第155話 暑苦しい髭探し
高山を探すと言っても、俺には心当たりなどない。ここで頼りになるのは、やはり松田だけだった。
「居場所なんて、適当にSNS見てれば見つかるって」
本当かよ。
構内を出て松田と総司、角刈りと共に道路沿いを歩いていく。まだまだ夏の気配は色濃く残り、歩いているだけで汗ばんでくる。
既に後悔しかない。何が悲しくて折角の休講を使って男を探しにいかねばならんのか。クーラーの効いた部屋で菓子でもつまんでいた方がよっぽど有意義だ。
しかし本当に失恋でふさぎ込んでいたとしたら、俺も同じ失恋の徒。慰めてやるのが情けというものだろう。男たちのうっとうしい友情、男情である。妙に汚らしく感じてしまうのは、たぶん気のせいじゃない。
にしてもあっちーな。やっぱり帰ろうかな、高山だし。
己の義務と気温の間で手首をくるくるしていると、総司が思い出したように言った。
「そういや、今日はリーシャたちはどうしたんだ? 学校のどっかにいるのか?」
「ああ、リーシャとカナミなら今日は別のところに行ってるよ」
「別のところ?」
「ちょっと野暮用でさ」
正確に言うと、リーシャとカナミは加賀見さんのところに行っている。アステリスのことや
俺も一緒に行こうかと思ったが、昼間で対魔特戦部の中ということで、カナミに護衛は任せた。距離的にも、何かあればすぐに駆け付けられる場所だし。
「そういえば高山が陽向に告白したのは知ってるけど、お前は何してたの? 諫早先輩に声かけるとか言ってなかった?」
合宿の朝、角刈りがおっぱい――もとい
何より巨乳だ。ついつい埋まりたくなるくらいの巨乳だ。たわわーである。
しかしよくよく考えると、巨大なる乳なんて、何とも無粋で情緒に欠ける言葉だな。日本語らしい美しさがない。豊満なる乳で豊乳とか、たたわなる乳でたわ乳とか、いろいろありそうなものだが。
「お前は見ていないのか、山本」
「何をだよ」
角刈りは神妙な顔で携帯を取り出し、俺に見せた。それはまるで巫女が供物を捧げるように
「これだ」
「これは‥‥」
それは合宿で海に行った時の写真だった。諫早先輩と俺たちの同級生、
二人とも文芸部指折りの美人。その笑顔は夏の太陽よりも輝かしかった。
だが、はっきり言ってそれよりも目を引くものがそこには写っていた。
――でっけえ。
なんだこれは。巨大としか言いようがない。美しさとか情緒とか、そんな余計なものは無粋だと言わんばかりの暴力的な大きさ。これこそまさしく巨乳。
水着を着た諫早先輩のたわわはあまりにもたわわだった。隣にいる
あの時は陽向、リーシャ、カナミと水着三連星にジェットストリームアタックされていたからあまり意識してなかったけど、すぐ近くでこんな爆弾が歩いていたのか。現実はファンタジー。
「俺は確かに諫早先輩に声を掛けようとした。しかし敵は強大‥‥いや、巨大だった。あれを前にしては立っていることもできず、退散する他なかったんだ」
格好よく言ってるけど、要は水着姿に興奮して中腰になってただけじゃねえか。
「あの日声を掛けていれば、文化祭だって一緒に回れたはずなのに、無念だ‥‥」
「それはねーだろ」
「それはないね」
「ないな」
「可能性はゼロじゃないだろ!」
いやゼロだろ。諫早先輩だぞ、陽向とはまた違った方向性でコミュ力の塊だ。その上、美人で巨乳、男なんて
角刈りはやれやれと肩をすくめた。
「いいか、世の中にはシュレディンガーの猫という考え方があってだな」
「はいはい中二病大好きシュレディンガーの猫」
「そもそもあれって、可能性が被って存在する不自然さを猫の生と死で例えたものだから、確認しなきゃあらゆる可能性があるぜ! って話じゃないんだよねー」
「つーか声かけなきゃいけない時点で可能性は収束するんだから、あんまり意味ないだろ、それ」
「なんなんだ貴様らは。人の幸せを素直に願えんのか?」
今まさに高山の不幸を願っている人間に言われてもな。
そんなこんな話しながら歩いていると、目的地に到着した。
いたって普通のファミレスだ。
「多分ここにいると思うんだけど」
講義休んでわざわざファミレスにか?
ほのかな疑念を抱きながら中に入ると、軽やかなベルの音と共に店員さんがやってきて、案内をしてくれる。
俺たちの目的は食事ではないので、案内されながらもそれとなく周囲を見回していたら、総司が俺の肩を叩いた。
「おい、あれ」
「ん? おお」
いた。
髪型は短くなっているが、あの誇りをもって手入れされたお洒落髭は間違いない、高山だ。
そして俺たちからは後ろ姿しか見えないが、対面にいるのは髪の長い女性。
女性と一緒にいることも驚きだけど、本当にここにいることにも驚いた。松田の情報収集能力はなんなんだよ、魔法か。
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