第234話 覚悟
◇ ◇ ◇
三条支部に行くと、逃げ出した――なんてこともなく、四辻が俺たちを待っていた。シュークリームを頬張りながら。
「ふぁ、来たね」
「何でおやつ食べてんだよ」
「ん。三条支部の人が買ってきてくれたんだ。優しいよね」
俺が周囲の人たちを見ると、男性職員たちが机の上に置いてあったお菓子をそれとなく隠した。
四辻は見た目だけはうら若き美少女だ。気持ちは分かる。
「‥‥あんたたち、何やってんのよ」
俺たちを連れてきた加賀見さんが、そんな職員たちを見てため息を吐いた。
「仕方ないだろ、こんな男所帯に閉じ込められてるんだから、ちょっとぐらい優しくしてあげないと」
「そうだよな。美味しそうに食べてくれるし、お礼もちゃんと言ってくれるし」
「三条支部はじめてのまともな紅一点だし」
口々に反論を始める男性陣。そうか、昨日一晩で骨抜きにされてしまったのか。比較的壮年の男性たちは、我関せずで仕事をしたり、にこにこ見守っていたりする。
当然、面白くないのは加賀見さんだ。
「はあ? 紅一点って何よ。おっさんが寄ってたかって若い子囲ってんじゃないわよ、気色悪いわね」
「聞いたかい千里ちゃん? あんな女性になっては駄目だよ」
「そうそう、男勝りって言えば聞こえはいいけど、ただただ口が悪くてがさつなだけだからね」
「最近は男の影もとんと見なくなったし。本格的に焦って――」
「死ねこら」
端的な暴言と共に、加賀見さんの手から魔術が放たれた。室内の空気が歪み、妙な音が響いた。そういえば俺、加賀見さんがちゃんと魔術使ってるの見たことなかったけど、振動系の魔術か?
男たちはもんどり打って転がり、うめき声をあげる。結構派手なことしているはずなのに、倒した方も倒れた方も、周囲に影響を与えていないのがすごい。
これが日本のオフィスで
「‥‥ごめんなさい。うち、いつもこんな感じだから」
月子が消え入りそうな声で呟いた。その頬はうっすらと赤く染まっている。
親戚のおっさんたちが盛り上がっているのを友達に見られたような反応だ。個人的には楽しくていいと思うけど。騎士団を思い出すな。あそこは意見が割れたら取り敢えず殴り合いというパワーこそ正義な場所だった。思考回路が原始人のそれである。
ちなみに酒が入ると、殴り合いをしたいがために意味不明な難癖をつけてくる連中も出てくる。平和主義で通っている俺はもちろん殴り合いなど御免だったが、「ユースケってよお、実は不能だろ」って煽りだけは看過できなかった。
そこには男として譲れない尊厳というものがある。俺が一体どんな気持ちでエリスに手を出さなかったのか、拳で魂と肉体に教えてやる必要があったのだ。
後で知ったことだが、騎士団の中では俺がいつエリスに手を出すかで賭けが行われていたらしい。自国の王女と勇者で賭けとか、あいつらは不敬という概念を知らなかったのかもしれない。まあ脳みそまで筋繊維ミチミチに詰まってたから、仕方ないね。
そんな話はさておき、四辻はニコニコしている。
「四辻、今日は全員で詳しい話が聞きたい。いいか?」
「それはつまり、僕の提案を飲んでくれるっていうことでいいのかな?」
「違うな。やっぱり詳しい話が聞けなければ、提案は飲めないって話だ」
そう言うと、四辻は目を細めた。可愛らしい顔の中で、狩猟者の目が光る。
「そうなんだ。じゃあ、場所を変えよう」
俺たちは職員へのお灸を終えた加賀見さんの案内で、応接室へ移動した。
「リーシャちゃん、この場所に結界──聖域だったかしら、を張ってもらってもいい?」
「分かりました」
自分のホームである三条支部にも関わらず、加賀見さんは万全を期した。
あんな話を聞いた後じゃ、そうなるのも仕方ない。一番辛いのは、加賀見さんと月子だろう。
