前職、勇者やってました。ー王女にも彼女にも振られた元勇者、魔族と戦ってほしいと聖女に請われる。仕方ない、文系大学生の力を見せてやる。ー
秋道通
炎舞う黄金領域
第1話 何の役にも立たない勇者パワー
世の中の創作物というのは星の数ほどあるわけだが、最も多いジャンルとは何か。
そう問われた時、多くの人はこう答えるだろう。
――恋愛、と。
これはある意味当然の話で、恋愛だけを主体にした創作は勿論、多くのジャンルに恋愛は必要不可欠な要素だ。
考えてみて欲しい、ファンタジーだろうが青春だろうがホラーだろうが、そこに恋愛は切っても切れない要素として絡んでいる。
普通に考えて、ヒロインが一切出てこない、おっさんだらけのむさ苦しい物語とか読みたくないだろ。中にはそういったのが好き! という特殊な方もいるかもしれないが、まあ少数派だ。
だからまあ、大抵の物語ってのは、ヒロインと主人公がくっついてハッピーエンドっていう終わりが多い。なんなら世界を救う戦いが終わってなくても、ヒロインとくっついたら終わりなんてこともある。
分かりやすいし、読者としても納得出来る終わりだ。
だが待って欲しい、創作ならそれでいいよ?
最後の
けど現実世界はそうはいかない。
好きな子に告白して、オッケーもらって、やったーこれで俺の物語は終わり! 次回作にご期待ください! とはならないだろ。
お前そこで死ぬのかよ。
そう、現実世界でのハッピーエンドというのは、付き合って、結婚して、幸せな家庭を築いて、寿命を全うする。そこまで行ってハッピーエンドなのだ。
突然ハードルが高跳びレベルまで高くなったのが分かるだろうか。
好きな子と付き合えてよかった、めでたしめでたしで思考停止している童貞諸君、俺たちの本当の戦いはこれからなんだぞ。
破局してしまえば、物語終盤で稼いだ好感度なんて無を通り越してマイナスまで落ち込むのである。どれだけ泣ける片思い時代を経て、どれだけロマンチックな告白を成功させたって、全部無駄だ。
後に残るのは、楽しかった思い出の分だけ重く圧し掛かる絶望だけだ。
結局俺が何を言いたいのかと言えば、
「
「そうだよ馬鹿野郎!!」
ダンッ! と俺は飲み干したビールジョッキを机に叩きつけた。机の上のたこわさが、衝撃に揺れる。
今俺たちが酒を飲んでいるここは、『
何でも俺たちの通う東京の
大学生が使うのに由緒正しいもなにもないとは思うが。
「はー、にしても伊澄とお前が別れるなんてな。あんなに仲良かったのに」
「おいやめろ、その言葉は今の俺に効く」
崇城大学生らしいバイトの女の子に生ビールのお替りを頼みながら、俺は言った。
「悪い悪い」と目の前で笑う男は、人目を引く派手な男だった。
大柄な体格に、鮮やかに染められた赤い髪。その下に覗く野趣溢れる顔立ちはイケメンと言う他ない。
こいつの名前は
一方で、俺である。中肉中背に三白眼の、これといって特徴のない男。それが俺、
勉強は普通、運動は壊滅的にセンスがない。顔はまあ不細工って程じゃない。そう信じたい。
そんな俺なのだが、実はつい最近まで普通とは違うところがあった。
それは、男なら誰もが羨む可愛い彼女がいたということ。
一目惚れだった。大学に入って同じ学部の新入生だった彼女を一目見て俺は無意識の内に恋に落ち、同じ文芸部に入ることになってそれを自覚した。
結果的に俺と月子は付き合うことになったわけだが、付き合い始めて一年目を目前にしたつい最近、俺は月子に突然別れを切り出されたのだ。
理由なんて分からない。本当に突然のことだった。
「なんで‥‥なんでだ‥‥」
「それは俺に聞かれてもな」
そう言って肩を竦める総司。
こいつは基本的に女に不自由しない人間なので、何かいい話が聞けないかとも思ったのだが、
「この役立たずめ‥‥」
「いきなりの呼び出しに、こうして付き合ってやってる友人になんたる言い草だよ」
そう言って総司は煙草を取り出すと、火をつけて紫煙を燻らせる。
「つーか、本当に心当たりはないんだよな?」
「ないな‥‥喧嘩したりはそれなりにあったけど、ここ最近は特にない」
「ふーん、じゃあ好きな奴でも出来たんじゃね?」
「ぐふぁっ!」
軽い口調で告げられた言葉に、俺は鋭いボディーブローを喰らった気分になった。
ヤバい、ビールが逆流する。
「や、やややっぱりそうなのか!?」
「‥‥いや、知らねーけどよ」
「適当な憶測で物言ってんじゃねー! 乙女ゲーのキャラみたいな髪色しやがって!」
「どんな罵倒だ、それは」
俺の頭の中で、月子の男友達の顔が何人か浮かんできてはグルグルと回る。もう恋人じゃないので、今更嫉妬する資格もないのだが、そうせずにはいられない。
付き合えた時は人生バラ色に見えたのに、今は視界の全てがぼやけて見える。
総司の言う通り、それなりに仲はよかったはずだ。
色んな所に二人で遊びに行ったし、手を繋いだり、‥‥その、キスもした。
だが仲が良かった分だけ、フラれた今が現実味を帯びてこない。
もしこれを直視したら、きっと俺は暫く立ち直れないだろう。
「まあ飲めって勇輔。大丈夫、いい女なんていくらでもいるぜ?」
「うるせー、んなことは分かってんだよ。でもな、俺が今付き合いたい相手は一人だけなんだよ!」
「正論は正論だが、面倒くさいな、お前」
呆れ顔の総司が、お替りのビールを顔に押し付けて来る。
冷たいジョッキの感触が、火照った頬に心地いい。
アルコールのお陰か、頭がいい感じに回ってない。月子にフラれてから、何もしないでいると楽しかった思い出ばかりが脳内を廻るので、本当に酒というのは偉大だ。
ドラマとかで大人が酒に逃げるシーンを不思議に思って見ていたが、今なら分かる。酒を飲まないと、心が潰れるのだ。
「あぁ、俺もうアルコールと結婚する」
「やめとけやめとけ、そいつはお前には荷が重いぞ」
「俺が月子と釣り合ってなかったと!?」
「誰もそんなこと言ってねーだろ‥‥」
あれ、なんでジョッキにまだ酒が入ってるんだろうか。まったく、ジョッキに入れたままなんてビール様に失礼だぜ。
「総司、お前も飲め! 今日は帰さねーぞ!」
「男と朝帰りとかぞっとしねーわ」
それから俺は、涙枯れる度に酒を胃に流し込み、総司に絡みまくった。
「うっぷ‥‥、マズイ、飲み過ぎた‥‥」
俺は背中を丸め、なるべく胃の中の物が揺れないように気をつけながら夜道を歩いていた。
吐いた数は、累計五回を過ぎた頃から覚えていない。気付けば総司に肩を貸されて居酒屋から連れ出されていた。
そして、その総司はもう帰ってしまった。薄情な男と思うべきか、ここまで付き合ってくれたことに感謝するべきか。
ただ途中から吐きまくって、総司に水を飲まされまくったおかげか、大分意識ははっきりしている。やっぱいい奴だわ。
俺の家はここから十分ほど歩いたところにあるアパートだ。帰るのに問題はない。
「あーー‥‥」
ただ一人になると、どうしても思い出してしまう。はにかむ月子の顔が。弾む楽しそうな月子の声が。火照る体温が。
「っぅ‥‥!」
胸が締め付けられたせいか、突然襲い掛かってきた吐き気に、俺は近場の公園へと走り込んだ。
なんとかトイレで事をすますと、自販機で水を買い、ベンチに座って人心地つく。
もう七月の生温かい夜風が肌を撫で、空を見上げれば青白い月が俺を見下ろしている。まるで馬鹿で情けない俺を嘲笑っているようだ。
――ん?
その時だった。空気が変わったのは。
身体に纏わりつく初夏の空気が、突然薄ら寒くなる。月の青白さが、より際立つように思えた。
こんな時にも、むしろこんな時だから現れるのか。
胃酸に焼けた喉を水で潤しながら、俺は周囲を見回した。
あー、いた。
夜闇に紛れ、それはこちらを窺っていた。
一言で表すのであれば、影が歪な球体を象った、そんな形容しがたい何かである。
基本的に平凡な俺だが、そういえば月子と付き合っていたこと以外に、もう一つ特殊な側面があった。
別段なんてことのない、そう俺みたいな普通の男が月子と一年近くも付き合っていたことに比べれば
俺は異世界で勇者をしていたことがあるのだ。
今が二十歳丁度だから、かれこれ七年以上前になる。中学校に上がり立ての俺は、学校帰りに突然異世界に召喚された。
あれだ、漫画やライトノベル、あとはネット小説なんかでよくあるやつである。
『アステリス』という剣と魔法によって支えられた世界。
そこで四年以上、勇者として活動し、最後には勇者のお約束として魔王を討伐、地球に帰ってこれたのだ。その時俺は十七歳になっていた。
当時は誘拐されただの神隠しにあっただの言われていた俺が突然帰って来たものだから、結構な話題になったものだが、今では覚えている人の方が稀だろう。
人の噂も七十五日、現実はそんなもんである。
実際、勇者やってたからなんだ?
