第15話 主人公だから、仕方ないよね

「あの、本当によいのでしょうか」


「たぶん大丈夫だろ。それより準備はいいのか?」


「はい、大丈夫です!」



 リーシャはまだ少し腫れた目で元気に返事をした。あれからリーシャが落ち着き、神魔大戦の話をして、かれこれ一時間以上の時間が経っていた。


 ちなみになんの準備かと言うと、大学に行く準備である。


 そう、神魔大戦に参加することを決めようと、聖女を匿おうと、大学には行かなければならない。何故なら人生を賭けた単位という名の戦いがそこにはあるからだ。


 もし魔族が見境なくリーシャを狙ってくるなら、半年間は休むしかないかとも覚悟していたのだが、


「基本的に魔族は夜間にしか行動しませんね」


「え、そうなのか?」


「はい、この世界ではエーテルがあまりに薄いですから。私たちも魔族も魔力を回復させるために戦いの後は暫く時間を置きますし、戦うのは人目が少なくて、エーテルが濃くなる夜を選びます」


「はー、道理で夜にばっかり追いかけまわされてたのか」


 とまあ、そんな会話が朝食後にあったのである。


 確かにこの世界はアステリスに比べて圧倒的にエーテルが薄い。エーテルとは所謂霊力とも呼ばれるもので、自然界に満ちる高次元エネルギーのことだ。人はこれを元にして自身の扱う魔力を生み出す。


 アステリスで魔術が科学技術よりも遥かに発達していて、地球ではほぼ廃れているのは、これが大きな原因だろう。


 というわけで、とりあえず休学にはならずに済んだ。


「じゃあ俺が授業に出ている間は、図書館とかで時間潰しててくれ。学校内ならどこ行っててもいいし。何か異変があれば魔力を放出してくれればすぐ駆けつける」


「分かりました。昨日行った時はほとんど見られなかったので、楽しみです」


「そんなに面白いもんでもないと思うが」


 うちの崇城大学は辺鄙な場所に立っているせいか校風なのかは知らないが、基本的に近隣住民の人が大学に入っていても問題ない。よく家族連れなんかが学食でご飯を食べていたりする。


 図書館も借りるのにカードは必要だが、図書館内で読む分にはなんの制限もない。地球の知識がまるでないリーシャにとってはいい暇つぶしになるだろう。


 少なくとも、家に置いていくよりは近くに居てもらった方が安全だ。


 家を出た俺たちは、二人並んで大学へと向かっていた。リーシャは本当に楽しそうに身体を揺らして歩いている。


「私はアステリスに居た頃は教会からほとんど出ることもありませんでしたし、色んなことが新鮮なんです」


「ふーん、俺もアステリスについては聞きかじりの知識しかないからな。聖女ってのはそんなに外に出られないのか」


「はい、外に出れる機会はこれまで本当に数える程でした」


 そこでリーシャは思い出したように言った。


「そういえば、よく服を見ただけで私が教会の関係者だと分かりましたね、しかも階位まで」


 おぉっと。


「ま、まあちょっと我が家に伝わっててな。口伝で」


「凄い詳しいところまで伝わっていたのですね、ご先祖様に教会の関係者の方がいらっしゃったのでしょうか」


「ど、どうだろうな?」


 俺は曖昧な顔で笑った。そんな何の役にも立たないことを口伝されても困る。


 思い返せば不用意なことを言ったもんだ。リーシャが単じゅ‥‥素直だからよかったものの、思いっきりボロが出るところだった。


 ここはさっさと話を変えよう。


「ところでリーシャ、もう一度確認しておかないか」


「? なにをでしょうか?」


「設定だ」


 そう言われてピンと来たようで、リーシャは両手を合わせた。


「あっ! ‥‥ええっと私はユースケさんのお家にホームステイさせてもらってるリーシャです」


「そうだ、どうして今は俺のところに来てる?」


「日本の大学に興味があったからです」


「オーケー、出身地はアメリカの片田舎とでも言っとけばいい」


 そう、これは俺が五分で考えたリーシャの設定である。何故明らかに外国人のリーシャと俺とが一緒に居るか考えた結果、まあこの辺が無難だろう。


 細かいところまで作り込むと逆にボロが出そうだったので、二人で決めたのはそこまでである。決して考えるのが面倒だったわけではない。


「そうだな、後は答えられないことを聞かれたら、適当に笑って誤魔化せ」


「それでなんとかなるのですか?」


「日本が誇る最高峰の処世術だからな」


 リーシャの微笑みなら、きっとどんな追及も躱し続けられるだろう。可愛いは正義だ。


 面倒なのは、むしろ俺の方。


 何故なら、


「あれ、先輩! 奇遇です‥‥ね‥‥‥‥」


 こいつらに納得してもらえるよう説明しなければならないからだ。


「よ、よう陽向。これから授業か?」


 後ろからかけられた声に振り向けば、そこには紺色のワイドパンツにゆったりした白のブラウスを着た陽向が立っている。


 俺に挨拶でもしようとしていたのか片手を上げた状態で、完全に硬直していた。


 その目は俺のすぐ隣にいるリーシャをとらえている。


 昨日逃げ出してから、携帯に追及のメールが来ていたのをさっくり無視していたので、陽向から見れば驚き桃の木山椒の木。まさか聞きたい当人を連れて来るとは思っていなかっただろう。俺もまさか連れて来ることになるとは思わなかった。


