第5話 ロリコン犯罪者、その名は勇輔
ミーティングを終えれば、本日の予定は全て終了である。文学部は理系に比べて圧倒的に授業のコマ数が少ない。出席すれば優秀、それが文系大学生だ。ついでに女子の数も文系の方が圧倒的に多いし、最近では就職でさえコミュ力重視で文系を雇う企業も増えているという。これが世の文理格差だ。ちなみに大学生の男が理系か文系かを見極めるポイントは、チェックの服を着ているかボーダーを着ているかである。
女子の見分け方は知らん。なんか茶髪にしてキャピキャピしてたら文系なんじゃない? そんなキャピキャピ女子筆頭の陽向が言った。
「今回のテーマは『星』に決まりそうですね。何書こうかなー」
「陽向が書くのって、確か短歌だっけ?」
「そうですよ、古典にするか現代短歌にするかは決めてないですけど」
ミーティングが終了し、わらわらとサークルメンバーが散る中、どうしてか俺たちは、男三人に陽向を加えた四人で学校の正門へと向かっていた。
なんか気付いたらくっついていたのだ。
話題は夏休み中に書かなければならない作品についてである。
「先輩はなんでしたっけ、ファンタジー小説を書くんでしたっけ」
「ああ、一応な」
元々は、あちらの世界でのことを忘れないようにと過去を思い出して日記を書き始めたのが発端だった。
気付けば書くこと自体が楽しくなっていたのである。
総司が笑いながら陽向に言った。
「陽向、こいつの小説やべーぞ」
「そうなんですか?」
「ああ、ゴブリン一匹の描写に丸々五頁使って、先輩に突っ返されたからな」
「‥‥え、なんですかそれ」
おいやめろ、そんな可哀想な物を見るような目で俺を見るな。
「俺が全精力を注いで描いたリアル表現だったのに、気持ち悪いって没にされたんだよ」
折角実体験を元に、生態から肌の質感、匂いに至るまで事細かに書いたというのに。恐らく世界で最も正確なゴブリンの描写だったと思うぞ。
ちなみに面白いと言ってくれたのはホラー小説が好きな黒井さんだけだった。それ、別にホラーで書いたつもりはなかったんですけど。
陽向は呆れたように言う。
「そりゃゴブリンの描写に五頁分使う人なんて聞いたことないですし」
「いやでも、ライトノベルなんかでパンツの描写が無駄に長い作品とかあるだろ。それと似たようなもんじゃないか?」
「パンツの描写で五ページ使ってたら、それはそれで気持ち悪いですけど。作者が」
後輩の言葉が正論過ぎて胸が痛い。俺も書こうと思えば書けそうなあたりが余計に。
そんな俺たちを見ていた総司が、思い出したように松田に声をかけた。
「そういや突っ返されたと言えば、去年は松田も趣味全開のSM小説書いて没喰らってたよな。なあ、松田」
「‥‥」
「おい松田、どうした?」
ん、なんだ?
横に視線を向ければ、静かにしていて欲しい時でもうるさいことで定評のある松田が呆然と前を見つめていた。
「松田さん、どうかしたんですか? 末期症状かなにかですか?」
「おい陽向、仮にも先輩をオワコンみたいな言い方するな」
ちなみに松田は常時末期だ。頭文字Mに嘘偽りなし。
「あ、あれ‥‥」
そんなオワコン松田がポツリと呟いた。
その視線の先を追って、俺たち三人は松田と同じ方向を見る。そして、
「おおぉ、うちの学校にあんな子いたか?」
「‥‥綺麗」
総司と陽向が、驚きの声を上げた。
無理もない、俺も驚きのあまり声を失っているところだ。俺たちの視線の先には、キョロキョロと大学を物珍しそうに見渡す少女がいた。
「なんでだよ‥‥」
思わず額に手を当てて呻いた。
そうしている間にも俺たちの見つめる先で、彼女はトコトコと歩き、ついにこちらに気付いた。
三つ編みにされた金の髪を揺らし、大学には到底似つかわしくない修道服姿でそいつはこちらに駆け寄ってくる。
‥‥そんな馬鹿な。
「見つけました、ユースケさん!」
家に置いてきたはずの異世界聖女、リーシャが何故かそこにいた。
いや、なんでやねん。
「ユースケさん、あれ、聞こえていませんか?」
おいやめろ、大きな声で俺を呼ぶな。手を振るな。今全力で知らない人のフリしてんだから。
ただ俺の悪あがきも虚しく、総司たちがすごい目で俺を見てくる。
「ユースケさん?」
「‥‥」
そしてついに、リーシャが俺の目前に立った。
