第4話 大学生といえばサークル
カーテンの隙間から差し込む光に瞼を突き刺され、目が覚めた
「‥‥」
周囲を見回し、なんで俺床に寝てんだ? と思ったのは一瞬のことだった。
普段俺の使っているベッドが、こんもりと膨らんでいる。これが月子だったら、今頃俺は幸せのあまり心臓が止まっていただろうが、残念ながら違う。
「夢じゃなかったんだな‥‥」
大分酒に酔っていても、昨日のことはしっかりと覚えている。
第二次神魔大戦、『鍵』の少女、魔族。
頭痛がする。これは二日酔いのせいだけじゃないな。
「おいリーシャ、起きてるか?」
声をかけても、反応は無し。
「おーい」
身体を揺するのもなんだかはばかられるので、俺はタオルケットを引っぺがした。
「‥‥ん‥‥」
「っ‥‥!?」
思わず声が出そうになった。
リーシャは昨日着ていた修道服から着替えたらしく、俺のシャツとハーフパンツを身に着けて寝ていた。
いくら男物のシャツはいえど、リーシャはそれなりに背もあるし、プロポーションもいい。露わな白い肌が
というか、これノーブラ――いや、考えるのはよそう。相手は世界規模の面倒事とセット商品だ。
お買い上げの際には、そのあたりよくお考え下さい。
ただあまりにも気持ちよさそうに寝ているものだから、起こすのも気が引ける。
「‥‥」
常に命を狙われる生活で、しかもここ半月は護ってくれる人もいない状態だったのだ。安心して寝られる状況なんてなかったに違いない。
まあ、わざわざ起こす必要もない。
授業の時間までは、まだ結構ある。硬い床で寝たせいで、早く目が覚めたらしい。
‥‥しゃーない、朝飯くらいは作ってやるか。
俺は時間を理由に自分を納得させると、キッチンに立った。
それから一人で朝飯とシャワーをすませると、鍵と書置きを残して、家を出た。
きっと大学から帰るころには、リーシャはいなくなっているだろう。
それでいいのだ。たまたま、一瞬だけ俺とリーシャの線が交錯した。ただそれだけのことだ。
玄関を開けた先は、どこか
◇ ◆ ◇
今の俺には、妖怪に襲われるより、魔術師に遭遇するよりも嫌なことがある。
それは何か。
簡単なことだ。
「‥‥」
「いや、そんな死にそうな顔してまで学校来るなよ」
目の前でかつ丼の大もりを食べる総司が、呆れた声で言う。
そう、今俺が最も嫌なこと。それはこの大学に来ることだった。
理由なんて言うまでもない。
「あ、伊澄じゃん」
「っ!?」
「嘘だよ、嘘」
「おまっ、お前ぇぇえええええ!」
俺を振った元カノ、
ただ今日は月子の姿を一度も見ていない。自主休講するタイプでもないので、珍しいと思う反面ありがたかった。
昼休み。学食のテラスから見える人混みの中を、無意識の内に探してしまう。会いたくないと思っているのに、顔を見たいと思ってしまう。
女々しさ全開だ。
「はー、まさか勇輔と伊澄さんが別れちゃうなんてねー」
「‥‥何か言いたいことがあるなら聞こうか?」
「いや、特にそういうのはないよ」
そう言ってうどんをすするのは、俺たちの同級生、
松田は俺以上に特徴のない、至って大人しそうな文学部生という見た目なのだが、
「たださー、勇輔と伊澄さんが喋っているところに強引に割り込んで、嫌な顔されるのが、もう出来なくなっちゃうんだなーって」
「それは付き合ってるかどうか関係なく、人として止めたほうがいいと思うぞ」
この松田、生粋のドMだ。
もう病院でも「手遅れです‥‥」と言われるくらいには末期の変態である。
楽しみ方が高度過ぎてドン引き。
「それじゃ、もう勇輔は伊澄さんは完全に諦めるの?」
「聞いて驚け。それがこの男、まだ未練たらたらだ」
「あ、やっぱりー?」
「早いとこ次の女探せって言ってるのにな。きっとまだ写メも削除してないぜ」
「うわ、それは未練がましいね」
「お前ら何!? どっかで見てきたのか!?」
そうだよまだ削除出来てねーよ! 削除しますか? っていう文字見たら指が震えるんだよ!
