第371話 決意の糸

 烏の襲来から数日後の朝、俺たちはリビングルームに集まっていた。


 アステリスの関係者は、『鍵』のリーシャ、シャーラ、ユネア、ベルティナさん。


 守護者はカナミ、イリアルさん、ネスト。


 そしてコウガルゥ、エリスである。


 地球の関係者は、月子、陽向、加賀見さん。


 土御門は東京の防衛に当たるということで、ここにはいない。


 これで今回の神魔大戦に関わる人間がほとんどそろったことになる。


 全員の表情は、緊張にかたまっていた。


 それはそうだ。これから数時間後に、最後の戦いに臨むのだから。


 懐かしい。


 神魔大戦の最後も、こんな雰囲気だった。


 みんなが俺の顔を見ていた。


 俺は今回の戦いでは勇者ではない。『鍵』でも守護者でもない。さらにいえば、アステリスの人間ですらないのだ。


 言ってしまえば部外者だ。


 それでもみんなが信頼してくれているという事実が、たしかな熱と重さをもって乗ってくる。

 あれからいろいろと考えた。


 俺たちの関係はこの戦いと同時に終わりを迎える。


 それは避けられないものだ。


 それでも、終わってしまうとしても、進む他ない。俺たちは人間だから。


 生きている限り、みっともなく前に進むのだ。


「今日は集まってくれてありがとう」


 俺は口を開いた。


「みんなも分かっている通り、今日が最後の戦いになる。正直、敵がどれほどの規模なのかは不透明

なままだ。どんな魔術師が出てくるかも分からない。応援も見込めない」


 神魔大戦の時との大きな違いはそこだ。


 魔将ロードも魔王もそれなりにどんな敵なのか情報があったし、人族のほとんどが味方だった。


「それでも退くわけにはいかない。相手は必ず『鍵』を狙ってくる。俺たちは敵の内部に切り込んで、新世界トライオーダーのトップを狙う」


 俺たちが立てた作戦はシンプルだった。


 こちらが少数精鋭な以上、殲滅戦はできない。新世界トライオーダーには、あのシキンや榊綴さかきつづりが仰ぐトップが存在するのだ。


 そこが最も遠くて硬い、弱点。


「本来の戦いであれば、誰が犠牲になってでも一人が辿り着き、その首を落とせれば俺たちの勝ちだ。でも、俺はそんな風には考えたくない」


 何度も経験してきた。


 命が潰れる音と感触を背後で感じながら、走り抜けた戦場を。


 俺は一人一人の目を見た。誰もが確かな覚悟を、その瞳に宿していた。


「頼む。最後まで生き残ってくれ。そうすれば、必ず俺が敵の頭に辿り着く。だから最後まで、誰も死なず、命に執着してくれ」


 逃げたっていい、戦わなくていい。


 誰にも死んでほしくない。


 戦場では、多くの兵士が自身の命と勝利を天秤にかけ、後者を意志と決意で重くする。


 違うんだ。


 一番大事にしなければならないものを、見失わないでくれ。


 俺が全員を守りながら戦えるのであれば、そうしたい。もっと力があれば、それができたのかもしれない。


 だからこそ、俺は俺のすべきことをする。


「必ず俺が、戦いを終わらせる」


 俺に言えるのはこれだけだった。


 少しの沈黙の後、リーシャが言った。


「――私、この神魔大戦の『鍵』に選ばれた時、女神様に祈りました。この命は名誉ある死を遂げ、魂は空に抱き上げられるでしょう。その瞬間まで、だれかの助けになれるように、戦いますと」


「‥‥」


 それは容易に想像できる話だった。


「でも、今は違います。まだ、まだ――」


 リーシャの言葉が詰まる。


 俺はただ待った。


「私は、まだ、生きたいです」


 当たり前の一言が、みんなの中に響いた。


 戦争において、口にするには最も勇気ある言葉だ。


「私は、みなさんと会って、一緒にご飯を食べて、どこかに出かけて、いろいろなものを見て、こんなに世界が色鮮やかだと知ったんです。楽しいことや面白いことや、哀しいことや、辛いことが沢山あるんだって、ようやく気付けたんです」


 リーシャの言葉に、カナミとエリスが静かに頷いた。ユネアとベルティナさんは、静かに自分の守護者を見た。


「これで終わりなんて、思いたくありません。もっと、もっとみなさんと一緒にいたいです。それに――」


 リーシャの真っ赤な目が、俺を見た。


『ぁ‥‥なたは‥‥』


 あの日、赤熱した路地で初めて会った時を思い出す。


 あの時も、綺麗な瞳だと思った。


 リーシャは決意を秘めた目で、俺に告げた。




「私は、ユースケさんと別れたくありません。まだ何も伝えられていないんです。私はずっと、この戦いの後に、あなたに伝える言葉を考えていました。だからユースケさん、必ず生きて戻ってください。私たちの場所へ」




 そこには、あのクリスマスの日、逃げ出した少女はいない。


 周囲の女性たちも、全員が力強く頷いていた。


 まいったな。先に言われるとは思わなかった。


「かはは。確かにいの一番に命を捨てそうな奴だもんな」

「うるせーよ」


 コウが笑う。反論し辛くて、言葉が出てこなかった。


「‥‥」


 俺は改めてみんなを見た。


「俺も、いろいろと考えてた。でも、最後までどうしたらみんなの納得のいく答えが出せるのか分からなかった。だから、約束する」


 これが俺が今出せる答えだ。


 我ながら、情けなくて恥ずかしい。


 それでも、伝えるべきだ。勇気ある彼女たちに応えるために。


「この戦いが終わった後も、必ずみんなが集まれるようにする。そこで、改めて話させてくれ。俺は、みんなに笑顔でいてほしい」


 これは約束だ。


 俺とみんなの命を結び、つなぎとめるための見えない糸。


 さあ、行こうか。

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