第265話 夢と今
◇ ◇ ◇
それは
「おいユースケ、あの馬鹿をどうにかしろ!」
バァン! と部屋のドアが外側から蹴り開けられた。あの、鍵かけてたんですけど、どういう脚力なん?
そして誰が弁償するの、その折れ曲がったドア。
しかし怒髪天を突きながら入ってきたメヴィアに、それを言う勇気はなかった。ここで下手なことを言えば、今度は俺がドアと同じ運命を辿ることになるのは目に見えていた。
なんだよ‥‥。
「何があったんだよ」
「何がも何もねえ! あの馬鹿、またやりやがった!」
黙っていれば絶世の美女と言って差し支えない顔を怒りに歪めながら、メヴィアは答えになっていない返事をしてくる。
落ち着けー。
落ち着け俺。イライラするな。
これは爆弾処理と同じだ。慎重に言葉を選ばないと、余計な被害を
既にドアという尊い被害者が出ているのだ。明日は我が身である。
ここでメヴィアの言う馬鹿とは、コウガルゥのことだろう。あいつ以外にメヴィアを怒らせる人間はいない。
そしてコウがやらかすことと言えば、
「また女たぶらかしたのか?」
「そうだよ!」
メヴィアは怒りに任せて地団駄を踏んだ。今度はかわいそうなことに
コウは破天荒というかなんというか、戦闘では頼りになる男なのだが、いかんせん女癖が非常に悪い。
グレイブなんかは女好きだけどモテなかったから、別に大した問題にもならなかったが、コウはモテる。ムカつくくらいモテる。
何故か勇者である俺以上にモテる。
そこらの女性と一夜の過ちを犯すくらいなら、まあ当人でなんとかしてねって感じなのだが、ここまでメヴィアが切れているということは。
「伯爵令嬢だぞ⁉ しかも教会とつながりの深いソアラ伯爵の次女だ! どうすんだよこれ!」
「えぇ‥‥」
馬鹿じゃないの、あいつ。
言わずもがな、政治関係は中世真っ只中って感じのアステリスでは、貴族はおいそれと手を出していい存在ではない。
メヴィアは破戒聖女だのなんだの言われているが、意外と教会と貴族の関係性を気にかけているから、許せなかったんだろう。
俺が我慢しているというのに、あの野郎。
いや違うわ。仮にも栄誉ある勇者パーティーの一員でありながらなんということを。
「で、俺にどうしろと」
当然、俺に後始末なんてできるわけがない。
メヴィアもそれは分かっているのだろう。首に親指を当て、横に引くジェスチャーをしながら、端的に言った。
「
「‥‥」
落ち着け。落ち着け俺。
メヴィアはちょっと気が動転しているだけだ。少し待てば冷静な思考になることだろう。
「‥‥」
「‥‥」
駄目だな。目が
度重なる女性問題に堪忍袋の緒が切れたらしい。
かといって勇者パーティー内で殺し合いとか、冗談にもならない。
「‥‥入るわよ」
そんな混沌とした室内に新しい客人が入ってきた。
既に俺の部屋はドアが消えたことによってオールウェルカム状態。ノックの手間が省けていいね。
「エリス、どうしたんだその顔」
入ってきたのはエリスだった。いつもは旅の途中でも美しい顔を崩すことはほとんどないのに、今日は化粧の上からでもはっきりと疲労が見て取れた。
「ああ、これね。昨日の深夜にたたき起こされて、あの女馬鹿の後始末に走り回ることになったのよ。ただでさえ旅から帰ってきて、押し付けられた公務終えたばっかだっていうのに‥‥」
「お、おおおつかれ様」
どうやら俺のまったく知らないところで激動の一日だったらしい。
こういう時、勇者様は
話を聞くと、ソアラ伯爵の次女様は元々性には
エリスはそのソアラ伯爵のところに訪問したり、口止めに奔走したりと、大変だったようだ。
セントライズ王国の中だったから何とかなったけど、これ他国だったら本気で国際問題に発展しかねないぞ。
あいつが今どこにいるかは知らないが、ほとぼりが冷めた頃にお灸をすえないとな‥‥。
そんなことを思いながら、エリスにマッサージでもしてやろうかと立ち上がった時だった。
「おーいユースケ。ちょっと
「‥‥」
「‥‥」
俺にはその時エリスとメヴィアの顔を見ることができなかった。
なんというか、お前――。
「なんでいっつも修羅場に突入してくるんだよ!」
「は、はい⁉ ごめんなさい!」
‥‥あれ?
状況を整理しよう。俺はさっきまでセントライズ王国の自分の部屋にいたと思っていたのだが、どうやらここは違う。
全体的に白く、ドラマなんかでよく見る点滴が置いてあった。そしてベッドの
『鍵』の一人、ユネアだ。
俺は病室で寝ていたらしい。
あー、なんとなく分かってきた。とりあえずユネアに謝ろう。
「ごめん、驚かせて。ちょっと夢見が悪くてな」
「そ、そうでしたか。ごめんなさい、何か
「とんでもないよ。ありがとう、治療してくれたんだな」
シキンと戦った後、意識を失ったんだろう。そして多分対魔官の病室に運び込まれ、ユネアが呼ばれたと。
ユネアは可愛らしく微笑み、首を横に振った。
「いえ、私は大したことはしてません。ユースケ様の回復能力はすさまじいですね」
「いや、君のおかげだよ。回復能力に関しては、昔似たようなことを言われたけど」
つーか待てよ。
状況を思い出したおかげで、シキンを倒した後に何が起こったのか思い出した。
予期せぬ乱入者たちによって、しっちゃかめっちゃかになったのである。しかしまあ、俺が生きているってことは、コウが俺たちを運んでくれたんだろう。
一応そこは感謝しておかないとな。
いつから来ていたのかとか、いろいろと話さなきゃいけないことはあるけど。
「それでは、私はそろそろおいとまさせてもらいますね」
「え、もう行くのか? もう少しちゃんとお礼したかったんだけど」
「はい。姉が待ってますし。それに――」
ユネアがドアの方を見るのと、ドアが開くのはほぼ同時のことだった。
「ユースケさん!」
リーシャたちが部屋に飛び込んできた。どうやら俺が起きたことをユネアが知らせてくれていたらしい。
「ユースケさん、大丈夫ですか⁉ 生きてますか⁉」
「リーシャ、落ち着きなさい。見れば分かるでしょう」
「良かった――」
「‥‥おつかれ」
リーシャ、カナミ、月子、シャーラが次々に俺を取り囲む。
恐ろしく声が傷に響くが、これはこれで帰ってきた感じがして安心する。
四人の奥から、キャップを被った四辻が顔を出した。
「よう、お互い無事帰って来れたな」
「‥‥うん、ありがとう」
「あいつにもよろしく言っといてくれ。貸し一なって」
「必ず伝えておくよ」
四辻は嬉しそうに頷いた。
俺はといえば、ぐいぐいと傷の心配をしてくるリーシャの柔らかなぽよぽよが身体に当たってにこにこである。
やべえ、顔に出したら月子とシャーラにはバレる。
俺は全力で平静を保ちながら、窓の外を見た。
とりあえず、一歩進んだ。
神魔大戦の期限は、年末。終わりは目前に迫っている。
こうしてリーシャやカナミたちと一緒にいられる時間も、あと少しだ。
「ユースケさん、本当に死んじゃうんじゃないかって」
「そうですわね、今回は
「視力も回復したみたいね、良かったわ」
「ああ、心配かけた。ありがとうな」
それまでは、この幸せに浸っていたいと、そう思った。
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