同じ人類とは到底思えない美しい顔立ち、完成されたプロポーション。そして何より、人を惹きつけてやまないその存在感。
こんな片田舎の大学さえも神々しい空間に変える、まさしく聖女の名に恥じない姿だ。
この女、一体どうしてくれようか‥‥。
「あ、あの‥‥先輩、この方とお知り合いなんですか‥‥?」
恐る恐るといった様子で、陽向が聞いて来る。一般人の彼女に、リーシャの聖女オーラは荷が重いらしい。それでも男二人は未だに固まっているので、大したもんである。
それにしても知り合いか。
「一応、そうなるな」
誠に遺憾ながら。
すると、陽向が苦々しい顔をした。何故そんな顔をしてるかは知らんが、俺も内心は似たような表情だぞ。
「ぅえ、マジですか‥‥」
「とは言っても、本当に軽く知ってる程度の知り合いなんだが」
もうウダウダ言っても仕方ないので、俺は「ちょっと待っててくれ」と三人に言い残すと、リーシャの手を掴んで引き離す。
「で、なんでここに来た。というかどうして俺の場所が分かったんだ?」
少し三人から離れた所で、俺はリーシャに聞く。しっかりと書置きには、出て行くように書いておいたはずだ。
リーシャは顔を曇らせると、微かに俯いた状態で言った。
「‥‥申し訳ありません。けれど、今の私にはあなた以外に頼れる方がいないのです。それと居場所については、当てどもなく歩いていたらここに着きました」
マジかよ、聖女すげーな。歩いてたら見つけられるって、神に愛され過ぎてる。
ただそれとこれとは話が別だ。神の寵愛で俺の鋼の意思を動かせると思ったら大間違いである。
「だから、それについては元々一緒に来た人を探せって。向うも君を探してるだろうし、君のそのLUC値なら、きっと簡単に見つかる」
「‥‥ラックチですか?」
「運命の力みたいなもんだ。聖女の専売特許みたいなもんだろう」
是非その力を使って俺じゃなく、一緒にきたナイトを見つけて欲しい。
「ですが、私は既にあなたを私の騎士とすると決めました。こちらの世界に居ては知らないかもしれませんが、アステリスにおいて聖女を守る聖騎士は、世界でも有数の名誉ある職なのです。戦いが終わった暁には、私が必ずその働きに見合った報酬を」
「名誉ある職だろうが報酬があろうが、断固辞退させてもらう」
「なっ‥‥」
あれだけ断ったというのに、リーシャはまたしても驚きに固まった。
メリットがないから拒否されたと思ったんだろうか。
そもそも勇者の任から解放されて、ようやく学生生活を満足しているんだぞ、こっちは。せめて卒業してから、具体的な雇用関係を書類にして持って来い。
給与が高くて、休みが多くて、福利厚生がしっかりしていれば考えないこともないぞ。通勤に異世界渡航が必須ならお断りだけどな。
「あ、あ、なら何が望みなんでしょうか。っ‥‥! まさか、わ、わわわ私の身体‥‥なんてふしだらなっ!」
「小娘がなに阿呆なこと言ってんだ」
「あ、阿呆‥‥!?」
箱入り娘なくせに、そういったところばっか想像力たくましい。どうせ歴代勇者の英雄譚でも読んで仕入れた知識だろう。確かに聖女やら姫やらと結ばれた勇者の話は結構あったけどさ。
実際は金銭感覚、文化のまるで違う人と結婚なんて、一般庶民の俺からすれば魔王と戦うより難易度高いんだぞ。知ってるのか。
俺が呆れていると、リーシャは真っ赤な顔になって俺の言葉を否定した。
「――! そもそも私はもう小娘ではありません! 既に十六歳、成人してから一年も経っているのですよ!」
「いや、確かにアステリスならそうなんだろうが‥‥」
というか十六歳だったのか、全体的に早熟すぎるだろ。主に胸とか。
それでも十六歳はまだまだ小娘だ。二十歳の若造が言うのもなんだが、地球ならJKだぞ、JK。手出したら犯罪だ。
「とにかく、俺は君の騎士になるつもりはないし、これ以上手を貸すつもりもない。他を当たってくれ」
「そんな‥‥」
まるで母親に手を振り払われたような顔をするリーシャに胸が痛むが、ここは心を鬼にするしかない。
たとえそんな涙目で見られようと、勇者を辞めた俺が神魔大戦に再び関わることはないのだ。
「とにかく、ここにいても何も始まらないだろ。早く一緒にいた人を探しに」
「おいおい勇輔、なに女の子泣かしてんだよ」
突然後ろから圧し掛かる重みに横を向けば、総司が俺の肩に腕を回していた。
いや確かにリーシャは涙目だけど、泣かしてるわけじゃ‥‥は!