あまり人がいなくても話し辛いだろうということで、ここに居るのは俺と加賀見さん、カナミ、リーシャの四人だ。
リーシャは聖域を張る担当なので、実質は三人である。
三対一で向き合った四辻は、平静を崩すことなく俺たちを見返した。
「それで、詳しい話が聞きたいんだって?」
「ああ提案を聞くにしても、何をして欲しいのかが分からないと頷けない」
「うーん、その気持ちは分かるんだけど。まあどちらにせよ私じゃ判断できないから、変わるね」
彼女は軽く言うと、前回と同じようにカードを取り出して額に当てた。
纏う雰囲気が変わり、視線が鋭くなる。
「やあ、昨日ぶりだね勇輔君」
相も変わらず胡散臭い土御門が、口を開いた。顔も声も四辻からまったく変化していないのに、ここまで胡散臭くなるって、もはや才能だろ。流石第一位階対魔官。
「単刀直入に言う。昨日の話、詳しい内容が知りたい。受けるかどうかは、それを聞いてから決める」
土御門はすぐに首を横に振った。
「それは駄目だ。言ったろう、既にこの時点で多くのリスクを背負っている。これ以上は、仲間以外には話せない」
「正体を明かした時点でもう手遅れだろう」
「それなら大丈夫さ。僕という存在を知られることは、彼らにとって大した話じゃない。しかし重要な情報を流したと知られれば終わりだ」
つまりこの提案は
それまで黙っていた加賀見さんが口を開いた。
「私たちが
「そうだね。命までは取られないかもしれないけれど、厳しい立場になる。ただどちらにせよ、君たちがこの話を断ったら同じことだ。僕は組織への忠誠を再び示し、別の仲間を探す他ない」
「忠誠を示す?」
土御門の言葉の中で、俺はそこに妙な引っ掛かりを覚えた。
土御門はなんて事のないように言った。
「千里は処分して、それなりの汚れ仕事をいくつか請け負うってだけだよ」
「っ‼︎」
四辻の顔で、土御門はそう言い切った。
「驚くようなことかい? 千里はこの時のためだけに僕が用意した策だ。それを残しておく訳にはいかないだろう。君たちに断られた時点で彼女の存在はあってはならないものになる」
「‥‥お前」
「言っただろう。それなりのリスクを背負ってここにいると。千里もそれを覚悟して君たちの元に訪れた」
‥‥クソが。
こいつの言っていることが分かってしまう。それが正しい判断だと、納得できてしまう。
微笑んでいる土御門の顔の中に、確かに四辻の覚悟を感じてしまう。
隣を見ても、加賀見さんたちも悩んでいるようだった。
──またリーシャや月子に怒られるな、これは。
俺は土御門の目を見た。お前のその目はなんだ。こんな場所で、戦争の前線に立った兵士と同じ目をするなよ。お前は今、希望と絶望の淵に立っている。
覚悟だ。先に進むためには、やはり覚悟がいる。
みんなを、自分自身を危険に晒すかもしれない。それでも俺はこいつの目と言葉に賭ける。
「一つだけ確認するぞ。俺たちと手を組んだ時点で、お前は俺たちの仲間になり、四辻も死ぬことはない。それでいいんだな」
「僕自身は暫く今の立場を崩すつもりはない。ここでなければ得られない情報も多いからね。けれど、千里を僕とのメッセンジャーとして君たちの傍に置きたいと思っている。手放すことはしないさ」
「‥‥分かった」
単純な話だ。ここで断れば土御門は再び雌伏し、手を取れば共に戦う。
罠の可能性は高い。それでも踏み込まなければ、
俺は加賀見さんとカナミが何も言わないことを確認し、頷いた。
「やり方はムカつくが、分かった。提案を受けよう。デートでもなんでも行ってやるよ」
「そう言ってくれると信じていたよ勇輔君」
土御門は笑い、手を差し出してくる。俺はその手を握った。
第一位階土御門晴凛と元勇者白銀の共同戦線が、ここに成立した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます