第49話 勇者式交渉術

 朝日を反射する銀髪に、アイスブルーの瞳が鋭く部屋の中を睥睨する。しかし、彼女の何よりの特徴は、その背に背負った翼のような複雑な紋章と、純白の長槍だろう。


 間違いなく魔術による奇跡。だが、なんだ。なにか違和感が脳裏にはりつく。


 その違和感の正体に気付くより早く、美しい侵入者が、動く。


 既に発動されていた魔術によって、白亜の槍に光が灯る。その穂先が狙うのは部屋の隅で驚きの表情を浮かべているリーシャだ。


 雷の如き音で槍が嘶き、その一閃がリーシャ目がけて放たれる。この距離ではリーシャの聖域は間に合わず、少女の柔な身体は簡単に貫かれるだろう。


「『遅い』」


 だが、それを許す程俺も鈍っちゃいない。


 槍を掴み、放出寸前だった魔術を強引に握りつぶす。掌を凄まじい熱量が襲うが、籠手から溢れ出す翡翠の閃光が逃さず抑え込む。そして間髪入れずに左拳を侵入者の鳩尾に叩き込んだ。


 光と光がぶつかって爆散し、打ち込んだ拳に尋常じゃない抵抗が圧し掛かる。カウンターで魔術を発動したのか。この一瞬でこれだけの魔術、並の使い手じゃないな。


 それでも、悪いがこんな住宅街のど真ん中でやり合うわけにはいかない。


「『吹き飛べ』」


 防御されている左腕に力を込め、抵抗ごと振りぬく。


「っ――!?」


 アイスブルーの瞳が、驚愕に見開かれるが、もはやどの魔術も間に合わない。


 ゴッ! と音を置き去りにして、少女の身体を窓から殴り飛ばした。


「『カナミ、リーシャを頼む』」


「待っ!」


 俺は一言だけ言い残すと、少女を追って外に出る。カナミが制止の声を上げていたが、悪いけど今は先に確認したいことがある。


 さて、あの翼が飾でないとすれば、どこにいるかは大体見当がつく。


「『やはりか』」


 外に出て建物の屋根に足を着けば、そこでは幾何学紋様の翼を展開した少女が上空から俺を見下ろしていた。


 我が真銘を発動した状態で殴り飛ばしたというのに、少女は泰然とした様子で空に佇んでいる。


 まるで堪えている様子はないな。


 それにしても違和感を感じるわけだ。こうして対面してようやく、俺はその正体に気付いた。


「『名を言え』」

「‥‥」


 言霊すらも、効かない。


 分かってはいたことだが、この程度の強制力でどうこうできる相手ではないってわけだ。


 だが、聞かないわけにはいかない。リーシャを護ると誓った時点で、その義務が俺にはある。


 少女の着る、見覚えのある服に嫌な予感を覚えながらも。


「『何故、人間の貴様がリーシャを狙う』」


 返答は、槍から放たれる閃光だった。


 俺は即座にそれを斬り払い、少女を睨み付ける。


 そう、目の前の少女は紛れもなく人間だ。卓越した魔術の腕をもつが、それは生まれながらに超越者たる魔族とはまるで違う。


 何度見ても、どれだけその気配を探っても、こいつは人間だと勇者の直感が告げる。


 しかも、これ程の実力だ。使っている魔術も見慣れたアステリスのものとくれば、その正体は自ずと答えが出る。


「『答えよ』」


 降り注ぐ光の槍を全て斬り伏せ、再度問う。


 俺の感情に揺られるように、翡翠の光が明滅し、剣が震える。


 答えが返ってくるとは思っていない。何かしらの事情があるのだろうとも推察できる。しかし、勇者として戦った日々が、リーシャの顔が、追及せよと圧をかける。


「『何故、守護者の貴様が魔族に与する!』」


 そこで、はじめて少女はこれまでと別の動きを見せた。


 鉄仮面だった顔に眉根を寄せ、苛立たし気に魔力を槍に込める。背に負った翼から激しく火花が散り、少女の周囲が歪み始める。


 まるで、それ以上のことは聞くなと言わんばかりの、無言の拒絶。


 これ以上の問答は、無駄だろうな。守護者に選ばれる程の英傑が、世界の命運を賭けた戦いで裏切るというのは、生半可な覚悟じゃない。


 言葉で論じてどうこうできる時は既に過ぎた後だ。


 ならば後は、話は単純。アステリス全域に紳士として名を轟かす俺が取る手段としては最悪だが、仕方ない。


 剣を中段に構え、腰を沈める。


 そちらがその気なら、勇者式交渉術『デストロイネゴシエーション』の真髄を味わっていけ。



    ◇ ◆ ◇


 

 剣と槍が刃を交え、微かな均衡が生まれる。槍から伝わる膂力は相当なものだが、それでも競り負けることはない。力づくで槍を打ち払い、そのまま最小限の動きで突きへと移行する。


