第120話 魔将
神魔大戦を語る上で、『
歴史書を紐解けば、彼らによって殺された人族の英雄、滅ぼされた国は数知れない。
戦時において絶大な権力を持つ魔将たちの選定基準は単純明快だ。
ただ魔術師として強く、深く、賢い。
魔王を除けば、魔族最高戦力と呼ばれる所以はそこにある。
地球の戦争が資源の物量差に大きく依存するのに対し、アステリスでは質がとにかく物を言う。
万の軍と千の軍が戦おうが、千の軍に圧倒的な力量の魔術師がいればその戦力差は容易くひっくり返るのだ。
『
部下も仲間もなく、文字通りたった一人で大戦の行方すら左右する戦略級魔術師。
魔王から二文字の称号を授けられた『魔将』はたった七人しかいない。
『歪曲』
『天秤』
『破壊』
『創造』
『流転』
『夢想』
『支配』
まさしく俺たちの戦いは奴らとの戦いと言っても過言ではなかった。積み重なる犠牲と幾度もの敗北。勝ったのだって、今思い返しても運がよかった戦いがほとんどだ。それ程の強さ。
その中でも『
昔の俺では一対一での戦いなど考えることもできなかったが、今なら違う。幾多の強敵と戦い研鑽を重ねた剣技と魔術は、そう遅れを取るはずがない。
「『‥‥!』」
夜を一直線に駆け抜け、俺はラルカンへと突貫した。奴の魔術は距離を取っても関係なく飛んでくる。まずは俺の得意な間合いに持ち込む。
バスタードソードは翡翠の幾何学模様を刻み、力を溜めた。
ラルカンもそれを迎え撃たんと右手をゆるりと持ち上げる。
同時にギュルンッと、手の中で魔力が回った。目の前で魔術が発動したにも関わらず、魔力が揺らいだ感覚さえ一切ない、滑らかな魔力操作だ。
次の瞬間ラルカンの手には一本の長物が握られていた。義手同様に薄く輝く銀のそれは、矛と斧鉞を併せ持つ
懐かしさよりも恐ろしさを覚えるそれは、『蒼槍』、『魔王の矛』の二つ名の由来ともなったラルカンの愛用武器である。
鎧ごと肉体を断ち切る斧に、神速で急所を貫く槍が組み合わさった
その使い手が達人となれば尚更だ。
「‥‥」
ラルカンもまた
数年という時を超え、俺たちの間に残された距離も潰えた。
俺の間合いとラルカンの間合いがかち合ったその刹那、互いの刃が閃き、銀の弧を描いた。
身体強化によって加速した斬撃は小細工なし、真正面から激突する。
音よりも速く翡翠と青の稲光が駆け抜け、それを追うように衝撃が世界を揺らした。
――重⁉
ぶつかり合った刀身を通してラルカンの生んだ力が伝わり、手どころか腕全体が痺れる。少しでも気を抜けば剣ごと強引に叩き斬られそうな力だ。
これが『歪曲の魔将』。
身体強化の魔術だけで俺の『我が真銘』と張り合う力を持つのだから、無茶苦茶という他ない。
だが押し負けると思うか、この俺が!
