第359話 ユネアの魔術

「お久しぶりです、ユースケ様」

「この度はお呼びいただきありがとうございます」


 連絡を取ると、二人の女性がすぐに俺たちの家へと訪ねてきた。


 銀髪がトレードマークの長身美女、イリアルさん。過去に『セナイ』のタリムと戦った守護者だ。


 紆余曲折うよきょくせつあり、普段は別の場所で行動している。ラルカンと戦った時に俺を助けてくれたり、『東京クライシス』の時には月子も救助してくれたりと、陰ながら支えてくれている人だ。


 そしてその隣にいる少女。


 今回は彼女の方が主役だ。


 イリアルさんの妹で、『鍵』のユネアである。


「久しぶりです、二人とも。わざわざ来てもらってありがとうございます」

「いえ、問題ありません。今日はユネアに頼みたいことがあると聞いていますが」

「はい。見て欲しい人がいるんです」


 ユネアは緊張しているのか、少し硬い表情で頷いた。


 俺は二人をリビングに通した。そこにいるのは、リーシャ、ネスト、そして眠っているベルティナさんだ。


 他のメンバーは一回部屋に戻ってもらった。特にカナミは怨敵おんてきであるタリムと一緒にいるから、話がややこしくなる。


 風呂から上がったネストは、彼女を不安そうな顔で見つめていた。


 ユネアがベルティナさんの顔を覗き込み、その頬に触れた。


「温かい。‥‥でも、体力を相当消耗しょうもうしていますね。これは一体どうしたのでしょう」

「魔族の呪いだそうだ。リーシャがさっき回復の術式を使ってはくれたが、メヴィアが魔術をかけてから結構な日数が経っているから、体力も相当落ちていると思う」

「メヴィア様‥‥まさか、あの聖女のメヴィア様ですか⁉」


 ユネアの驚いた声に、俺はそういえばそういう扱いだったなと頷いた。


「そうでしたね。メヴィア様といえば四英雄のお一方ですから、ユースケ様と共にいても不思議ではありませんね」

「いや、俺と一緒にいたわけじゃないんだが‥‥。まあその辺の話は後でするよ」


 ぶっちゃけ俺もメヴィアがどのような足跡をたどったのかいまいち知らないんだよな。ネストからもまだ詳しくは聞けてないし。


 ユネアが気を取り直して言った。


「私はこの女性を回復させればよいのですね。回復の術式は心得がありますが、メヴィア様ほどの効果は難しいと思います」

「ああ、リーシャも同じことを言ってたよ」

「私の魔術は、その、リーシャ様にも遠く及びません‥‥」


 ユネアは泣きそうな顔になりながら言った。


 そりゃそうだよな。修霊女しゅうれいじょである彼女からすれば、聖女であるリーシャやメヴィアは目指すべき象徴そのものだ。


 そんな彼女を差し置いて魔術を使えと言われているんだから、そのプレッシャーは計り知れない。会社で言えば、尊敬する先輩が外されたプロジェクトを引き継げと言われているようなものじゃないだろうか。


 まあ、俺にはまともな社会経験がないので分からないんですけれども。


 イリアルさんも状況を聞いて、渋い顔をしている。


 しかし俺にはある確信があった。


「いや、今回に関しては君の魔術が一番の適任だと思う」

「そんなことはありません。四英雄として数々の偉業を残したメヴィア様や、幼き頃より教会の大聖堂を護り続けたリーシャ様とでは、比べることさえも烏滸おこがましいです」


 え、リーシャってそんな感じなの?


 初めて聞いたんだけど。


 教会の大聖堂といえば、女神聖教会の総本山じゃん。メヴィアが近寄りたがらなかったから、俺もあまり行く事はなかった。だが勇者として呼ばれることもあり、その時には中に入ったこともある。


 そこの守護をしていたってことは、俺が行った時もリーシャはそこにいたのか。


 そりゃ箱入りになるはずだ。教会の守護を担っている聖女を、外に出すはずがない。


 いや、今はそれを言及している場合じゃないな。


「そもそも比べるような話じゃないんだ。リーシャは聖域、メヴィアは天剣。それぞれ魔術の特性が違うものだから」


「私には、別の特性があるということですか?」


「メヴィアは『鍵』の魔術なら治せるっていう確信があったみたいなんだ。多分、聖女の資質には魔術が関係している。可能性は十分にあるんだ」


「私の、魔術の可能性‥‥」


 ユネアは自分の胸に手を置いて、下を向いた。


 きっと彼女は教会にある魔術を習得するのに、相当な努力と時間をかけたはずだ。それこそ、自分と向き合う時間もないほどに。


 俺は知っている。


 彼女の魔術が、どのようなものなのか。


 己を見失い、ラルカンに敗れ、彼女たちに助けてもらったあの夜のことを、忘れてはいない。




『最後にもう一つだけ、手伝ってあげましょう』




 あの時、その声と共に俺の意識は心象領域しんしょうりょういきへと至った。


 魔王との戦いの、極限の最中にしか辿り着けなかった場所に、簡単に行けてしまったのだ。


 あれこそが、おそらくユネアの魔術なんだろう。


 肉体ではなく、魂に直接働きかける、規格外の魔術。


「私の魔術が、魂に、ですか?」

「ああ。俺の見立てが正しければだけど」

「そんな魔術、聞いたことがありません」

「失礼ながら、私も神殿騎士として勤めてきましたが、そのような魔術は寡聞かぶんにして存じません」


 ユネアとイリアルさんが首を横に振った。


 たしかに俺も聞いたことないよ、そんな魔術。


 けれど、あり得ないことがあり得るのが魔術師の世界だ。


「できなかったとしても、それはそれで俺の予想が間違ってたってだけの話だ。一度試させてもらえないか」

「でも、私なんかでは」


 失敗したな。俺の言葉が余計なプレッシャーになってしまったらしい。あんまりこういう下の子に教えることなんてなかったから、難しいな。


 自分でやるか、殴られてやるかの二択で生きてきたから、スパルタ式しか知らないんだよ。


 何を言えばいいか分からなくなっていると、ユネアの前にネストが膝をついた。そしてそのまま深々と頭を下げる。


「頼みます。どれだけ微かな望みでもいい。俺にできることなら、なんだってする。ベルティナを助けるために、力を貸して欲しい──!」

「そんな、頭を上げてください!」


 慌てた様子のユネアが、助けを求めて俺を見た。ネストはてこでも動かない構えで、頭を下げている。


 こいつも、不器用だよな。


「彼は、その子の守護者なんだ。一人で魔族を撃退したけど、そこで呪いをかけられたらしい」

「一人で、彼女を守っていたのですか」

「守れなかった。俺の力不足のせいで、彼女を、ベルティナを苦しませてしまっている。俺は、守護者失格だ」


 血を吐くようなネストの言葉に、イリアルさんの眉が動いた。


 過去、ユネアを守るために人類を裏切った彼女からすれば、いろいろと思うこともあるんだろう。


 そんなネストを見て、ユネアは一度深呼吸し、顔を上げた。


「分かりました。できるかは分かりませんが、全力を尽くします」

「本当か! ありがとう! ありがとう‼︎」

「まだできると決まった訳ではありませんから、頭を下げるのはやめてください!」


 なんだか面白い二人組だな。


 そう思い横を見ると、シスコンのイリアルさんが、般若はんにゃの形相でネストを見ていた。


 同じ守護者同士、仲良くしなよ‥‥。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る