?」
「厨房借りてるから、結構色々作れるんですよ」
「お酒もたくさんあるし!」
二人は隙のないコンビネーションでメニュー表を見せてきた。
値段は案外良心的だ。そりゃ普通の居酒屋に比べれば高いが、一杯数千円とか、そんなぼったくり価格ではない。
これなら昔エリスに連れて行かれたロイヤリティバーの方が高かっただろう。
まあ値段なんて書かれていないから、実際いくらしたのか詳しくは知らない。エリスがしれっと羊皮紙にサインしているのを見て、考えるのを止めた。
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