第33話 エピローグ的ななにか
平穏な日常というのは、案外たくさんの人たちによって維持されているんだなと思う今日この頃。
俺は眠い目を気合いで開きながら、我らが文芸部会長の熱いお言葉を聞いていた。
街のど真ん中でアクション映画さながらの大立ち回りをしてから、はや数日。どこのニュースを見ても、ネットで探してみても、あの日のことが話題になっている様子はなかった。
中には何人か、火事でも起きたのかなとSNSで呟いている人もいたが、その程度だ。
この情報化社会でここまで隠蔽し切るとは、侮りがたし地球の魔術機関。それはそれとして、このためにどれほどの大人たちが不眠不休で働く羽目になったのか考えると、申し訳なくて涙が出てくる。
恨むならルイードか、こんな戦いを始めた異界の神様にしてほしい。
さて、見知らぬ社畜に黙祷を捧げた俺は、改めて前を向いた。
「というわけで、夏は伊豆大島で地獄の合宿を開催する。なんとしても文化祭では漫研よりも部数を売り上げるんだからな! お前ら原稿上げるまでビーチも水着も睡眠もあると思うなよ!」
初夏にさしかかったこの時期に、暑苦しい程の熱弁を振るうのは、文芸部会長の
ちなみに文芸『部』なのに会長なのは、正式にはサークルというややこしい事情があるからだ。素直に文芸サークルに名前変えればいいと思うんだけどなあ。我が部は「文芸部という甘酸っぱい青春の響きに勝るものはないだろう!?」という初代会長の拘りを連綿と引き継いでいるのである。
もうちょっと有意義なものを残せなかったんだろうか。
そんなことを考えている間に、俺の隣に座る総司が手を挙げた。
「ん、なんだ総司」
「会長ー、流石に睡眠はとらせて欲しいんですけど」
「貴様、私の水着なんぞ見たくないというのか! ぶっ飛ばすぞ!」
「いや、誰もそんなこと言ってませんけど」
「許さんぞ総司‥‥。この傷ついた乙女心、どう落とし前をつけるつもりだ!」
何言ってんだ、この人。
普段から意味の分からん人ではあるけど、夏が近づいてきたせいで、余計におかしくなっている。これで素面というのだから、恐れ入る。
そして総司の向こう側に座る、季節問わない
「どうした松田」
「お仕置きなら! お仕置きなら是非僕に!」
「分かったから暫く黙ってろ」
「はい!」
おお、すげえ。あのテンション爆上げだった会長が一瞬で真顔になった。流石、松田さんに勝てる奴はいねーぜ!
そんな風に俺が松田さんの勇姿に感動していると、クイクイと袖を引かれた。
なんだ?
横を向けば、今時系女子大生の陽向が俺に顔を寄せてきていた。いや、近いしいい匂いがして緊張するんで、もう少し離れられない?
そんな思いもむなしく、陽向は俺の耳元で囁く。
「先輩先輩、なんか会長さんテンション高くないですか」
「そりゃいつもと比べても高いけど、夏だからじゃないか?」
「そんな、夏休みの小学生じゃないんですから」
「いや、あの人はそんな理由でテンションがマックスになる人だ」
それくらいの加速力がないと、この文芸部の会長なんて務まるわけがない。松田さんのいるサークルだぞ?
しかし陽向は納得がいかないようで、目を細める。
「んー、たしかに会長さんらしいと言えばらしいんですけど、それにしてもテンションが高いというか、何かを待っているような‥‥」
「待ってる、ねえ」
普段からコミュ力の高さを自称する陽向なだけある。
たしかに会長は待っているのだ、ある重大な発表をする機会を。
あの人、サプライズとか悪戯とか大好きだからなあ。隠してても、ついついテンション上がっちゃうんだろ。
さて、じゃあサプライズのはずなのに、なんで俺が知っているのか。それには勿論理由がある。
「ま、見てりゃ分かるだろ」
そうこうしている間に、松田のおかげでクールダウンした会長が話のまとめに入り始めていた。
「まあ、もう合宿も近くなってきている。そこで地獄を見たくなければ、早め早めにプロットを作って書き始めるように。これで今後のスケジュール確認は終わりにしたいと思う」
会長の終わりの言葉に、部屋は俄かに騒がしくなった。
しかし、その中を会長の鋭い声が通り抜ける。
「おい、まだ部会は終わってないぞ! むしろ今日の本番はこれからだ!」
「本番? まだなんかあるんすか?」
そう聞いたのは、既に隣で立ち上がっていた総司だった。その隣では松田が会長からのお仕置きを正座で待っている。見なかったことにしよう。
ニヤリ、と会長が悪い笑みを浮かべた。
「そうだ、総司。言うなれば、私たちの戦いはまだこれからだというやつだ」
「え、やっぱりこの文芸部ついに潰れるんすか」
「潰れるかぁ! やっぱりってなんだやっぱりって!」
いや、全年齢対象の文化祭で、さらっと展示品にR十八の作品が置いてある時点で、いつ潰されても文句は言えないと思う。
会長は荒げた口調を整え、改めて言った。
「えー、親愛なる文芸部諸君。今日は君たちに重大なお知らせがある。なんと、この文芸部に期間限定だが、新たな部員が参加することになった」
「え、本当ですか?」
「なんでこの時期に?」
「もしかして他大学だったり」
「そんなことはどうでもいい! 問題なのは男か女かだろ!」
会長の宣言に、文芸部員たちは一気にいきり立った。
創作が好きということでオタク気質なメンバーが多いが、実はイベントをたくさんやっていたり、無駄に人数が多かったりで、陽気な人も結構いるのだ。
そんな彼らのノリに会長はご満悦の表情で頷いた。
「ふっふっふ、百聞は一見に如かず、真相はその目でご覧あれ。ただし、腰抜かさないように気を付けろよ。‥‥じゃあ、入ってきてくれ!」
会長の言葉に、全員の目が部屋の扉に集まった。
その扉がゆっくりと開き、一人の少女が入ってきた。
キラキラと、輝きを振り撒くような黄金の髪は三つ編みにされ、初雪を思わせる真白の肌と美しいコントラストを描いている。
そして、少女は会長の隣まで行くと、その神に愛された容姿で愛らしく笑って言った。
「留学生のリーシャ・アステリスです。今年までの短い間ですが、皆さまよろしくお願いします」
世界は静寂に包まれた。
次に起きたのは、歓声の爆発だった。
もはや男たちの声は何を言っているのか分からず、女性陣も「ヤバい」を連呼していた。
そりゃそうだ、突然現れたのは天使か何かと見紛う美少女だったのだから。
そんな中、リーシャが俺の方を見ると、照れるように微笑んだ。ついでに刺さるような視線に顔を向ければ、そこにはこちらを冷たい目で見つめる月子が居る。
「‥‥」
‥‥まあ、なんだ。
どうしてリーシャが文芸部にいるのかとか、月子とはどうなったのかとか、色々と説明しなければならないことは多い。
そもそも神魔大戦だってまだ終わっていないのだ。会長じゃないが、俺たちの戦いはまだまだこれからだ、ってやつである。
いつの間にか、人の波を縫ってリーシャが俺の目の前まで来ていた。太陽のような、満面の笑みを浮かべて、彼女は言う。
「改めてよろしくお願いします、ユースケさん!」
ただ今は、少しくらいこの平和を甘受してもいいだろう。
前職は働きづめだったんだ、仕事も学業も恋愛も、ほどほどにってな。
「ああ、よろしくなリーシャ」
俺はそう言って、あの時取れなかった少女の手を取った。
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