第364話 12月と言えばこれは外せないよね

    ◇   ◇   ◇




 分厚い雲が空の上を流れている。黒々として随分と重そうなものだが、ここから見て動きが分かるほどだから、よほど空の風が強く吹いているのだろう。


 空高く吹く風をあまかぜと言うそうだが、言い出した人のセンスには脱帽だつぼうだ。世の中学生たちはこの小学校低学年で習いそうな漢字の羅列に心ときめくのだから、どんなものでも使い方次第である。


 さて、そんな状態でべたを歩く俺たちはどうかと言えば、


「さっむ――」


 木枯こがらしの時期は気付く間もなく終わったらしく、冬本番という冷たい風が吹きすさんでいた。毎年毎年、秋を感じた瞬間には冬になっている気がする。体感的には土日くらいの短さだ。


 働き始めたら、秋と一緒に土日もなくなってしまうのだろうか。僕は情緒のある四季と休日が好きなので、令和ちゃんと政府にはぜひ頑張ってもらいたい。なんなら、水曜日も休日にして、よりめりはりのある一週間にしてほしいですね。


 そんな馬鹿な考えをあざ笑うように、凍てつく風が吹き抜けた。


 ダウンジャケットを着ていても、首や袖の隙間から風が侵入してくる。


 俺はアステリスに居た時、それなりに過酷な環境で旅をしてきた。豪雪地帯も山岳地帯も、溶岩地帯も歩いたことがある。


 基本的に身体強化によるごり押しで進んできた関係で、俺は極地的な気候にはそれなりに耐性がある。


 じゃあ寒いのが平気かというと、まあそういうわけでもない。


 寒いもんは寒い。


「本当に寒いですね」

「季節によってここまで気温が変動するのは、とても面白いですわね。風情があるというのでしょうか」


 俺の隣を歩くリーシャとカナミが、頬を赤くしている。


 ネストとベルティナさんが我が家で暮らすようになって、一週間が経とうとしていた。毎日訓練漬けの日々を行いながら、新世界トライオーダーや魔族の動向を探っているが、まあなんも出てこない。


 はっきり言って、魔族はともかく新世界トライオーダーは俺が生まれるはるか前から地球で生きてきた魔術師たちだ。身を隠すことに関しては一日どころではない長がある。


 榊綴さかきつづりの実力を考えれば、そうそう尻尾を掴ませてはくれないだろう。


 しかも対魔官たちも壊滅状態。


 情報を集める人手がそもそも足りていないのが実情だった。


 では今日は偵察なのかというと、目的はそれではなかった。


「わあ、街がどこもピカピカしていますね。これがクリスマスというものですか!」


 テンションの上がっているリーシャの言う通り、駅近はクリスマス一色だった。どこもかしこもピカピカピーと、色とりどりの光が乱舞し、サンタやトナカイが飾られている。ちなみにゴーストタウンとは別の駅の方に来ている。あっち、マジで人いないからな。