 ギャリンッ! とすんでのところで少女の槍が防御に間に合うが、それで手一杯な時点で次へは続かない。槍を抑えたまま距離を詰め、蹴りを叩き込む。


 だがその一撃はすさまじい抵抗とともに防がれた。少女の翼が明滅し、蹴りと彼女の身体の間に盾を生み出したのだ。少女は盾に押し出されるように後退する。


「『‥‥』」


 なるほど、少女が扱う魔術は、どうやら翼が全ての起点になっているらしい。


 槍に纏う光も、攻撃を防御する盾も、翼に魔力を供給することで発動する。ワンアクション無駄な動作を踏んでいるようにも思えるが、背の翼が魔法陣としての役割を担っていると思えば、本来自分の頭で処理しなければいけない部分を相当省略出来ているはずだ。


 だからこそ、俺の攻撃にも防御が間に合う程に速い。


 応用力は高くないが、基礎的なステータスと手数によって敵を圧倒する近接戦闘タイプ。端的に言えば、俺と同じタイプの魔術師だ。


 なら、結果は最初から目に見えている。


 『我が真銘』から更なる魔力を引き出し、強化の段階を引き上げた。身体のギアが切り替わる感覚に、少女も何かを感じ取ったのか、槍から閃光を放ってくる。


 豪雨の如く降り注ぐ槍の閃光を全て斬り伏せ、翼よりも高い機動力で間合いを詰める。


「っ‥‥!!」


 距離さえ詰めてしまえば、もう防御も何も関係ない。出力、速度、耐久力、小細工なしの同タイプ同士で戦えば、それら全てが少女を上回る俺に負ける道理はない。


 少女の槍を超える速度で剣を振るい、その隙を埋めるように拳打を放って押し込んでいく。


 しかも、戦って分かったことだが、この少女は恐らく大戦未経験者だ。命を賭けた対人戦の経験、相手を必ず殺すという気迫、全てがまるで足りていない。


 殺さない程度に加減した打撃が、防御を突き破って少女の身体に突き刺さる。その度に押し殺した苦悶の声が少女の口から漏れるが、それでも戦いを止めようとはしなかった。


 既に彼我の実力差は理解したはずだ。こちらは槍の対応だけに剣を使い、攻撃は打撃のみ。手を抜かれていることも分かっているはずだ。


 何かしら別の動きを見せるかもと思ったけど、これ以上は時間の無駄だな。大体の実力も把握できたし、次の一撃で沈める。


 そのつもりで拳を握り込むが、突然少女の動きがピタリと止まった。


 切れ長の瞳が一瞬見開かれ、直後、翼に大量の魔力が込められる。


 なんだ、大技か?


 反射的に身構えたのは、正解であったと同時に不正解でもあった。少女の翼から更に複雑な模様が広がり、より巨大な物へと姿を変える。


 静かな声が、響き渡った。



「『殲天を告げる輝槍セフィリアータ』」



 それは光の爆発だった。朝の淡い輝きが、真昼のように明るく照らされる。その正体は、これまでの槍が霞む程の膨大な数の光槍。


 それが、俺ではなく周囲に無差別に放たれたのだ。


「『何っ!?』」


 完全に、予想外だった。神魔大戦のルールとして、無差別な虐殺は行われない。その考えが根底にあったから、少女のその行動は思考の外。


 舌打ちする時間すらも惜しんで、鎧に魔力を流し込む。『我が真銘』によって無限の魔力生成が始まり、これまでとは桁外れの魔力が暴発せん勢いで俺の全身を迸った。


 両腕から生じた雷のような翡翠が剣に伝わり、幾何学模様が描かれる。


 放つのは、刹那に振るわれる幾千万の斬撃。


「『嵐剣ミカティア』」


 地上へと降り注ぐ白光の槍を、翡翠の斬撃が迎え撃った。


 噛み合い、食い破り、斬り捨てる。四散する魔力の残滓が花火のように空を彩り、衝撃波が重なりあって爆音をあげた。


 結局全ての槍を迎撃できたのは、それから十秒以上経ってからだった。


 当然、少女の姿は消えている。


 ‥‥チッ、今の威力はブラフか。俺の気を散らすために対して威力のない張りぼての槍をばらまいたな。


 なんで守護者がリーシャを狙うのか、どうして突然逃げ出したのか、そして、彼女が守っていたはずの『鍵』の人間はどうなったのか。


 いろいろと気になることはあるが、とりあえず目下やらねばならないことがある。


 足元で、騒めきが聞こえ始めたのだ。そりゃ結界も張らずに朝から派手な戦闘をすれば、こうなる。


 ――よし、まずは綾香さんに電話しようそうしよう。


 勇者は事後処理とかできないから!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る