第226話 シェアハウス、始めます

 加賀見さんに連れられて到着したのは、対魔特戦三条支部から一駅移動した場所だった。


 東京にこんな場所があったのかと思うくらい、家同士の間隔が広い。


 栄えているとはとても言えない場所だ。


「駅の名前もほとんど聞いたことないですし、こんなところがあったんですね」


 周りを見ながら俺が呟くと、先を歩く加賀見さんが答えた。


「そりゃ路線図には乗ってない駅だからね。普通の人は停まってる感覚もないのよ」

「‥‥どういうことですか?」

「このあたりはブラックスポットというか心霊スポットというか。まあ普通に生きていたら、自然と避ける空間なの。私たち対魔特戦部はそこをちょっとした秘密基地代わりにしてるってわけ」

「ええ、そんな都市伝説みたいな」

「実際駅にまつわる都市伝説とか、怪談って多いでしょ。たまに霊感の強い人が迷い込んじゃったりするのよ」


 あの手の話、それが真実だったのか。


 というかこの人たちは当たり前に心霊スポットに住んでるのかよ。福利厚生までブラックじゃん対魔特戦部。


「‥‥ここ住んでいるのって、訳ありに慣れ切っている人とか、幽霊より人間が多い方が落ち着かないとか、そういうおかしな人ばかりだった気がするわ」


 ここに来るまで心ここにあらずだった月子が、ポツリと言った。


 あ、そう。


「まあまあ、住めば都って言うじゃない? それに多少の事故物件でも、勇輔君たちなら気にもならないでしょ」

「いや気にはなりますよ」

わたくしも実弾が通らない相手は苦手ですわね」


 俺とカナミが真っ当な返事をするのに対し、シャーラとリーシャはと言えば、


「むしろ墓地の近くとかでいい。街はうるさい」

「私、実は幽霊見たことないんですね。どんな感じなのでしょうか」


 と意味の分からない会話をしていた。


 このメンバーの中にいると、常識を疑わざるを得ない。いや、どう考えてもおかしいでしょ。


 そうこうしている内に、加賀見さんが一軒の家の前で立ち止まった。


「さて、着いたわ。ここが今日からあなたたちが住む家よ!」


 ‥‥マジでか。


「ここ家じゃないですか」

「だから家だって最初から言っているでしょ」

「そういう話ではないんですけど‥‥」


 俺が想像していたのは、マンションとか寮のような場所だったのだが、目の前にあるのは一軒家である。平屋だが、横も奥行きもそれなりにあるように見える。


 閑散としたこの地区だから建てられる家だろう。


 本当にこの一軒家に住むのか? 俺と女の子五人で? 冗談だろ。


「じゃあ入るわよ。刮目しなさい」

「お邪魔します」


 家の中は広々としていて、リビングを中心にそれぞれの部屋に入れるような構造になっている。


「リーシャちゃんとカナミさんは同部屋。それ以外が勇輔君と月子、シャーラさんの部屋って感じ。部屋同士が扉でつながっているから、リビングを経由しなくても行き来ができるわ。で、お風呂とトイレはこっち。トイレは二つあるから、うまいこと使い分けて」


 加賀見さんが手早く部屋を解説してくれる。


 リーシャたちを守るために、部屋の行き来がしやすいのはありがたい。


「それにしてもシャーラが来たのは突然なのに、よくこれだけの部屋数を用意できましたね」

「元々増えるだろうなとは予想してたから」


 加賀見さんは淡々と答えた。それはなんというか、誠に申し訳ありません。なんだろう、捨て犬とか拾ってきて怒られている気分だ。


「私はユースケと同じ部屋でいい」


 おだまり。


 加賀見さんは咳ばらいをすると、解説を続けた。


「この家そのものが科学、魔術の双方によって強固に守られているから、襲撃を受けてもそれなりに時間が稼げると思うわ。何よりもこの家がすごいのはね‥‥」


 そう言いながら、あるドアの前で立ち止まる。


 そこを開くと、何故か部屋ではなく下へと伸びる階段が現れた。なんだこれ、ホラー映画とかで出てきそう。


 カナミが階段の下を見た。


「地下室ですの?」

「その通り! この下には魔術師用の訓練場を用意したわ! 私の持てるあらゆるコネを使って作った部屋だから、三条支部のそれと比べても遜色そんしょくないレベルよ!」

「え、嘘」


 月子がガチで驚いているから、相当凄いことなんだろう。


「マジもマジよ。なんならこれを作っていたせいで予算オーバーしたし」

「この家、本当にいくらかかってるの‥‥?」

「それは言えないわ」


 本当にいくらかかっているんだ‥‥。俺の想定していた引っ越しを遥かに超えるレベルの金が動いているのは間違いないが、想像すると寒気がするので、聞くのはやめておこう。


 元勇者として莫大な資産があっても、まともに使わなかった俺だ。根が庶民派なのである。


 驚く俺と月子に対し、加賀見さんは手を打って言った。


「まあ訓練場はあとでしっかり見てもらうとして、荷物はもう運び込んであるから、まずそれを確認してもらっていい?」

「そんないつの間にやったんですか」

「もしかして、私の家からも?」

「当たり前でしょ。ちなみに勇輔君たちが前に住んでいたアパートもまだ手放してはいないけど、荷物は何も残ってないから空っぽの状態ね」


 どうでもいいのですけど、その荷物運んだのって男の人ですよね? 俺も大人のたしなみとして叡智なる本を数冊持っていたのだが、あれを女性に運ばれたとしたら、もう対魔特戦部にもお婿にも行けなくなっちゃう。


 それから俺たちは各部屋を見回り、荷物を確認した。加賀見さんの言葉通り元の部屋にあったものは丸ごと持ってきたらしく、俺のお宝たちはそっくりそのままの隠し場所に安置されていた。


 運んでくれたのが男性であったことを願おう。


「どの部屋も問題ありませんわね。防御用に魔術による結界が張られているようですわ」


 リビングに戻ると、『シャイカの眼』で家の中を見回していたカナミが言った。よくよく考えたら、この子の目がある時点で隠すも何もないよなあ。


 ちなみに加賀見さんは急に電話がかかってきて「クソ死ね。皆、部屋の中の通信機材は月子が使い方分かるから、あとよろしく!」と情緒のジェットコースターを発揮しながら出ていった。


 毎日の仕事、お疲れ様です。


 しかしそうなると部屋に問題がなくとも、俺たちには問題が残る。


 なんともシンプルな話だ。


「‥‥」


 リビングには、頭を抱えて状況を把握しようとする月子が座っていた。彼女の荷物も運びこまれていたのだろう。


 山本勇輔、二十歳、童貞。


 今日から聖女、皇女、仮面婚約者、元カノとシェアハウス始めます。

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