 それにしても、東京クライシスのせいでどこも暗い雰囲気だと聞いていたが、クリスマスくらいは明るく楽しもうという人々の気概きがいを感じる。


 クリスマスって、たしかキリスト教の生誕祭だったはずだが、あの愉快な赤帽子と赤鼻のコンビは、どこから現れたのだろうか。


 勇者の活躍を祝うはずのパーティーで、毎回勇者が参加しないから、騎士団の男たちがモテモテになっているのを見た時と同じ気分だ。


 勇者参加してますよー。鎧脱いでるけど一応参加してますよー。召使じゃないですよー。


 ‥‥駄目だ。嫌な過去を思い出してしまった。


 リーシャのキラキラした笑顔を見て、心を落ち着けよう。こいつ、改めて見ると本当に可愛いな。イルミネーションよか、よっぽど目立っている。


 もちろん、それはカナミも同じだ。


 今年は月子に振られて、クリぼっち確定かと覚悟していたわけだが、こうして可愛い女の子と街を歩いているだけで、結構充足感というか、優越感があるな。


 いや、他の人の視界には俺なんて入りすらしないか。灯台モトクラシー。


「クリスマスについて二人は知っているのか?」

「はい、こちらの宗教に基づくお祭りですよね」

「そういうのって、女神聖教的にはありなの? 異教のお祭りになる訳だけど」

「そうですね‥‥。魔神信仰は許容できませんが、それ以外の宗教については特になんとも。教わったこともないですし、なんだか新鮮ですね」


 ああ、なるほど。


 そもそも女神と魔神しかいないから、異教に対する排斥的はいせきてきな思考がないのか。神魔大戦は、宗教戦争の側面より、種族間戦争という側面の方が強い気がするし。


 まあなんでもいいけど、楽しんでくれるのならよかった。


「それにしてもクリスマスパーティーね」

「よろしいではありませんか。張り詰めた弓は、いざという時に切れるものですわ」

「そうだな。みんなでパーティーなんて、なかなかできないし」


 そう、実は今日は十二月二十三日。明日のクリスマスパーティーの買い出しに来たのだ。


 発起人ほっきにんは、我が家の誇る陽キャ、陽向紫ひなたゆかりである。


『クリスマスパーティーをしましょう‼︎ 最近のみなさんは、見るに堪えない暗さです。美味しいものを食べて、みんなで騒げば元気も出ますよ‼︎』


 突如、彼女がそう宣言したのだ。


 確かに最近は明るい話題もなく、訓練漬けの毎日。テレビをつければ、チャンネルの休止や嫌なニュースばかりだ。


 陽向の言う通りだ。


 大変な戦争の最中であっても、いや、だからこそ、人は希望を見失ってはいけない。


 楽しいことがあるから頑張れるなんて、誰だってそうだ。


 大人になっても、それは変わらない。


 誰もその提案に異を唱えることはなく、山本家クリスマスパーティーの開催が決まったのである。


 リーダーは当然のごとく陽向さんである。


『とりあえず、クリスマスといえばご馳走とケーキですね。私は予約していたケーキを受け取りに行くので、先輩たちは料理の材料を買いに行ってください』


 もう予約していたのかよと言ったら、陽向は「これだから童貞は──」とでも言いたげな目で俺を見てきた。


 はい、すみません。


 そういえば去年、月子とクリスマスデートをしようと思ったら、どこのお店も予約がいっぱいで大変だった覚えがある。結局、有名でもなんでもない、レストランなんだか居酒屋なんだか分からない店で一緒に夕飯を食べた。


 それまではクリスマスデートとかふざけやがって、みんなで同じ場所に行って何が楽しいんだよと思っていたものだが、その裏にある努力に気づいてからは尊敬の念しかない。


 今日はそんな醜態は晒せない。この箱入り異世界ガール二人に、きちんとクリスマスの楽しさを啓蒙けいもうし、エスコートするのが俺の役目だ。


「リーシャ、クリスマスに食べるべき料理を知っているか?」

「クリスマスに食べる料理‥‥パイですか?」

「パイ美味しいよな、パイ。割と何でもかんでもパイにしたがる風習はよく分からんが、パイではない」


 アステリスでは結構な頻度でパイを食べることになる。なぜって? 中身に何をいれても分からないからだ。魔道具や魔術が普及しているおかげで、生活でそこまでの不便は感じなかったが、料理に関しては現代日本の流通能力には敵わないことを痛感した。


 それはさておき、


「クリスマスにはチキンだ。チキンの丸焼きか、フライドチキンを食べるのが古来よりの習わしだ。古事記にもそう書いてある」

「チキンの丸焼きなんて、贅沢ですねー」

「あの、クリスマスの文化は近年になって普及したと聞いておりますが‥‥」

「シャラップ。細かいことはいいんだよカナミ」


 クリスマスはチキンだ。できれば丸焼き。これは譲れない。


 本場では七面鳥らしいから、実際にはチキンではないのだが、そんなことさえも些事さじ


 俺が子供の頃は、母親がもも肉を焼いたものを用意してくれていた。


 あれはあれで最高に美味しいし、有名チェーンのフライドチキンも好きなのだが、やっぱりクリスマスの理想は丸焼きである。


 いやさ、アステリス時代にも丸焼きはよく見かけたのよ。なんなら鶏どころか、豚やら牛やら、そもそも何の生き物だよってやつもよく丸焼きにされていた。


 でもさ、違うんだよ。


 クリスマスという特別感。


 それを囲う、家族団欒かぞくだんらん。その中心にチキンがあってこそ、初めて俺の理想のクリスマスは完成するのだ。


「というわけで、丸鶏まるどりを買いに行くぞリーシャ」

「分かりました。でも、私スーパーで丸々売っているの見たことないですけど、どこに買いに行くんですか?」

「え‥‥?」

「え?」


 え、どこに売ってんだろう。


 確かに普段よく行くスーパーで丸鶏なんて売っているのは見たことがない。そりゃ売ってても買わないんだから、売ってないだろう。


 じゃあどこに行けばいいんだ? お肉屋さん? いや、お肉屋さんにも丸鶏なんて売っているの見たことなくないか。


 とりあえず駅まで来ればなんでも手に入るだろうと思って来たんだけど、違った?


 慌ててスマホを取り出し、『丸鶏 どこで売っている』と調べようとしたところ、カナミが小さな声でささやいてきた。


「ユースケ様、この時期であれば隣の駅の大きなスーパーに行けば丸鶏が売っていますわ。先日千里眼で確認しましたので、間違いありません」

「お、おお。さすがカナミだ。俺も知ってたけどね。でもありがとう」


 そうなんだ、この時期に特別に売っているんだ。仕入れた店員さんとは仲良くなれそうだ。


「さあリーシャ、カナミ。目的地は決まった。行くぞ!」

「はい!」

「承知しましたわ」


 俺は二人を引き連れて、電車に乗った。




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明けましておめでとうございます。

昨年はご愛読いただきありがとうございました。

本年も活動を続けていく予定ですので、よろしくお願いいたします。

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