あることに気付き、周囲を見回すと、構内を歩いていた学生たちが遠巻きに俺たちを見つめていた。というか俺のことを犯罪者を見るような目で見ていた。
――え、なにあいつ。
――もしかして犯罪?
――通報した方がよくない?
そんな疑惑に満ちた囁き声が周囲から聞こえて来る。
しまった。客観的に見て、今の俺は金髪の外人美少女を大学の構内で泣かす鬼畜だ。しかもリーシャは大人びていても、明らかに未成年。
総司も声は笑っているが、顔がマジだ。この男、顔に似合わず正義感が強い。
「ま、まま待て! これは違うぞ! 別に俺はやましいことはなに一つしてない!」
「じゃあなんでこの子は泣いてんだよ」
「‥‥それは、ちょっとした意見の食い違いだ」
自分で言っててなんだが、苦しい。まさか本当のことを言うわけにもいかないし、こういう時に信じてもらえる嘘を話せる程、口がうまくもない。
「は? 意見の食い違いって、なんだよ」
「そもそもこの子と先輩はどういう関係なんですか?」
事実、総司は訝し気な顔をして、後ろから顔を出した陽向もジト目で聞いて来る。
おい松田はどうした。松田さんを一人にしちゃダメでしょ。
「いやだから、それは‥‥えー」
「待ってください、ユースケさんを責めないでください。悪いのは私なんです」
口ごもっていると突然、涙目のままリーシャが俺を庇ってくれた。上げられた顔は、哀しみの中にも真摯な意思を宿していた。
ただ何故か、俺は今すぐにでもこの女の口を閉ざさなければならない、そんな焦燥感を感じた。元勇者の勘が、マズイと囁いていくる。
「おい、リー」
「先日助けていただいたばかりか、泊めてもらった恩にも報いることが出来ず、
一歩遅かった。
「「‥‥」」
総司と陽向、ついでに周囲の人からの視線が、凄まじい圧となって襲い掛かってくるのが分かった。
‥‥いや、確かに泊めたよ。未成年の金髪美少女を、男の一人暮らしの家に。
それは事実だ。
でも何もなかったさ! 怪我をしていたリーシャに救急セットを出してやり、朝ごはんを作ってあげただけだ。むしろ褒められるべき行為だ。
ただそれを口にしたところで泥沼にはまることだけは分かっていた。
ポン、と優しく総司の手が肩に置かれる。
陽向は震える手でスマホを取り出した。
「‥‥勇輔、悪いことは言わねえから自首しろ」
「ひゃ、ひゃひゃひゃ一一〇番って何番でしたっけ!」
「君たち、せめて自首か逮捕か意見を統一させてくれ」
というかだ。
「待て、確かに泊めたには泊めたんだが、そこには止むに止まれぬ事情があったというか、決してやましいことは何一つしてないし、そもそもこいつ自体が特殊というかなんというか‥‥」
言葉を重ねていくうちに、総司と陽向の俺を見る目が、過去最高に冷たくなっていくのが分かった。
ついでに松田は何故か呆けた表情でリーシャを見つめ、
「マイクイーン‥‥」
と呟いていた。聞かなかったことにしようと思う。
「あー、だから、そのー」
リーシャは異世界の聖女で、なんかこっち来て魔族に狙われてるから、助けて一晩だけ泊めてたんだよ。なんでって? 俺がその異世界でちょこっと勇者とかやってたから、その縁でー。
「‥‥」
なんて言えるか。陽向の電話かける先に病院が増えるだけだ。
しかしこうしている間にも周囲の視線は冷たく、松田のボルテージは熱くなってるし――。
「だー、もう!」
「え、きゃっ!」
俺はリーシャの手を取って、走り出した。驚く三人を尻目に、人ごみを掻き分ける。
つまり、逃走である。
三十六計逃げるにしかず。昔の人はいいこと言った。
勇者として戦闘スキルは磨いてきた俺だが、社交スキルはそこらの中学生にさえ劣る。イレギュラーな勇者として社交界に参加出来ず、人々との交流も最低限。そんな生活を四年以上続けてきた俺に今の状況をどうにか出来る程の力はない。
だが、物理的に事態を解決するのは得意。
ならばやはり、これは間違いなく正解だったのだ。
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