前職、勇者やってました。ー王女にも彼女にも振られた元勇者、魔族と戦ってほしいと聖女に請われる。仕方ない、文系大学生の力を見せてやる。ー
第187話 射的がなくならないのって、こういう人たちが楽しむからなんだと思う
第187話 射的がなくならないのって、こういう人たちが楽しむからなんだと思う
先日のリーシャとの文化祭は、基本的に食い倒れ企画みたいな感じだったが、今日は随分
「先輩先輩、射的やってみましょう。私はあのゲームが欲しいです」
「俺、あれが射的で倒れてるの人生で一回も見たことないんだけど」
陽向が足を止めたのは、縁日でも定番の射的だった。陽向はご飯もゲームも、気になったものはとりあえず見てみる。ウィンドウショッピングみたいだ。
それにしてもくじだとか射的だとか、子供心ながらに取らせる気ないだろって思うよな。それでもやるんだけど、楽しいから。
「分かってないですね先輩。むしろ史上初の人間になれるチャンスじゃないですか」
「そう言われると、確かに」
「私だったらもっといいもので史上初になりたいですけど」
「人のやる気二秒で削ぐのやめてもらっていい?」
ウダウダ言いながら、俺たちは金を払い、空気銃とコルク弾を七発受け取った。カチン、とコッキングの音が気持ちいい。
「剣と魔法で摂取できる栄養と、銃から摂取できる栄養って違うと思わないか?」
「なんですかその理屈。普通に意味不明です」
「あ、そう‥‥」
この感覚は男の子じゃなきゃ理解できないのかなあ。いや、カナミあたりなら、嬉々として頷いてくれそうだ。フェルガーとか凄いかっこいいし。
「せい」
弾を込めた陽向が台に身体を乗り出し、腕を伸ばした。
狙いは上段のゲームの箱。マジで取るつもりだったのかよ。どことなく間の抜けた音と共に放たれた弾は、狙い通り箱に当たり、普通に弾かれた。
そりゃそうだ。
陽向は身体を起こし、真剣な目で言った。
「‥‥インチキですね」
「なんでだよ。というかお店の人が聞いてるんだからやめなさい」
普通に考えて、あの重さならインチキしなくても落ちないって。
「景品として置かれている以上、取れなきゃおかしいじゃないですか。絶対に落ちなかったら、景品表示法的にアウトです」
「やめなさいやめなさい」
なんかそれっぽいこと言うんじゃありません。
「じゃあ取れるっていうなら先輩もやってみてくださいよ」
「そんなことは一言も言ってないんだけど?」
「ほら早く早く。五百円が数十倍になるチャンスですよ」
世の中そんな簡単に数十倍になったら苦労はしない。
陽向がうるさいので、仕方なく俺もゲームを狙う。しかし弾自体は当たっても、箱はビクともしない。なんだろうこの絶望感。魔将倒すより無理ゲーだろ。
「ほら、無理だろ」
「‥‥」
陽向無言でお菓子を撃ち落としていた。この野郎。
俺も目標を変えるために棚を眺める。そんな中、あるものが目に入った。クリアケースに入れられている小さなコイン。
なんであんなもんがここにあるんだよ。
魔法のコインがチープなオモチャの中でキラキラと輝いていた。
二発、三発と撃ち込むが倒れない。クリアケースも含めて意外と重さがあるのかもしれない。
「むぅん‥‥」
真っ当にやっている商売にチートを持ち出すのは気が引けるけど、これも文化祭平和のため。そう思い、魔術を発動しようとした時だった。
「なんですか先輩、あれが欲しいんですか?」
「あ、ああ。ちょっと集めててな」
「仕方ありませんね」
そう言いながら陽向は弾を込めた。
「一緒に撃ちましょう。同時に当たれば倒れるかもしれません」
「いいのか?」
「正直欲しいものもそんなにありませんし」
「元も子もなさすぎるだろ‥‥」
そりゃ当てるまでを楽しむゲームだけどさ。
「せーの」
陽向の声に合わせて同時に撃つ。陽向の弾は当たったが俺のが外れた。
「何やってるんですか、真面目にやってください」
「すみません」
その後も何度か挑戦するが、外れたりタイミングが合わなかったりで倒れない。そしてお互いに最後の一発。
「‥‥ムカつきますね。先輩、本気で落としますよ」
「陽向が言うと別の意味に聞こえるな」
「ふざけてると殴りますよ」
「はい」
陽向が俺の隣にぴったりとくっつく。女の子の甘い香りが鼻をくすぐって落ち着かない。
彼女の目はコインにだけ集中していた。
「せーの」
正直、その声に合わせたというより、無意識に引き金を引いていた。
放たれた二つの弾丸は同じタイミングでコインの箱に当たり、ぐらつく。
そして後ろに落ちた。
「よし!」
「やった!」
思わず陽向と手を打ち合わせる。その後になって、テンションが高くなっていたことに気付いた。
目を逸らそうとして、陽向の微笑みに不思議と目が離せなかった。
彼女は口元を
「ようやく、こっち見ましたね」
「いや」
そんなことない、と言おうとして、言葉が止まった。
確かに待ち合わせしてから今まで、一回もちゃんと顔を見ていなかったかもしれない。
陽向は景品のコインを受け取ると、後ろを向いた。
「ま、いいですよ。次行きましょうか」
俺はなんと言っていいのか分からず、ただ彼女の背を追った。
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