第360話 呪いの正体

 ベルティナさんの胸に、ユネアが手を置いた。そしてその上に、リーシャが手を重ねる。


「どうしたんだ?」

「教会での訓練で、よくやるんです。お互いの魔力を合わせて、魔術を強化する。複合術式に似てますね。ユネアさんは魔力量がまだそこまで多くないので、私の魔力が助けになればと思ったんです」

「ああ、なるほど」


 リーシャの魔力量は凄まじい。あの聖域を長時間維持し続けられるのだ。単純な魔力量だけを比べるのであれば、下手をすれば人族一かもしれない。


 ちなみに俺は魔術で無限に魔力を生み出せてしまうので、ノーカンである。それだけ聞くとめっちゃチートっぽい。実際は出力に限界があるし、他の連中の方がよっぽどチート感あるけど。


 ユネアが緊張の面持ちで言った。


「行きます」


 それにリーシャが頷き、重なった手から金色の魔力があふれた。


 金色は瞬く間に箱の中に満ち、ベルティナさんを包んだ。


「‥‥」


 目を閉じてたユネアのこめかみから、汗が伝った。


 リーシャも目を閉じ、静かに魔力を込め続けている。


 この段階までくると、もう俺にはできることは何もない。


 二人を信じるだけだ。


 そう思い、邪魔にならないように一歩後ろに下がろうとした。


「?」


 俺の服の裾を、リーシャがつまんでいた。


 いつ掴んだのか気づかなかった。その手は固く服を捉えていて、離しそうな気配はない。


 今更離してくれとも言えないし、まあいいか。魔術に集中しすぎると体の制御が不確かになって倒れる人もいるし、俺は黙って柱に徹しよう。


 そう思った時、俺はおかしなものを見た。


 俺は家の中にいたはずなのに、なぜか外に立っていた。


 鬱蒼うっそうとしげる緑の中、陽光がまだらに地面を染める。


 その中でフードを被った少年が、俺に話しかけてくる。


 いや、俺じゃない。


 目の前の少年はネストだ。だから彼が話しかけているのは、俺ではなくベルティナさんだろう。


 これは、ベルティナさんの記憶だ。


 おそらくユネアの魔術が魂に作用する中で、ユネアからリーシャ、俺へと魔力の回路が繋がってしまい、記憶が流れ込んできているのだ。


 ただこの魔術は記憶を読み取るためのものじゃない。


 呪いの根源へと至り、それを断つためのものだ。


 記憶はコマ送りのように流れて行き、日々は過ぎ去る。


 体感としては数秒にも満たない間に、どれほどの月日が流れたのか、その時が来た。


 ネストの矢が魔族を貫き、その瞬間、ベルティナさんを呪いが襲った。


 そこから記憶は混濁していき、俺たちのいる空間も徐々に形を失い、歪んでいく。


 呪いが抵抗している。


 俺たちを潰そうと、空間が黒く染まりながら迫ってくる。


 その壁を止めたのは、金色の結界だった。


 これは、リーシャの聖域か。


 ここはベルティナさんの魂の中か、あるいはそれに近しい場所。実際に魔術が使える訳ではなく、イメージの世界だ。


 聖域に守られながら、俺たちは更に深く進んでいく。


 そうして、そいつはついに姿を見せた。


 黒い空間の中に、ぽつんと残る木造の小屋。コマ送りの記憶で見た。それはネストとベルティナさんが、共に生活をしていたはずの場所だ。


 その小屋の上に、醜悪ななりをした蛇とも蜥蜴とかげともつかない怪物が取り憑いていた。


 蜥蜴は窓から中を覗き込み、爪を立てて小屋をこじ開けようとする。


 きっと、ずっとそうしていたんだろう。小屋は傷がついてない場所を探す方が難しいほどだ。


 ここが、ベルティナさんにとって、最後の心の拠り所よりどころだったんだ。


 ネストの造った家が、彼女を守り続けていた。


 なんだよ。ちゃんと守れてるじゃないか。


「──」



 蜥蜴がこちらを見た。


 たまたまではあるが、ユネアとリーシャがわざわざ俺をここまで運んでくれたのだ。


 一仕事するとしよう。


 ここはイメージの世界。俺が自分の心象領域に立った時、魔術が発動しなかったのは、その必要がなかったからだ。


 なぜなら俺はあそこに、対話に行ったのだから。


 だが、お前を相手にその必要はなさそうだ。


「────‼︎」


 蜥蜴が金属をすり合わせるような絶叫を上げ、俺へと飛び掛かってくる。


 『月剣クレス』。


 その首を、一閃で叩き落とした。


 黒い肉体がずぶずぶと、泥のように溶けて消えていく。


 きっとこれで、ベルティナさんも良くなるだろう。


 後はもう戻るだけだな。




 その瞬間、俺は何かを飛び越えた。




 それがなんなのかは、分からない。


 ただ何かに強い力で引っ張られて、本来ならあり得ないはずのものを飛び越えていく感覚があった。


 黒は消え去り、黄金の螺旋らせんを通り過ぎ、俺はそこに立った。


「‥‥は?」


 声は出たのか、それとも出ていなかったのか。


 気づいた時、俺は知らない部屋の中で、ベッドから体を起こしていた。


 ──なんですと?

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