第254話 足らないもの
カナミは問答無用でありったけの銃弾を鵺へ叩き込んだ。
鵺は避けることもなくそれらを全て受けた。そこらの怪異であれば十度は消滅しているであろう連撃だ。
しかし鵺はそれらを受けながら、当然のごとく前に進んだ。
前脚を振りかぶり、横薙ぎに殴りつけてくる。
カナミは腕を避けながら前に跳んだ。
表面を抉っても意味がないのなら、内から貫く。
フェルガーの銃口が鵺の口を捉え、再び弾丸を連射した。
ゴガガガガガ! 牙を打ち砕き、魔弾は鵺の口内を蹂躙した。
「ロッロロッロロロ」
くぐもった声を煙と共に吐き出しながら、鵺は笑った。一体だけの時なら致命傷を負っていたかもしれない。
だが融合した今では、大した痛手にはならなかった。この女では、自分に勝てない。
鵺はこの数秒の間に、圧倒的な実力差を感じ取っていた。
鵺の尾は蛇。それがカナミの視界外から襲い掛かり、胴に食らいついた。
このまま柔らかな腹を食い破り、
「無粋なことをしますわね」
カナミのゴシックドレス、そこに縫い付けられた数多のフリルの下から、銀の刃が覗いていた。
まさしく舞踏会のように身体を回し、ドレスの刃で蛇を切り裂いたのだ。
同時にスカートの下から、七本のバレルとパーツを取り出し、一瞬のうちに組み上げる。
フェルガーを超える速度と威力で魔弾を撃ち出す
弾倉に込められた魔力は十分。カナミは着地と同時に引き金を引いた。
「『オルファードレイン』!」
七色の魔弾がこれまでにない勢いで鵺に殺到した。
いくら耐久力に自信があれど、この物量には耐えきれない。カナミはフェルガーの手応えをふまえ、そう判断していた。
カナミの見立ては間違っていなかった。
もし確実にオルファードレインを鵺に撃ち込むことができていれば、大きなダメージを与えることができただろう。
だが鵺の本質はそもそも直接戦闘にはない。
「っ‥‥⁉」
『シャイカの眼』を使用しているカナミは、すぐさまその異変に気付いた。
(実体が消えた!)
引き金から指を離し、カナミは『シャイカの眼』に意識を集中させた。
暗雲の中に入り込んでしまったような薄闇。
そこにはたしかに鵺の魔力が感じられるが、『シャイカの眼』をもってしても鵺を捉えることはできなかった。
不意打ちに対しては『シャイカの眼』で対応ができる。カナミは深く呼吸をしながら、事前に綾香から聞いていた情報を思い出した。
『鵺』は夜の恐怖を象徴する怪異。この薄闇そのものが鵺という怪異なのだろう。
だとすれば、周辺一帯を吹き飛ばすほどの火力を出すことができれば、鵺を引き出せるか。
カナミが次の一手に移ろうとした時、既に鵺が先手を打っていた。
――ヒョロロロロロロロ。
夜に
「これは、鳴き声で――」
ガクン、とカナミの膝が曲がった。頭が痛みと共に揺れ、視点が定まらない。
酷い吐き気と寒気が全身を襲い、冷や汗が噴き出した。
まずい、立っていられない。
これは声そのものに病や精神を狂わせる作用があるのだろう。
闇のどこから聞こえているのか特定しようかとも思ったが、音は四方八方全てから聞こえた。
カナミの魔力による身体強化は、勇輔の足元にも及ばない。イリアルと比べても下だろう。
その状態で受ける鵺の声は、内臓を
とにかく
フェルガーに手を掛けると同時、闇を切り裂く光が瞬いた。
鵺から放たれた雷光が、カナミの身体を打ち抜き、吹き飛ばした。
――ヒョロロロロロ。
病魔の声に入り混じる、楽し気な笑い。
「‥‥」
煙を上げながら地面に転がったカナミは、それをぼんやりと聞いていた。視界が
痛いなんてものではない。激痛に気絶と覚醒を繰り返しているような状態だ。
ドレスに仕込んである魔道具が威力を軽減してくれたおかげで生きているが、そうでなければ今ので終わっていた。
強い。
こうして戦って分かった。この鵺は、ただの怪異ではない。
よく慣れ親しんだ、魔族の魔術に近い気配を感じる。もしこれを作り出した存在がいるとすれば、それは下手をすれば
カナミは痛みに歯を食いしばり、全身に力を込めて立ち上がる。
才能はない。
経験も足りていない。
それでも、
「
カナミは立ち上がり、実体のない闇を睨みつける。
「私は、あの方と共に戦うと、決めたのです!」
既に
返答は重なり合う
途切れ途切れの思考の中で思い出すのは、一つの言葉だった。
『置いてかれたくなきゃ、どんな手を使ってでも強くなるんだな』
メヴィアはそう言った。
本当にその通りだ。
才能が足りない程度で諦められるなら、最初から夢など見ていない。
――私は特別な人間にならなくていい。
その立場に羨望はある。そこにいられたらどれ程幸せだろうか。
しかしカナミ・レントーア・シス・ファドルが真に望んだのは、違うのだ。
あの血と砂煙に覆われた世界で、ただ一つの希望と輝くあの人の隣にいたい。
戦友でありたいのだ。
「さあ、行きますわよ」
覚悟はとうの昔に決まっている。今の自分では届かないという現実は、嫌になるほど直視できた。
なら後は、進むだけだ。
◇ ◇ ◇
月子は壁にもたれかかって息を整えている途中で、あることに気付いた。
「‥‥」
シャーラが天井を見上げていた。
「‥‥何か、あったのですか?」
「別に」
シャーラは淡々と月子の問いを切り捨てた。いくら疲労していても、月子とて今外で何かが起こっていることは気付いていた。
しかしシャーラは変わらずここにいる。ということはリーシャも外には出ていないだろう。
誰かが、この異変に対応しているはずだ。
その誰かは、すぐに予想がついた。
「シャーラさんは」
「何?」
「シャーラさんは、努力では才能は埋まらないって言っていましたけど、本当にどうにもならないんですか?」
シャーラはカナミでは勇輔の助けにならないと断じた。
しかし月子にはその言葉が真実だとは思えなかった。いや、思いたくなかったのかもしれない。カナミのことを近くで見てきたからこそ、認めたくなかった。
月子はカナミのことをほとんど知らない。
それでも彼女が勇輔のために尽くしていることは、痛い程に理解できた。
「‥‥」
シャーラは月子の真意を探るように見下ろしてくる。月子は視線をそらさなかった。
「‥‥私は、
「それって」
「自分を捨てる覚悟と、運に恵まれれば、可能性があるという話。そうそう起こることじゃない」
シャーラはそこまで言って、言葉を区切った。冥府に生き、多くの戦士を見てきた彼女だからこそ、知っていることがある。
「けれど、そういった奇跡を起こすことができる人間が、英雄と呼ばれてきた」
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