魔力が爆ぜ、翡翠と青が入り混じって明滅する。俺もラルカンも共に退かず、凄まじい力の上で不可思議な均衡が生まれていた。
同時に頭の中で戦争の記憶が危機を叫んだ。
この男を相手に脚を止めてはならないと。
刃の向こうでラルカンの眼が静かにこちらを見つめている。この状況下でありながら、そこに感情の昂ぶりは見えない。どこまでも凪いだ海のようだ。
だが数年待ち望んだ戦いを前に、感情が揺らがないはずがない。凄まじい感情の励起を完全に制御し切っている証拠だ。この海が荒れた時、一体どれ程の力となるのか。
そうなる前に終わらせる。
俺は身体を外に逃がしながら、剣を寝かすように倒した。
均衡は一瞬にして崩れ、火花を散らして刃が滑る。
シィャァアアアアア‼ と蛇の唸りのような音と共に俺は
更に踏み込み
反射的に剣を使って防御の姿勢を取る。
ゴッ‼ と横殴りの衝撃が来た。確かに防いだはずなのに、身体が浮いて吹き飛びそうになる威力。受け流した
しかしラルカンの攻撃はその程度では終わらない。
防がれたと見るや
それはラルカンを中心として吹き荒れる銀の嵐だった。
間合いを詰めるどころの話じゃない。俺は脚を動かして正面から受けるのを避け、どうにもならない攻撃だけ弾く。
だが止まらない。弾かれればその反動すら遠心力ごと乗せて返してくる。この乱舞は続けば続いた分だけ速度と威力が上がるのだ。
剣と
いつまでも好き勝手できると思うなよ。
魔力を燃やし、腰を落とす。相手の動きを観察し、その軌道から数手先までを予測、繋げる暇もない速度で斬撃をねじ込む。
「『
俺は一閃目で
魔力によって強化された斬撃は、間合いを嘲笑うようにラルカンの首を狙う。
並の相手ならば対応できないタイミングだが、ラルカンは身体を沈めて容易くそれを避けた。
くそっ、今の今まで連撃を続けていたというのに、受けへの切り替えが早すぎる。
しかもそれだけに留まらない。
奴は攻撃を避けながらも次の構えに移っていたのだ。これまでの勢いを完全に捨て去り、不気味な程に静かに止まる。
ラルカンの脚が地を踏みしめ、静の中に蓄えた力を解き放った。
「ハァッ!」
大気を
剣を跳ね上げ、穂先を弾き飛ばす。馬鹿げた威力にたたらを踏みそうになるが、ここで揺らぐわけにはいかない。
ラルカンの突きは先ほどの乱舞同様、速度を上げて放たれ続けた。狙いを散らしながら時にはフェイントを織り交ぜ突いてくる。
俺はそれを捌き、躱し、前に進んだ。
当然ラルカンがそれをただ許すはずもない。
弾いた突きがそのまま薙ぎに変化し、避けたはずの刺突が斧鉞を用いた背後からの奇襲に化ける。まさしく千変万化の
目まぐるしく互いの立ち位置が入れ替わり、翡翠と青の剣閃が交差する。
ラルカンが踏み込み、片手で突いてくる。鳩尾狙いの刺突。
だがそれは虚。穂先が突如落ちて足元に向かった。
俺は後先も考えず上に跳んだ。天地が逆転し、宙を舞う俺の頭上にラルカンがいる。
まともに踏ん張りも効かない空中、故に身体の捻転だけで斬撃を叩き込む。
ギィィン‼ と甲高い音が響き渡った。
突きを放ったはずの
着地と同時に更に切り込むが、その全ても巧みに防がれ反撃を入れられる。
長物は接近されれば取り回しの不便さから後手に回るものだが、ラルカンにそんな常識は通用しない。
俺の剣撃は外套の端すら捉えることは叶わず、攻撃の後隙には鋭い反撃が飛んでくるのだ。
――遠い。剣の届く距離にいるはずなのに、当たらない。
こいつらはつくづく規格外なのだということを実感させられる。
こうして剣を交えて分かったが、やはり純粋な剣技だけで倒せるような相手じゃない。そもそも俺が剣を握ったのはたかが数年。ラルカンは何十年にも渡って戦場に出ているのである。
重ねてきた修練と経験の厚みが違い過ぎる。
昔その差を埋めてくれたのは、仲間たちだった。
だが今彼らはここにはいない。お前と俺の戦いを決める要因はたった一つだけだ。
激しい一撃が互いの武器を壊さんばかりにぶつかり合い、刹那の拮抗を経て弾かれた。
一度距離を取った俺たちは、即座に魔力を回し始めた。周囲に満ちるエーテルが夜闇を巻き込んで渦を巻く。
「『そろそろ本気で行くぞ』」
「肩慣らしは終わりか」
俺がこいつに届き得るとすれば、それは『我が真銘』に他ならない。今の俺は全盛期の俺には程遠いが、この魔術が魔王にすら届いたのは事実。
無限の魔力で技を繋げて、ぶち抜く。
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