第365話 贈り物に込められた思い

 今日のミッションは、料理の買い出しだけではない。クリスマスといえばプレゼント交換だろうという陽向の言葉で、それぞれプレンゼント買ってくることになっているのだ。


 隣の駅で降りた俺たちは、プレゼントを買うために、一度解散した。


 プレゼントが分かっていたら面白くないしな。


 それにしても、陽向もハードルの高いことを軽々と言ってくれる。女性一人にプレゼント買うのでも難しいのに、誰に当たるか分からないものを買えと。


 無理だろ。


 明らかに一人一人趣味嗜好も違うのに、誰が受け取っても嬉しいものを選ばなきゃいけないって、無理ゲーすぎる。


 勇者時代は、プレゼントはあげる側じゃなくてもらう側だったしなあ。


 女性って何もらったら嬉しいんだろうなあ。香水、服、アクセサリー。この辺はそもそもプレンゼント交換という形に合ってない気がする。


 じゃあなんだよ。もうギフトカードとかでいいかな。とりあえず貰えたら俺は嬉しいぞ。


 しかしそんなものを買っていけば、陽向から「本当、童貞‥‥」という目で見られるのは自明の理。


 何がいいのかなーと、見るのも気後れするお洒落しゃれな店を、通りすがりに観察していると、あるものが目に止まった。


 それを見た時、俺の脳裏にある女性が浮かんだ。


 結局、何を選んだところで、俺が選んだ時点でベストにはならない。本当に欲しいものなんて、その人にしか分からないんだから。


 だからせめて俺が良いと思うものを選ぼう。


 その気持ちが、一番大切だと思うから。




     ◇   ◇   ◇




 リーシャはここ最近、毎日のように暴れる心臓と戦っていた。


 勇輔とエリスが話している姿を見たあの時から、胸が張り裂けそうなほどに痛む。


 ――どうしてでしょう。


 どうして、こんなに辛いのでしょうか。


 勇輔とエリスの関係を聞いた時、リーシャは強い怒りを覚えた。自分がこんなにも誰かに負の感情を覚えるのかと驚くほどに、エリスが許せなかった。


 勇輔の一番近くにいて、一番信頼されていたはずなのに、それを裏切るような形で別れたことが、どうしても納得できなかったのだ。


 シャーラたちの言うことも分かる。『選定の勇者ブレイブフェイス』という祝福のろいから勇輔を逃すためには、それしかなかったとも。


 でも、でももっと何か別の方法があったのではないか。自分がその場にいれば、勇輔の力になれたのではないかと、そう思ってしまう。


 ずっと納得できなかった。勇輔が傷ついてる姿を見る度に、自分が傷ついてるような痛みを覚えた。


 だから許せなかったのだ。もはやそこにあるのは理屈ではない。


 どんな理由があったとしても、アステリスで、エリスが勇輔を傷つけたというその一点が、どうしても飲み込めなかった。


 その事実を認識するたびに、子どもみたいな感傷だと、自嘲じちょうする。


 リーシャは気付かない。それが女としての感情の問題だということを。


 勇輔とエリスが話し合う様子を見た時、心のどこかで思っていた。自分が捨てたものの大きさを、深く深く思い知ればいいと。


 これまで一片いっぺんすら持ったことのない、仄暗ほのぐらい感情。


 そんなものは、二人の視線が結ばれた瞬間に、消し飛んだ。




 ――あぁ。


 やめて。


 やめてください。


 そんな目で見ないで。


 ユースケさん――。


 そんな目で、そのひとを見ないで。


 優しい言葉を掛けないでください。


 だってその人は、その人は、あなたを捨てたんですよ。




 胸を引き裂いて出そうになる言葉を押しとどめたのは、なけなしのプライドだった。


 聖女としてか。


 この半年、彼の一番近くにいたという自負か。


 結局、それを言ってしまったら、あまりにも惨めな自分と向き合わなくてはいけなかったからかもしれない。


 勇輔とエリスは、互いをおもい合っていた。


 リーシャが許せなかった裏切りなんて、大した話ではないと、そう言い切れるだけの信頼が、二人の間にはあったのだ。


 それを知ってから、リーシャは勇輔とうまく話せなくなってしまった。


 今までどんな距離で、どんな風に話していただろうか。


 何を、どんな顔で?


 何もかも分からない。


 当たり前にできていたことが、できなくなっていた。


 そんな自分ももどかしいし、何より腹立たしいのは、それに勇輔が気付いていないことだった。


 きっとその目には、あの炎のような人だけが映っているのだろう。


 だから陽向のクリスマスパーティーという提案は渡りに船だった。


 なにせ話題に困らない。気持ちだって上げられる。


 昔の自分を思い出しながら、こんな風に話していたなって、他人事のように感じている。


 リーシャは一人になってプレゼントを見ていた。


 彼に当たる可能性なんてほとんどないのに、思い浮かぶのは勇輔の顔ばかりだった。


 何をあげたら喜んでくれるだろう。


 きっとなんでも喜んで、褒めてくれるだろう。


 それを想像するだけで胸が温かく、そして苦しくなる。


 ほんの少しの希望をもって、リーシャはプレゼントを選んだ。

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