「あー、世の中突然滅びねーかな」
「そんなことで一々滅びてたら堪んねーな」
「僕としては綺麗な天使とかが、なるべく苦しませてくれるならあり」
「俺が言いだしてなんだけど、それはないわ」
そんな馬鹿なことをぼやきつつ、俺たちは昼飯を食べる。
ふと総司が思い出したように言った。
「そういや、今日の部会ってどの教室でやるんだっけ?」
「えーと、確かB三〇一じゃなかった」
「夏休みの活動と文化祭に向けてのテーマを考えるとかだったか、めんどっちいな」
俺たち三人は、全員同じサークルに所属している。その名も文芸部だ。
部と銘打ってはいても、学校側からサークルと同じ援助しか受けていないという名前詐欺なサークルだが、部員は結構多い。
毎年文化祭ではテーマを決めて部誌を作っており、今日はそれを相談するミーティングがあった。
そしてそこには月子も所属している。今日は来てないみたいだし、気は進まんけど行くか。
俺たちは連れ立って教室へと向かった。
部会を行う部屋は、もうそれなりの人数で埋まっていた。
「あ、総司先輩こんにちはー」
「よう、久々に部会来たぜ」
「また三人で来たのかよ、お前ら仲いいなー」
「いえ、俺たちに松田が勝手についてくるんです」
「ちょっと勇輔ー、男に罵られても嬉しくないんだけど」
「ははは、相変わらず松田はキモイなー」
サークルのメンバーと、すれ違い様に挨拶を交わす。実は我が文芸部、基本的に個人活動なので、メンバーがこうして一堂に会するのは珍しい。
部室に行っても数人がたむろしている程度なのだ。
俺はさりげなく教室内を見回すが、やはり月子の姿はなかった。
なんでだろうな。少し前なら、ちょっと連絡して聞けば済む話だったのに、今はそのちょっとが果てしなく難しい。
‥‥はぁ。
「あれ先輩。なんか元気ないですねー?」
心の中で溜息を吐いていると、やけに楽しそうな声をかけられた。高めのトーンで、女の子らしい可愛さと少し生意気さを感じさせる声だ。
「‥‥なんだ、陽向か」
「はい、陽向ですよ。お久しぶりです先輩」
振り向いた先に居たのは、綺麗に染めた茶髪のセミロングをゆるく巻いた少女である。派手になり過ぎないようにほどこされたメイクが、可愛らしい顔を際立たせている。
自身のことを陽向と呼ぶこの少女は、
文学部一回生で俺たちの直属の後輩にあたり、ここにいることからも分かるとおり文芸部所属だ。
三か月前に知り合ってから、学部のことやサークルのことで結構質問に来るので、サークルメンバーの中でも話す頻度は多い。
陽向は何がそんなに楽しいのか、アーモンド形の瞳をニヤニヤさせて近寄ってくる。
なんだ、近いし邪魔だわ。
すると陽向はスッと俺の耳元に口を寄せ、囁いた。
「月子さんと別れちゃったらしいですね?」
「おまっ!」
何故お前がそれを!
俺が月子にフラれたのはつい最近。文芸部でも俺が話したのは総司と松田だけだ。そしてこの二人は、俺が文芸部で打ち明けない限りは喋るようなタイプではない。
どこで知った? 視線でそう訴えると、陽向はニシシと笑い、顔を寄せて来る。
「なんで陽向が知っているのか不思議ですか?」
「‥‥ああ、月子に聞いたのか?」
「直接聞いたわけじゃないですけどね。女の子には女の子のネットワークがあるんですよ」
「なんと‥‥」
別段隠していたわけではないし、サークル内での恋愛だ。失恋すれば隠し通せるわけもない。
「落ち込んでますねー。そんな先輩に朗報です。今なら心優しい後輩の陽向ちゃんが、少しばかり動いてあげますよ?」
「動くって、なんの話だ」
俺はそろそろ貴様のそのにやけた頬を引っ張ろうと動くところだが。
「だから、先輩たちの破局をそれとなくサークルの中に広めておくんです。いきなり自分で暴露するよりも変に騒がれなくて済むじゃないですか」
「む」
それはとても甘美な提案だった。
陽向が言っているのはつまり、ばれるにはばれるのだから、下準備をしておいてあげますよ、という話だ。
この少女のコミュ力は随一だ、当たり障りなく噂を広げるなんて朝飯前だろう。
「そりゃありがたいが、何が目的だ?」
「えー、可愛い後輩のちょっとした親切心ですよー」
「その言葉を鵜呑みにする程、俺は馬鹿じゃないぞ」
特に陽向は油断ならないというか、ちゃっかりしているので、親切心とか少しも信用できない。
陽向は頬に指を当てて言った。
「じゃあ、今度飲み奢ってください」
「酒も飲めない未成年が何言ってんだ。オレンジジュースでも飲んどけ」
「先輩こそ何言ってるんですか、大学生になったらそんなのほとんど守ってる人いま」
「それ以上は言うな」
言うな。消されるぞ。誰にとは言わないが、消されるぞ。
すると陽向は唇を尖らせた。
「それなら、ランチでいいですよ。美味しいランチ奢ってください」
「なんだ、その程度でいいのか」
なら適当に学食のカレーでも――。
「言っておきますけど、学食とか近くのラーメン屋とかやめてくださいね? 女の子が喜ぶ、お洒落なランチですよ」
「‥‥わーったよ」
これだから抜け目ないのである。
とはいえ助かるのは本当なので、それ位は許容してやろう。お洒落なランチなんて、月子と付き合いたての時に必死で探したもの位しか知らないけど。
そうして陽向と密命を交わしていると、総司と松田が近寄ってきた。
「お、陽向じゃん。久々だな」
「お久しぶりです総司さん。今日も髪あっかいですね」
「これが俺のアイデンティティだからな」
「あー、陽向ちゃんじゃないか。久しぶりー」
「松田さん、ちゃんづけキモイです」
「ふぉっ! 今僕そんなにお金持ってないよ?」
「‥‥」
「罵られたからって、財布を出そうとするな松田。陽向がドン引きしてる」
まるで汚物を見るような目で松田を見る陽向。
キモイことに間違いはないが、それを女の子が伝えると更にキモくなるのが松田だ。マジで救いようがないな。
「おーいお前ら、そろそろミーティング始めるぞー」
そんなサークルリーダーの掛け声で、俺たちは席に着いた。松田は強引に座らせた。
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