第50話 推測
綾香さんに連絡を取った俺は、リーシャとカナミも連れて遠出していた。
事後処理に俺たちがいてもしょうがないし、真昼間から襲ってくる相手がいるのに、悠長に大学にいくわけにもいかない。
結果、畑が広がる長閑な地方へと足を運んだのである。
最悪ここなら戦闘になっても被害は小さくて済む。
「なんだか、この辺りは私の知っている場所に似ていますね」
修道服に身を包んだリーシャが、風を受けながら言う。緑の背景の中で、白い衣装をはためかす姿は幻想的でさえある。
ポンコツだのなんだの言われていても、聖女としての本質はまさしく一級品。閑静な田舎さえも精霊住まう秘境と同等の雰囲気に変えてしまうのだから、恐ろしいポテンシャルだ。
「ええ、ですが農業の形も完全に同じというわけではないようですね」
一方、カナミの方は戦闘服のゴシックドレスは着ていない。なんでも一瞬で展開して着衣が可能らしく、悪目立ちしないように普段は畳んでいるらしい。凄いな、魔道具大国の姫様。
ちなみに俺たちと初めて会った時ドレスを着ていたのは、リーシャの状況が分からなかったからだそうだ。
それにしても一瞬で着衣可能とか、それなんて魔法少女。もしかしてカナミさん、ステッキとか使うのかな、プリティでキュアキュアな感じの十六歳とか、ちょっとドキドキしちゃうね!
そんなことを考えながら、ふとカナミの言う畑に目を移す。特徴らしい特徴もない、普通の畑だ。
「そうなのか? 農業の形ってどこでもあんまり変わらないイメージだけど」
実際、俺も勇者時代は色々な畑を見て回ったし、農業を手伝ったこともあるけど、そんなに変わらなかったと思う。
カナミは膨らみそうになる菫色の髪を手で押さえながら首を横に振った。
「たしかに大まかな方法は同じかもしれませんが、魔力の気配が薄いですし、肥料の匂いも土の色も違いますわね」
「へえ。‥‥分かるか、リーシャ?」
「へ? す、すいません。全然分からなかったです」
「だよなぁ」
「‥‥教会からほとんど出ないリーシャが分かるはずないとは思いますが」
うん、俺もそう思うけど、つい出来心で聞いてしまった。だからリーシャもそんな申し訳なさそうにしなくていいんだぞ。俺もさっぱり分からんし。
「でも、カナミはよく分かったな。畑に出る機会なんてほとんどないはずだろ」
リーシャが分からないのは当然にしても、カナミも立場的には同じはずだ。皇族が土仕事をするはずがない。
カナミは少し恥ずかしそうに頬を赤らめ、下を向く。
「いえ、その、大戦が終わった後は農業にも深刻なダメージがありましたから、農業用の魔道具を作るためにも農家を手伝っていた時期があったのですわ」
「凄いですね! 流石カナミさん!」
「あの時は誰だって動かなければいけない時代でしたわ。私一人が特別なわけではありませんのよ」
キラキラと目を輝かせるリーシャに、カナミが手を振る。
時代が時代だった、というのは間違いないかもしれないが、それでも何不自由なく生きていたはずの少女が田畑に出て、戦士となるのは並大抵のことじゃない。
才能だけでは英雄には到達できないのだ。
だからこそ、あの襲い掛かってきた少女のことが気になる。銀髪にアイスブルーの瞳。経験こそまだまだだが、最後の規模の魔術を即座に発動出来るというのは、相当な腕だ。
そこに至るまでに積み重ねてきた努力は、血が滲む程度では片付けられない。血反吐を吐き、あらゆるものを捨てて、命を捨てる覚悟で到達できる高み。
「なあ、カナミ」
「なんでございましょう」
「朝言ってた問題っていうのは、あいつのことだよな?」
途端にカナミは表情を引き締め、ええ、と頷く。
「その通りでございますわ。私も名前までは分かりませんが、あれは間違いなく守護者の人間。彼女はいつからかは分かりませんが、
やっぱり、そうだよな。
「理由は分かってるのか?」
「いえ、そこまでは」
ふむ、情報が足りなさすぎる。せめて所属や、どういった人間なのかが分かれば推測もできるんだが。
まさかアステリスの人間がSNSをやってるわけもないし。今時頑張れば簡単に個人情報が入手できるって、そう考えるとヤバいな。
会話もないまま歩き続けていると、ショックなニュースに沈痛な面持ちをしていたリーシャが静寂を破った。
「そういえば、あの方が着ていた服、見覚えがあります」
「マジで?」
リーシャがあの少女を見たのなんて、ほんの一瞬だったと思うけど。
「マジ‥‥というのがどういう意味かは分かりませんが、教会にいた神殿騎士の方が鎧を着ていない時は、ああいった服装をしていた気がします」
「言われてみると、たしかに似ていますわね」
あ、そうだった。俺もなんとなく見覚えがあると思ったんだが、あれは勇者時代の戦友だった聖女、そのお付きの人の服装に似ているんだ。
しかし見た感じ女神聖教会の所属を示すエンブレムは見当たらなかったが。
「そうなると、あいつの所属は教会か」
「それこそおかしな話ではございませんか? 教会の信徒がそうそう魔族に与するとは思えないのですが」
普通に考えれば、そうだ。流れの傭兵なら場合によっては利己的な理由で魔族につくこともあるだろうが、こと女神聖教会の人間となれば、それはあり得ない。彼らにとって信仰とは生きる意味そのものだからだ。
「つまり、最初から魔族の味方だったとか、自分で進んで手を貸してる可能性は限りなく低いってことだな」
「なにか、別の理由があるということでしょうか?」
「まあ、そう考えるのが妥当だろ」
リーシャがうーんと首を捻る。実を言うと、彼女の所属が女神聖教会という時点で理由はおおよそ見当がつく。古今東西、誇りある騎士が裏切りを働く理由など、相場が決まっている。
カナミは形のよい顎に手を添え、空を見た。
「恐らく、彼女が守護していたのは鍵の一人――ということになりますわね」
「多分そうだろうな」
「だとすれば、その人間を人質に取られているか、あるいはこちらの世界に来る前から既に身内を確保されていたか、というところでございましょうか」
「奇遇だな、俺もそんなところだろうと思ってた」
どれ程高潔な人物であろうと、どれだけの誇りを持っていようと、人は愛の前に簡単に膝を折る。親愛か、恋愛か、家族愛か。もはや自分でもどうにもできない熱病なのだ、それは。
別段、珍しくもない話だ。戦争の最中には、卑怯も汚いもない。勝つためにはあらゆる手段が講じられ、人質を取るというのは常套手段でさえあった。
俺たちの会話を聞いていたリーシャが、暗い顔で下を向く。
「では、あの方は無理矢理魔族に従わされているということになるのですね」
「‥‥」
そうだな、状況から推察しただけのものではあるけど、さほど的を外してもいないと思う。だから、リーシャがそれに心を痛めるのも間違ったことじゃない。
しかし、カナミは硬い口調でリーシャに言った。
「リーシャ、この際事情は関係ありません。今大事なのはあの女が裏切っているという事実だけ。魔族に与し、
「‥‥はい、分かっています」
「それならばよいのです」
リーシャの迷いを断ち切るように、カナミは言い切った。
カナミの言っていることは正しい。戦場において裏切り行為は例外なく死罪。そこにいかな理由があろうと、刃を鈍らせてはならないのだ。何故なら、その結果傷つくのは自分たちの大切な誰かであると知っているから。
ただ理屈では分かっていても、そうそう割り切れるもんじゃないけど。俺だってそうだし、難しい顔で虚空を睨み付けるカナミもそうだ。
いつだって人は迷って、間違えて、後悔して、学ぶのだ。たとえ学んだ結果が納得のできるものではなかったとしても、噛み砕いて飲み込む。その苦みを知ることも、また成長と呼ぶのかもしれない。
当てどもなく歩く俺たちに戦いの気配は遠く、無言の時の中で答えの出ない考えばかりが堂々巡りを続けるのだった。
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