 しかしリーシャを大学に連れて来る以上、こいつらへの説明は避けて通れない。


「あ、あのユースケさん」


「俺が説明するから、リーシャは何も喋らなくていいぞ。適当に頷いてりゃいい」


 リーシャに小声で言うと、俺は固まっている陽向の方に歩き出した。


 しかし最初に会えたのが陽向だったのは幸先がいい。総司はあれで空気の読める男なので変な詮索はしないだろうが、陽向は色々聞いていくる反面、納得させてから頼めば噂を広げてくれる。


 月子の時もそうだが、陽向が話を広げておいてくれれば俺は大分動き易くなる。


 ここはしっかりと決める場面だ。


 見せてやろうじゃないか、俺が勇者時代に仲間から学んだ交渉術というものを。


 俺は陽向に近づくと、その肩に手を置いて、その目を見つめて真剣な口調で言った。


「なあ陽向、少し時間あるか?」


「ひゃ、ひゃい!?」


 普段はしない俺の声のトーンに驚いたのか、陽向は甲高い声で返事をした。ふふ、こういった声の抑揚が大事なんだよ。


「授業までまだあるだろ? なに、時間は取らせないからさ。大事な話なんだ」


「だ、大事な話!?」


「ああ、俺たちの今後にも関わる大事な話だ」


「私たちの今後!?」


 大事な話という言葉を立て続けに使うことで、それを印象付ける。陽向はこう見えて根は真面目なので、こうしておけば茶化したりせずにちゃんと聞いてくれるはずだ。


 それにしてもこの陽向の動揺。ここまでは俺のペースだ。一気に畳みかけてやるぜ。


「陽向ももう分かってるだろ?」


「な、なんの話ですか‥‥。そんな、私たちに関する大事な話なんて」


「そんなの、もう一つしかないだろ」


「で、でもまだ月子さんと別れてからそんなに経ってないですし、ちょっと急すぎるんじゃないかなーなんて」


 ん? なんの話だ?


「月子? どうして今月子が出てくるだ。あいつは関係ないだろ」


「なっ、もうそこまで吹っ切れてたんですか!?」


「月子のことなんてどうでもいいだろ、今俺が陽向と話したいのはそんなことじゃないんだ」


「そ、そうですか‥‥」


 おお、想像以上に俺の交渉術は効果を発揮しているらしい。普段から先輩を先輩とも思わない態度で接してくる陽向が俺から目を逸らしてもじもじしている。気のせいか、顔も大分赤い。


 勇者時代、仲間に「え、交渉術? ユースケは無言で正面から見下ろしてればいいんじゃない」と教えてもらった技だが、ここまで覿面だとは。


 今までは魔術を発動している時しか使ったことがなかったが、案外素面でも使えるんだな。


 俺が感心していると、陽向が何かを覚悟するように目をギュッと瞑って震える声で言った。


「わ、分かりました」


 おお、分かってくれたか。


「じゃあ、ちょっと話を聞いてくれるか。‥‥このリーシャについて」


「はい?」


「いやだから、このリーシャについてな。陽向も聞きたかっただろ」


「は?」


「え?」


 言葉の意味を理解した陽向が、リーシャを見て、俺を見て、それを数度繰り返すと、俺の目を見つめたままスゥっと表情を失くした。


 微妙に赤かった頬も、その余韻も残さず元に戻り、潤んで見えた瞳からは光が消えた。


 俺はその瞬間悟ったのだ。


 やはり戦うしか能がない勇者に交渉術は出来ないのだと。


 底冷えする眼差しで俺を見つめる陽向は、無機質な声で言った。


「分かりました。それじゃあその話とやらを聞こうじゃないですか」


 なんで陽向はこんなに怒っているのか、何か俺は悪いことをしたのか、こんな状況でも俺の言い付けを守ってニコニコ笑っているリーシャの肝の太さはどうしたことか。


 そんな様々な考えが頭に浮かんでは消えつつ、俺は妙な威圧感を放って歩き出した陽向の後に続くのだった。

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