第188話 あなたのいいところ
歩いていると、広場に出た。大きなステージが設置され、時間ごとにイベントやライブが開催されいてる場所だ。そこは信じられないくらいの賑わいだった。
そうか、今はミスコンの時間だ。
崇天祭の中でも屈指のビッグイベント、ミスコン。実は男たちが登場するミスターコンテストもやっているのだが、やっぱり盛り上がりは段違いだ。
ステージにはきらびやか女性たちが並び、観客からは歓声が飛ぶ。
「去年は諫早先輩が出たんでしたっけ」
「そうだよ。みんなで応援した」
昔を思い出しながら答えると、陽向はポツリと呟いた。
「凄いですよね。みんなキラキラしていて」
その言葉は陽向らしからぬものだった。彼女はいつだって自信に満ち溢れていて、なんだってできるって顔で笑みを浮かべていたはずだ。
「私が出たら一位間違いなしですけど」。そんな言葉が似合う。
そう思って俺は言った。
「陽向だってステージに立ったらそうだろ。いいところ狙えるんじゃないか?」
「なら月子さんやリーシャちゃん、カナミさんが出ても勝てると思いますか?」
「‥‥」
失敗した。
言葉が出て来ず、頭がぐるぐると空回りするのが分かった。
「陽向なら、勝っても不思議じゃないだろ。みんなから好かれる雰囲気というか、コミュニケーション能力ならダントツだ」
俺の一瞬の沈黙に気づいたはずなのに、陽向はそれには触れなかった。
「そうですね。私もそう思います」
「言い切るな」
「まあ、リーシャちゃんたちに見た目で勝てるとは思ってませんから」
「そんなことはないだろ。人の好みに優劣なんてない」
自分で言いながら、浅い言葉だと思った。世の中には大多数の評価というものが確実に存在する。
そんな世界を強かに生き抜いてきた彼女は、軽く言った。
「そこは別にいいんですけど。先輩のさっきの言葉は良かったです。株が上がりましたよ」
「それはどうも」
ずっとステージを見ていた陽向がこちらを向いた。
何度も見てきたはずなのに、これまで見たことのない目をしていた。
「私も先輩のいいところ、たくさん知ってますよ」
「‥‥」
予期せぬ言葉に、俺は何も言えなかった。
何が言いたいんだ? 褒めても何も出ないぞ。
そんな困惑もお構いなしに、彼女は続ける。
「お人好しなところとか、押しに弱いところとか、誰かを助けることが当たり前だと思っているところとか」
陽向は指折り数えていく。周りではうるさいくらいに声が響いているはずなのに、その声は明瞭に聞こえた。
「優柔不断なところとか、一途なところとか、馬鹿みたいに優しいところとか──」
そこまで言って、陽向は笑った。
「私は、好きです」
衝撃に心臓が跳ね上がった。
「ぁ、あと、え?」
それはどういう意味での好きなんだ? ライク? ラブ? こういう時日本語って本当に紛らわしい。誰だ作ったやつは、出てこい。
その真意を問いただそうか迷っている内に、ポスン、と陽向の小さな頭が胸にぶつかった。
「だから、距離を取ろうなんてしないでください。そりゃビックリはしましたけど、ああいうことされると、普通に傷付きます」
「それはっ、その、ごめん」
「いいです。私もどう言ったらいいか分からなくて、迷ってましたから」
そっか。そうだよな。
最初っからちゃんと話し合えばよかったんだ。
俺の予想以上に、俺のことを見てくれている人がいる。それはリーシャやカナミみたいに、全てを知っている人だけじゃない。
山本勇輔を見てくれている人がいる。
「ありがとう」
「何の話か分かりませんが、どういたしまして。改めまして、あの時はありがとうございました」
その言葉を最後に、陽向はパッと俺から離れた。そしていつもの小悪魔みたいな笑みを浮かべて、
「ドキドキしました?」
そう言うのだった。
この場はミスコン。本来ならステージに立っている女性たちが最も輝く時。しかし今この瞬間に限っては、人込みの中に立つ陽向は、誰よりも輝いていた。
歓声が遠い。万人に降り注ぐ明るい日差しが、スポットライトのように彼女を照らしている。
俺を元気づけようと言ってくれたのか、軽くからかってやろうと思ったのか、それとも――。
まあ間違いなく言えることが一つだけある。
「死ぬほどな」
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