魔王倒せても、彼女にフラれるんだぞ。それとも就職で職歴のところに書けるのか、『前職、勇者』って。キラキラネームより酷い、俺なら書類審査で落とすわ。
そんな元勇者。かといって地球に帰ってきてなんも変化がなかったかと言えば、そういうわけでもなかった。
なんと、第六感的な物が芽生えたのか、この世ならざる者が見えるようになってしまったのである。嬉しくねえ。
勇者やってついてきた特権が、廃品処分よろしくゴミ押し付けられるより酷いって。世の中碌なもんじゃねーなって思ったよ。
さて、そういうわけで、目の前に迫ってきている謎の球体は、妖怪とか怪異とか、そんな感じの何かだろう。多分。
残念だが、本職ではないので細かいところまでは分からない。
本当役に立たない能力だ。
――ジュルジュルジュル。
影は、すぐ近くまで来ると、不気味な音を立てながら何本もの腕を広げた。
男に触手攻めって、美少年じゃないと需要ないんじゃないかなあ。
そんなことを酔った頭で考えていたら、広げられた腕が俺目がけて殺到してきた。
触れれば物理なんだか呪いなんだか、とりあえず訳の分からん力で殺されるんだろう。こいつらは、そういう存在だ。
パンッ! と水風船が割れるような音が、夜の公園に響いた。
とは言っても、聞こえるのは俺だけなんだが。
目前に迫っていた影は、最初からいなかったように消えていた。
何てことはない、ぶん殴っただけだ。酔っていても、この程度の相手に負ける道理はない。
これこそが恋愛にも就職にも役立たない勇者パワーだ。恐れ入ったか。
「‥‥」
‥‥虚しい。
あまりの虚しさに、酔いも醒めてしまった。一刻も早く家に帰って寝てしまおうとベンチから立ち上がる。
その直後のことだった。
「‥‥なんだ?」
おかしい。
影の球体は、完全に倒した。それは間違いない。
だというのに、身体に纏わりつく嫌な空気。それがまるで消えていないのだ。
それどころか、その異質な空気は明らかに膨れ上がっている。
これは妖怪や怪異とも違う気配。しかし、俺はこの気配をよく知っていた。地球ではない、異世界の『アステリス』で慣れ親しんだものだ。
なんで魔力の気配が?
物理法則から外れた高次元のエネルギー、魔力。超常の現象を巻き起こす魔術を発動することが出来る力だ。
『アステリス』では当たり前に使われていたものでも、地球では使われているのを見たことがない。
だというのに、突然世界を満たしたその気配は、紛れもない魔力のそれだ。
「あー、んー‥‥」
どうしようか。
正直、見て見ぬふりをしてもなんも問題ない。というより、わざわざ首を突っ込む方が馬鹿だ。
不穏な事態に突入しなければならない勇者時代とは違い、今の俺は平凡な大学生。明日の授業にも出なければならない。
普段の俺なら、きっとそんなことを考えて家に帰っていただろう。
だが、今日の俺は月子にフラれ、その上酔っていた。
普段とは違うことをするには、十分すぎる理由だ。
ただ流石にこのまま行くのはマズイ。何が起きているのか分からない以上、慎重に動かなければならないということは、嫌という程知っていた。
「仕方ないか」
随分久々だが、俺は魔術を使うことを決めた。かれこれ三年振り近い。
なんとか失敗しないように、集中して体内の魔力を練り始める。
『アステリス』で俺が学んだ魔術とは、知識の
体内を神秘の力が脈打ち、全身の枷が外れていく感覚。俺の存在を縛り付けていた物理法則というつまらない常識が取り払われ、身体を全能感が支配する。
次の瞬間、俺の全身は白銀に包まれた。
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